第39話 善人アジフライ
よーし、よーし。何とか誤解が解けたぞ!!! クックック……。
これで黄川萌黄にストーカーしても、通報さることはないだろう。本当に安心した。あの後、学校裏サイトについて六道先生に報告をして、そこで一旦区切りとした。学校側がこれから調査をしてくれるらしい。ネットに書き込んだ犯人は……まぁ、他クラス男子だと思う。美女二人と一緒に居たら面白く思わない者も出てくるだろう。もしくは、普通に面白がって行為に及んだか。その二択だろう。
具体的な犯人は……恐らく特定できないと思うが、そればっかり気にするわけにはいかない。今は勘違いを正しただけで満足。満足。
六時限目を聞き流す。皆真面目に、いや、寝てる男子がいるな。そんなことはどうでも良い、うん。
中間試験の最終日まで時間はある。それまでは無理に接する必要はないかな? 無害な事が黄川萌黄に伝わったはずだ。
――キーンコーンカーンコーン
「授業はここまで。復習を忘れないように」
毎回、この先生は毎回同じような事を言っているが、生徒を心から心配しているように感じる。俺もそこそこ点数取っておきたい。
「ああー、やべ、寝てた……」
佐々本が終鈴で目を覚ました。
「赤点は取らない方がいいぞ」
「そうだな……ま、一夜漬けでいいか」
そう言うと、再び眠りについた。赤点常習者の典型例みたいな奴だな。
終業前のホームルームが終わると、全員が早々に帰りの準備を始める。中にはこの後一緒に勉強しようと生徒同士で相談している者も見受けられた。俺は帰る。まだ、大丈夫。
「十六夜君」
「どうかしましたか?」
「えっと、色々気にしているかなと思いまして……」
「あんまり、気にしてないですよ。ネットなんてそんなものですし。真実もあれば嘘もあるでしょう」
「そうですか……」
「銀堂さんのせいとかではないので気にしないでください」
「え!?」
「いつもと顔が違いますし、銀堂さんは優しい人ですからそんなことを考えてるかなと思いまして」
「そう、ですか」
彼女からは気にしてるという感じがヒシヒシと伝わってきた。悪いのはネットに書いた奴であって、彼女ではない。
「本当に気にしなくていいです。ネットなんてそんなものですよ。真実もあれば嘘もある。そんなの一々振り回されてたら人生が窮屈になっちゃいますよ。所詮噂ですから、大丈夫です」
「……ありがとうございます」
「お礼を言われるほどでもないと思うのですが……どういたしまして?」
「……十六夜君は本当に優しくて、凄い人ですね……」
「銀堂さんの方が五億倍凄いと思いますが?」
「そ、それは違うかと……」
「そうですよね。ゼロが三つくらい足りないですよね」
「……フフフ、ジョークもお上手ですね」
割と本気で五千億倍以上凄いと思っているが、それが通じることはないだろう。彼女もジョークと受け取っている。まぁ、いいか、元気が出た感じがするし。
「それじゃあ、俺は帰りますので、また明日」
「はい、また明日」
俺は教室を出ていく。今日はまっすぐ家に帰ろう。
◆◆◆
十六夜君。ああ、もう、どうしましょう?
好感度が益々上がってしまう。普通なら私を責めてもいいのに、あんな優しい言葉をくれた。そのうえ、ジョークまで言って私を元気付けてくれた。
表情から機微を読み取るなんて、熟年夫婦みたい。正直、前半で罪悪感は払拭され、後半からはニヤニヤを抑えるので精一杯だった。
あんなに優しくされたら、その内我慢できなく……。いやいやいや。流石にそれはダメです。節操のない女と思われるのは最悪。気品のある乙女をこれからも演じなくては。今の所、全く、これっぽちも、変なミスとか言動とかはしていない。
大丈夫。私がこのままいけば結ばれると、夏子さんからもお墨付きを貰っている。純真な乙女。乙女だ。このまま、完璧な優雅で気品のある乙女キャラで頑張って行こう。
でも、いつになったら? あんまり長く待てそうにない。早く欲しい。彼が。欲しい。
もし付き合ったら、どうしよう? まずはGPS? それともスマホのパスワード把握? 手料理以外食べる事禁止令? 他の女の子との関係制限? ……まぁ、今は考えても仕方ない。追々考えていこう。
そう言えば、私、結局連絡先交換できてない。恥ずかしくて聞けないのだ。
それに比べてあの女は……あっさりと十六夜君の連絡先をゲットして……妬ましい。嫌悪に近い感情。だけど、嫌いではないような感じも……いや、嫌い。私より先に連絡先を貰ったのが納得いかない。
でも、今の私に聞く度胸は……ない。恥ずかしいのだ。十六夜君の連絡先を聞こうとすると、どうしても恥ずかしくなってしまう。連絡先を教えて欲しいとか、どうにもできない。
何故、彼女はできた? 敵から学べって夏子さんも言っていた。彼女から学ぶ……。最近分かったが彼女みたいなキャラクターは『ツンデレ』と言うらしい。やってみる価値はあるか? 『ツンデレ』。
大体、行動パターンは把握している。最近、二次元の知識を蓄えつつあり、それとなく十六夜君と話せるようになってきている。やってみよう、『ツンデレ』。何か彼に効果があるかもしれない。連絡先も手に入るかもしれない。
◆◆◆
「十六夜」
「お疲れ様です、火原先輩」
校門に差し掛かったとき、火原火蓮が声をかけてきた。いつもより元気がない様子だ。……彼女もか。二人とも優しいが、俺のせいで落ち込まれると気が咎める。ここは、あっさり解決してやろう!!!
「あのさ……」
「気にしないでください。ネットなんて真実もあれば嘘もある物です。そんなの一々振り回されてたら人生が窮屈になっちゃいます。所詮噂ですからそんなことを気にするほど俺の器は小さくないですし、火原先輩のせいでは全く、これっぽちも無いので気にしないでください。これ以上気にする素振りを見せたら、逆に怒ります!!!!」
「あの、まだ、なにも言ってないんだけど……」
「大体、分かります。先輩は顔に出やすいですから」
「あ、うん、そう? 何か、なんて言っていいか分からなくなっちゃった……えっと、ありが……」
「どういたしまして!!!!」
「だから、私殆ど会話できてないんだけど!? 何で被せてきたの!? RTA!? 早すぎるんだけど!?」
「そのくらい、元気の方がいいですよ」
「も、もしかして、私を元気づけるために?」
「え? あ、まぁ、はい」
「嘘つき。ちょっと、面白がってたでしょ?」
「そ、そんなことないです」
「もう……でも、嬉しい、ありが……」
「どういたしまして!!」
「だから、最後まで言わせなさいよ!!!!!!!」
よし、元気が出たな。暗い雰囲気をぶち壊し、高度なギャグ空間にすることで、彼女をいつもの状態に戻すという高度な作戦は成功したな。銀堂さんはこういうメタな感じは把握できない。火原火蓮だからこそできるのだ。
「いい? 私は年上? からかうなんて百年早いわ」
「すみません」
「ま、いいけど……十六夜って、やっぱり面白いわね」
「そうですかね? 俺程平凡な奴はいないと思いますけど?」
「それは無理あるわね」
「そうですか?」
「うん、無理」
「まぁ、頭のねじは多少ぶっ飛んでるかもしれませんね」
「ぶっ飛んでるって言うより、優しすぎるって感じじゃない? 転生主人公並みだから、将来変な奴に騙されないかちょっと、心配になるくらいよ」
「優しすぎるですか?」
「うん」
「それは、違いますね」
「え? 何処が?」
俺が優しくするのは彼女達だけ。善人転生主人公は誰でも優しくするが、俺は人を選ぶ。誰かれ構わず優しくするわけではない。俺はそんな大した人物ではない。
「秘密です」
「はぁ!? そこは言いなさいよ!」
「すみません、これは流石に言えません」
「私、そういう謎的なやつ、滅茶苦茶気になるんだけど」
「まぁ、大したものではないですから」
「う~、気になる」
「すみません」
「いつか聞ける? その秘密?」
「それは無理かもしれません」
「ええ? 益々気になるじゃない」
言えるはずない。実は前世から貴方に憧れて大好きで、貴方の為なら何でもするつもりだって。恩返しがしたいって。
恥ずかしい。そして、頭おかしい奴認定間違いなし。
「大したことじゃないので」
「そればっかりね……あ!」
「どうかしましたか?」
「パパとママが……十六夜を家に連れて来いって……言ってたんだ」
「パスでお願いします」
「もう、毎日言われてるの……毎回、躱してるんだけど。私も結構辛いっていうか……その、圧が凄いって言うか……一回は連れて行かないとその内学校に直接車とかで迎えに来るかも……」
「ええ? それは、流石に……」
「じゃあ、来てよ」
「冗談とは言え娘にキスしようとしたので、気不味いから行けません」
「そ、それはそうだけど。もう、両親公認だから」
「それはそれでダメでは?」
「私もそう思うけど、ね? 一回だけ? 良いでしょ? パパとママの圧が日に日に強くなってるの。一回だけだから。ね?」
「またの機会にお願いします」
「そこをなんとか」
「真面目に気まずいのでパスでお願いします」
気不味い以外の何物でもない。冗談で娘にキスを迫ったんだ。どう考えてもヤバい奴だろ。恐らく、好感があると言って家に呼び出し、俺を殺す気だ。絶対行かん。
「はぁー。もう、あんまり、こういうのは恥ずかしいからやりたくないんだけど……」
彼女は、ちょっと上目遣いで媚びるように俺を見つめた。
――お願い、来て?
「ッ!!」
そ、それは……そんな言い方されたら、クソ、顔が良い奴じゃないとできない高等テクニックをここで駆使するか。しかも、俺みたいな男子には効果的。やるじゃないか。
だが、残念。普段から銀堂コハクと火原火蓮にずっと接している俺は、美女に耐性が付いてしまった。申し訳ないが断らせてもらおう。
「行きます」
「やった! じゃあ、早速行くわよ!」
「え? あれ?」
あれ? 断るつもりだったのに。口が勝手に……。彼女はスマホにパパっと入力して、すぐにポケットにしまった。
「もたもたしないで行くわよ」
「あ、あの、やっぱり」
「行くって言ったわよね?」
「あ、はい」
どうやら、俺に美女への耐性は全く付いていなかったらしい。
◆◆◆
ああ、もう、やっぱり優しいじゃない。この善人十六夜!!!
十六夜は、ネタにノりそして気遣いもできる最高過ぎる、もう運命の相手としか思えない程の男。私が十六夜に絡んだから変な噂がたったかもしれないのに、それを気にせず、場の空気を良くしようと面白い事言ってくれる。
もう、最高じゃない!! 最高過ぎるわよ!!! メインヒロインになりたい!! まぁ、すぐに特別な関係は無理があるわよね、でも……
ククク、どうやら上目遣いは効果的のようね。まぁ、私って結構顔が良いから。何と言ってもパパとママの子だもん。二人の子である私が可愛いくないはずがない。
でも、こういうのって自分がやると物凄く恥ずかしいのよね。十六夜はかなり意識してたみたいだし良いんだけど……。今後はこういうのやった方がいいのかな?
恥ずかしいけど。効果ありなら……やろう。恥ずかしいけど。何故か分からないが最近異常に焦りが湧いてくる。今後、この修羅場が加速するのではないかという焦りが。萌黄は誤解だったけど、十六夜なら、本当に落とすかもしれない。
萌黄はスタイル抜群のモデル体型、そして僕っ娘。魅力はバッチリ兼ね備えている。万が一に備えて、今のうちに色々やっておかないといけないわね。
十六夜も男の子。若い男子。そして、恐らく女子に耐性がない。なら、今度はあの手で行こう。貴方だけに秘密の私を見せる作戦。本来なら見せない面を見せることで男子は喜ぶって本に書いてあった。
見せない面……なんだろう? クーデレとか? ヤンデレとか?
ヤンデレ…………。
ヤンデレと言えば何故かアイツを思い浮かべてしまう。銀堂コハクだ。まだ確定ではない。でも、もしかしたらヤンデレの兆しがあるかもしれない。もし、ヤンデレに覚醒して、そして十六夜がヤンデレ好きだったらどうしよう!?
練習しておくか? 普段見せない面。そして、先を見越してのヤンデレ属性の獲得。やっておいて損はない。
十六夜のどんどん突き進む感じ。私も見習わなきゃ。
でも、その前に今日の夕食ね……。お願いだからパパとママ。暴走だけはしないで!!!
十六夜に変な風に思われたくないの。だから、お願い。そう思って、先ほど連絡を入れた。家族全員が見れるグループに。
『今日、十六夜が家に来るって』
流石にパパとママも大人だ。十六夜が来ると言っても、落ち着いた対応を……その時、携帯が鳴った。見ると……
『何でもっと早く言わないの!? 尾頭付きで鯛買ってくるわ!!!!』
『赤飯焚いておくよ。おめでとう』
ああ、不安だ……。胃が痛くなってきた。
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