第38話 稲妻対アジフライ

 取りあえず、黄川萌黄から話を聞いて何故あそこまで言ったのか聞かないといけない。好感度を最低限に戻し、通報だけは回避するために。通報を前提とした考えしかしていないが彼女が必ずしも、警察に通報するとは限らない。

 しかし、あの異常な低さならしてもおかしくない。もしかしたら……と考えて行動した方が良い。俺は本当に大したことはできない。だから、小さくてもやれることは全部やっておかないと。


 俺は二年Aクラスのドアを開けて中に入る。入って近くに火原火蓮が席に座っているのが分かる。本を読んでいたが俺に気づいた。


「あっ、十六夜、どうしたの? もしかして、私をお昼に、さ、誘いに来たの?」

「え、いや、その、黄川先輩に用があって……」


 彼女の後ろの席では、黄川萌黄がこちらを射貫くような強い視線を向けていた。超怖い。ヤバい、これは本当に守護霊やったら通報かも……


「何? 僕は君と話すことなんて無いよ」

「すいません。俺にはあるんです。五分だけ俺にください」

「…………」


彼女は目を細めて俺を見つめた。教室内の二年生たちは俺が来たことでひそひそ話し出す


「え? 今度は黄川?」

「三人目かよ」

「ねぇ、やっぱりあの噂って……」


益々誤解が深まっていくが、慣れというのは恐ろしいものでもう慣れた。メンタルトレーニングだな……


「いいよ、五分だけあげる」

「ありがとうございます」

「じゃあ、行こうか?」

「はい」

「ちょっと待って。何で萌黄に用があるの? そこをハッキリさせなさいよ。十六夜」

「えっと、大したことじゃ……」


どうしよう、彼女に言っても黄川萌黄との仲がこじれるような感じがする。それにこういうのって人に話すような事でも無いし……


「ちょっと待ってて。火蓮ちゃん。僕が解放してあげるから」

「何言ってんの? 萌黄?」

「こっちの話だから気にしないで。火蓮ちゃんはここで待ってて、すぐ終わるから」

「本当に何言ってるの? 十六夜もどんな用事が言いなさいよ」

「すいません、大したことじゃないので」

「そればっかり………………いいわ。ここで待ってる。早く行って」

「はい、失礼します」

「それじゃあね、火蓮ちゃん」


俺達は教室から出て行った。火原火蓮が引いてくれて助かった。俺に強く当たる理由を聞きに来たって言ったら彼女の評判も下がりそうだし……。


「どこに連れて行くの?」


人には聞かれたくないし……屋上は人いるか……。校舎裏かな?


「校舎裏でいいですか?」

「……やっぱりね。いいよ、そこで」

「ありがとうございます」


やっぱりね? どういう意味だ? なんか盛大な勘違いをされてるような気がするがまぁ、話を聞けば全部わかるだろう。


俺達は校舎裏に向かった。






◆◆◆


 何よ。十六夜の奴。萌黄誘って、どっか行って!!! 私の前で誘うなんて良い度胸じゃない。


 今度は萌黄なの? 私には飽きたってこと? そんなはずは……ないわよね?

気になる。二人が何を話すのか。……十六夜も私に冗談とは言え無理やりキスしようとしたし、私もちょっとくらい強引な事しても問題ないわよね?


私はコッソリ音を立てず扉を開けて、教室を出る。そのまま、二人の尾行を開始する。二人は階段を下りてった。


何処に行くつもり?? 萌黄って男嫌いのはずじゃ……もしかして、二人は既に特別な関係? 仲良くないふりして、裏ではラブラブ? ラノベとかでも男が嫌いなヒロインが落ちてラブラブになる話はよくある。


『ちょっと、ダメだよ。ここ、学校だよ?』

『すいません。黄川先輩、我慢できなくて……』

『もう、しょうがないな。後、二人きりの時は萌黄でしょ?』

『萌黄……』

『十六夜……』



流石に飛躍しすぎたわね。萌黄の男嫌いは筋金入りだし。ラノベ主人公みたいな奴じゃないとこんな展開はあり得ない……って十六夜はラノベ主人公みたいな奴だった!!!! もしかして、いつの間にか十六夜が萌黄を攻略してて、その流れで付き合ったりなんかして……


『もう、我慢できないです。俺と付き合ってください』

『僕、男嫌いだけど君は特別、だよ?』

『お、黄川先輩……』

『萌黄でしょ?』

『は、はい。萌黄……』


クソ、クソ、クソ。絶対二人の話聞いてやる!!! 十六夜ならこんな展開になっても不思議じゃない。


「何考えてるのですか?」

「うぴ!」

「なんて声を出してるんですか?」

「びっくりするじゃない、急に話しかけるの辞めてくれる?」


そこに居たのは、現在私が一番妬ましいと思っている。銀堂コハク。


「何でアンタも居るの?」

「お昼誘ったのに用事があるからと断られたので……その、……私より優先する用事って何か気になりました」

「そう……」


 それで、十六夜の事をつけてきたのね。さて、邪魔だがここで騒ぐわけにもいかない。尾行を続けよう。けど、コイツの尾行の理由が結構浅いわね。

どことなくヤンデレの素質があるような……気のせいか。それに今考えるような事でもない。


「変に足音とか出すんじゃないわよ」

「そちらこそ、気を付けてくださいね」


非常に不本意だがここからは二人で行こう。クッソ、近くで見るとやっぱり可愛いわね。コイツ。


「あれは二年の黄川萌黄先輩ですよね?」

「そうよ」

「どう、して、十六夜君と一緒に居るんですか?」


 急に雰囲気が変わった。一瞬、私も冷や汗が出たかもしれない。


「知らないわよ。それを探りたくて此処にいるんだから」

「そうですよね……」


 私たちはコソコソ後をつける。二人は外に出た。本当にどこ行くつもり? 二人はずっと無言だ。そして、たどり着いたのは……こ、校舎裏!!??


 え? 嘘? やっぱり?


『ちょっと、屋外はハードすぎない?』

『すいません。我慢できなくて……』

『もう、しょうがないな』


十六夜!! 我慢しろ!!! いや、これ私の妄想だからまだ、こんな展開になると決まったわけでは……ないけど。十六夜も男だし、欲が外れて……


「それで? 何の用?」

「黄川先輩に一つだけ、聞きたいことがあります。体育祭の日、あそこまで俺にきつく言ったのはどうしてですか?」

「ああ、あれね、理由なんて一つだよ。君がクズでどうしようもない男だから真実を言った、それだけ。何? もしかして、愛情の裏返しとでも思って期待した? 自意識過剰過ぎない? 性欲の事しか考えてないから脳みそがおかしいんだよ」


 は? 萌黄? 私に殺されたいの? 私の十六夜にそんなこと言ってタダで済むと思ってるの? 私は先ほどまでの不安が吹き飛び、怒りで頭がいっぱいになる。


それは、私の隣に居る銀堂コハクも同じようだ。目のハイライトが消え、憎悪を燃やしている。


「どうして、そこまで俺が嫌いなんですか? 貴方が男嫌いと言う噂は知っています。だけど、自分からわざわざ男に暴言を吐くような人ではないと思うんです」

「…………うわ、キモ。僕の事を何でも知ってるみたいに言ってさ。何? もしかして、僕の事もストーカーでもして調べたの? あの二人にしたように?」

「いえ、勘です」

「……ふーん。まぁ、どっちでもいいけど。君がクズだというのは変わらない事実だしね? もういいかな? 君みたいなのに時間を割く程、無駄な時間はないからね」


「いい加減にして!!!!」

「もう、我慢できません!!!」


私たち二人が、物陰から飛び出した。一発ぶんなぐってやる!!!


★★★



 うーん、やっぱり好感度が低い。何で、ここまで? 聞いてもなかなか答えてくれないし。


「まぁ、そう言わずに答えて……」


ドンドンドン、後ろから何かが走ってくる音が聞こえてくる。な、何だ? 何が起こってるんだ?

後ろを振り返ると、二人の美女が怒りの形相で走ってきていた。こ、怖い。


「あ、二人と……」

「ちょっと、どういうつもり?」

「十六夜君を悪く言って、何か楽しいですか?」


凄い、遂に初期メンバーである『魔装少女』の三人が邂逅した!!!!

ちょっと、興奮する。この三人がこんな面と向かって集まるなんて、本来なら夏休みまで三人が揃って話すことはあり得ないが感動する。


ただ、銀堂コハクと火原火蓮が物凄いメンチ切ってるのを止めないとな……。


「え? ぼ、僕は、二人の、為に……」


あ、涙目になってる。彼女って意外と怖がりだからな。メンタルも結構弱いし。止めて、こじれないようにしなきゃ


「は? 何それ?」

「貴方が一番不快なんです」

「ヒッ! ご、ごめん、なさ、い」


「ちょっと、待ってください。多分何かわけがあると思いますから、話をもっと聞きましょう」


二人は納得できないような顔をした。


「何で? あんなに言われたのに、庇うの?」

「そうですよ。庇う必要はないです」

「で、でも、一般的に考えてここまで言うってよっぽどの理由があると思うんですよ。だ、だから一回話を詳しく聞きましょう?」

「……そうね」

「……話をとりあえず聞きましょう」


よ、良かった。とりあえず落ち着いてもらえて。俺の為に怒ってくれてるのは嬉しいがこれは何としても止めないとな


「でも、その前に一発ビンタさせて」

「いやいや、先輩流石にそれは……」

「そうですよ。火蓮先輩」


結局、落ち着いていなかった。しかし、そこで銀堂コハクが止めに入ってくれる。流石だぜ。こういう時何だかんだ頼りになる


「手の平じゃダメです。拳にしないと」


いや、全然頼りにならねぇ!!! 頼むから暴力系はやめて! 黄川萌黄が怯えて腰抜かしてるよ


「銀堂さん、グーはダメじゃないかな?」

「大丈夫ですよ。本当なら、鼻をぶんなぐって、骨を折ってやりたいですけど。頬にしますから後遺症は残りません」

「ダメダメ!! 暴力はダメですよ!!」

「これは暴力ではありません。粛正です」

「暴力ですよ!! 一回話させてください!! お願いします!!」

「……十六夜君がそこまで言うなら」

「ほら、萌黄。さっさと話しなさい。ただ、事と次第によっては、二つのグーが待ってるわ」


いつの間にか火原火蓮も手の平が拳にパワーアップしている。黄川萌黄はびくびくしながら口を開く。


「だ、だって、その、男が二人を性欲を満たす道具にして、弱みを握ってるから、解放しようと思って……でも、証拠が見つからないから……」

「は? 誰よ? そんな根も葉もない事言ったの?」

「十六夜君がそんなことをするはずありません。冗談でもそんなことを言わないでください」


二人が拳を握った。もうちょっと、聞こう!!


「ヒッ……えっと、その校内の噂とか、新聞とか、あとネットとかで二人がとんでもない目に合ってるって書いてあったんだ」

「そんな噂、あったんだ」

「知りませんでした……」

「でも、そんなの鵜呑みにするアンタも問題よ」

「で、でも全部信憑性があるんだ。見てよ、これ!!」


黄川萌黄が携帯を出して、ある画面を表示する。それは、言うならば学校の裏ネットともいえる物。そこには、俺の噂が書いてあった


『黒田十六夜は二人の美女を無理やり手籠めにした』

『入学して直ぐに入院。喧嘩慣れしている。そこから導かれるのはDV説』

『手籠めにした二人には、バレない様に外でヒロインみたいな事をさせている』


おいおい、とんでもないな。誰だ、こんなのかいた奴は? 若干真実を入れてそれっぽく書きやがって。


「何よ。これ。全部根も葉もないデマじゃない」

「……」

「その、後これも……」


次に表示されたのは、写真。俺が冗談で火原火蓮にキスをしようとしたシーンだ。画像はかなり遠くから取ってあるため少し荒いが彼女が嫌がっているように見える。これ、撮られてたのか……


「最初は、真偽の分からない噂だから、監視程度だったんだけど。体育祭の日にこの写真がアップされたんだ。これで、載ってる事全て真実だと確信した。黒田十六夜は証拠を完全に消してるっていう噂もあったから。だから、僕が証拠になろうって思ったんだ」

「な、なるほど。そういう事でしたか」

「適当に悪口を言ったら、DV男って説があったから僕に手を出すって思ったんだ。ヘイトを稼いで手を出させて豚箱にぶち込んで二人を開放するっていう考えで結構強めに当たった」


お、俺と似たようなやり方だな。こうして人から聞くと結構強引な手だな。それにしても、誰だよ? こんなの書いた奴、殴っていいか?


「二人の相談役になっても、秘密を強制させてるなら意味ないし。一秒でも早く二人を救いたかったから……、二人は本当に酷い目に合ってないの?」

「なってないわよ。この写真だって、キスしてないし。十六夜は私の家族を救ってくれたの。両親だって引くくらいのお気に入りなんだから」

「十六夜君はとっても優しい人です。噂は全くの嘘です」

「……本当に? 嘘、ついてない? 無理やり言わされてない?」

「違うって言ってるでしょ? 仕方ないわね、よく聞きなさい! 十六夜との話全部聞かせてあげるから」


そこから、この間の事件が全て話された。いや、恥ずかしい。火原家の父母に言ったあの、熱血のようなセリフも一字一句完璧に言われた。


「も、もう良くないですか?」

「流石です。十六夜君!!」

「略して、さすいざね。どう? これでも疑う?」

「う、ん。じゃ、じゃあ、コハクちゃんは? ストーカーされて弱み握られたって。コハクちゃんを救ったって噂もあったけど、あれは全部彼が自作自演だって説もあるし」

「全て、話しましょう」



そこから、俺が懐に辞典を入れている事。不良から救ってくれた事。どんなに酷いことを言われても守ってくれた事。彼女は語った。


いや、だから、恥ずかしいって!!! 


「さすいざね」

「さすいざです」


なに? はまったの? さすいざ!!! 本当に勘弁してほしい。


「それ、やめてください。本当に恥ずかしいです」

「ほ、本当に? じゃあ、ここに書いてあるのは……」

「全部嘘よ」

「嘘です」

「十六夜はね、優しいのよ。暴力なんて振るわないわ。体見せてあげよっか? 何処にも怪我とか痣とかもないわよ」

「私もです」

「う、嘘。勘違い……」

「何か言う事があるんじゃないの?」

「そうです、そうです」


黄川萌黄は申し訳なさそうに俺の方を向いた。


「その、酷いことを言って、ごめんなさい」


そして、頭を下げる。


「勘違いなら仕方ないですよ。気にしないでください」

「え? いいの? 僕が言うのもあれだけど、普通あそこまで言われたら、もっと怒るんじゃない?」

「勘違いなら仕方ないですよ」


彼女からしたら、自分のような目に合ってほしくないって言う思いがあっただろうし。元から彼女は訳アリとしっているし怒る気にはならないな。


「本当にごめんなさい」


彼女は頭を下げる。悪いと思ったら男女関係なく、謝る。多少の偏見はあるが根っからの善人。だからこそ、ファンも多かったんだよな


「二人もごめんなさい。不快になったと思う……」

「十六夜がいいなら、私はいいわ」

「私も十六夜君が良いなら」


ふうー、なんとか誤解は解けたな。解けたのは彼女達のおかげだが。情けは人の為ならず。と言うのは本当だな。


「それで、このサイトどうやって潰す?」

「まずは学校側に報告しましょう。その後、相手を特定したいのですが……」

「いや、そこまでしなくても」


確かに許しがたいが、他にやることがある。今は申し訳ないが気にしている余裕はない。


「そこまでするべきよ」

「そうですよ」

「そ、そうですか」


物凄い剣幕で二人に詰め寄られ肯定してしまう。俺の為と言うのはありがたいがどうしたものか。


「早速、学校側に報告よ」

「でも、ネットの特定は難しいですよね。どうしましょう」

「そこら辺は報告してから考えればいいわ。ネット技術は私達には無理だし」

「そうですね。もし、特定したらどうしましょうか」

「地獄を見せる」

「それがいいですね。こんなことを考える脳みそを破壊しましょう」

「いやいや、過激すぎですよ!! 俺は気にしてませんから!!」



 とりあえず、学校側に報告と言うだけで済ませることが出来た。












 

 

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