第34話 稲妻とアジフライ
お弁当対決は引き分けということにしたが、銀堂コハクらしからぬ気迫に圧倒され、二人の仲を進展されるに至らなかった。ちなみに、お弁当は二つとも綺麗に頂いた。
よもや黄川萌黄も、あんな感じになるまいな? 彼女の男嫌いという性格上そんなことはあり得ないはずだが、対策を考えた方がいいだろうか?
魔装少女達の不和をこれ以上見たくない。結構ほのぼのしたイメージがあったのに、銀堂コハクと火原火蓮を見ていると、記憶が改竄してしまったのではと錯覚することも最近はしばしば。
ジュースでも買って一息つくか。金親からの支給品は、午前中に尽きてしまった。
自動販売機へと足を運ぶと、そこには美しい黄色の髪と目を持つ美女がいた。
うーん。やっぱり可愛い。モデルってこういう人がなるんだ、という印象を持つ。足がエロくて、胸も結構あって、顔も美人、そして声が可愛い。
何と言えばいいのか、エロ可愛い。この表現がしっくりくる。
彼女は自販機の取り出し口からボトルを拾い上げた後、その場から離れようとして俺に気づく。
あー。ゴミを見る目だ。
彼女が修羅場に入ることはないな。うん。
「君ってさ、まごうことなきクズだよね」
全面的に同意できる。素敵な美女を二人キープしてるクズ男だ。
「あんな可愛い子二人を侍らせて何がしたいの? 自身の快楽を満たす道具くらいにしか思ってないんでしょ?」
「いえ、そんなことはないんですけど……」
「僕さ、君の事最近よく見てたんだ。特に食堂で二人と食べてるときね」
「そ、そうですか」
最近と言うと修羅場の時か。彼女は俺を見下ろす。俺の事を見ていただって!?
まさか、一目ぼれでフラグが立ったのか!? こんなフツメンにそれはないな。
「君ってコハクちゃんの胸とかお尻とか事あるごとに見てるよね。カッコつけて水を一口飲んだ時、どさくさに紛れて見る事この一週間で十八回。咳払いして見る事二十一回。これ、ちなみに胸だけでね」
「……」
「欠伸、背伸び、首回ししながらお尻を見た回数合計三十回」
「……」
「何か言うことある?」
「いえ、なにもございません」
ヤバい、本当によく見ていらっしゃる。悪い意味で。好感度クソ以下になってるこの状況、どうすればいいのだろうか?
「あ、火蓮ちゃんのもちょくちょく見てたよね。胸と尻合計で二十回くらいだったけど」
「……」
「性的な視線を向けまくってさ、恥ずかしくないの?」
「とっても、恥ずかしい所存です」
「君終わってるよ。一回死んだ方が良いくらい終わってる。これだから、男は……」
「……不快にさせて申し訳ありません」
「口では何とでも言えるよね。僕の足とか胸をチラチラ見てるくせに紳士ぶってそういうところもムカつく」
「ごみ以下ですいません」
俺は思わずその場で土下座をしてしまった。女王に屈服する奴隷の気分になった。
「うわ、土下座って。全部キモイ。見てるだけで不快。凄いね君、この短時間で鼻かんだちり紙より好感度低くなったよ。アジフライって名前も君には勿体ない」
「……」
「アジフライに謝ったら? 鼻かんだちり紙以下の自分がアジフライを穢してすいませんって」
「いや、それは」
「謝んなよ。アジフライに」
「え、でも」
「謝るんだよ。ほら」
ここまで言われる人って漫画でも見たことないんだけど。校内屈指の二人の美女と関わっている俺が鼻かんだちり紙より嫌いなのか?
「鼻かんだちり紙以下の自分が……アジフライを穢してすいません」
「本当にやるんだ。キモイんだけど……」
どうすればいいだよ。どちらにしろ最悪じゃねぇか!! このままじゃバッドエンド回避すら危ういぞ。どうしよう。
「鳥肌立ってきた。もう行こう」
俺の心に多大な傷を残して、彼女はその場から去って行った。彼女が男嫌いというのは知ってるが、ここまでだったか?
銀堂コハクと火原火蓮に好意を向けられる俺に、嫉妬しているのか? 多分そうだろうけど、あんなに言うか? 他に訳がありそうだが……。
今後が心配になる初対面だったが、会話が成立しただけで良しとすべきだろうか。いや、ダメだな。物凄い嫌われ具合に若干の不安を覚えながら、自販機を眺める。お金を入れ、水を買い、実行委員の待機場所に戻る。
午後は審判の仕事。早めに行って待機するか。水を片手に持ち、少し速足で歩きだした。
◆◆◆
「皆ノ色高校二年Ⅽ組の勝ち」
大玉転がしリレーを結果を発表する。勝ったチームは喜びを露わにし、歓声が沸く。それもすぐに落ち着き、選手たちは次の競技に場所を譲った。
審判も何気に疲労がたまる。二回連続でやったが、大して動いてないのに怠い。しかし、これで俺の仕事は終わりだ。後はクラスの陣地でゆっくりしよう。
一旦、実行委員の陣地に戻る。火原火蓮も待機場所に居た。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
「疲れたでしょ? クラス陣地で休みなさい」
「そうします」
少し猫背になりながら、のろのろとクラスの陣地に向かう。やっと休憩できると思っていたのだが、クラスの空気が物凄く重苦しい。
何だ? これ? 何があった?
楽しい体育祭だよね? 団体競技も勝利を収めたのに、何故こんな雰囲気になったのだろう。クラスに近づくと、野口夏子がものすごい勢いでやって来て、少し離れた場所まで俺を引きずって行く。
「ちょ、どうしたんですか?」
「どうしたのじゃないの!!! 黒田君のせいでクラスの空気とんでもないことになってるんだよ!!!」
「え? 俺のせい?」
何か不味いことやったか? 見当がつかない。
「銀堂さんが激おこ状態で空気が重いんだよ!!! 何したの!!」
「あ、えっとお弁当を美味しくいただいて勝敗を引き分けにしました……」
「あの、火原先輩とのお弁当対決?」
「そうです。その対決です」
「何で銀堂さんを勝たせなかったの!?」
「いや、火原先輩との摩擦を減らそうと思って……」
「銀堂さんのお弁当めっちゃ気合入ってたでしょ?」
「それは、うん。入ってました」
「火原先輩も良かったかもしれないけど、あの人って料理できないんだよね?」
「それは、そうだけど。何で知ってるんですか?」
「銀堂さんがそう言ってたの」
「あ、そうなんですか」
「どう考えても銀堂さんが勝ちだと思うよ。銀堂さんも勝てると思ってたのに引き分けにするからクラスの空気が大変だよ。どうしてくれるの?」
「え、えっと、ごめんなさい」
「謝るくらいなら銀堂さんをどうにかして!! もうヤバいよ。クラス全員が気を使って、これ体育祭かよ!! って疑うくらいなんだよ!! と言うわけで早く行って!!!」
「はい、行ってきます」
俺のせいで銀堂さんとクラスメイト達が気を悪くしたなら、本当に申し訳ない。しかし、なんと声を掛けたものか?
クラスの陣地に入ると、銀堂コハクの隣が空いていることに気づいた。と、とりあえずお邪魔するか?
「えっと、隣お邪魔してもよろしいですか?」
「ご勝手に」
彼女はプイっと明後日の方向を顔を背け、ぶっきらぼうに言い放った。何と返せばいいんだろうか!? こういう時、カリスマ性のあるアニメキャラなら何て言う??
褒めるのが効果的だろうか? 行動しないと何も始まらない。よし、褒めてみよう。
「あ、あの、お弁当ご馳走様でした。凄く美味しかったです……」
「どうせ私のお弁当なんて、初心者のちょっとしたビキナーズラックに負ける大したことない物ですから無理して褒めなくても結構です」
「え、ええ、いや、大したものですよ。……本当に大したものでしたよ」
「気を使わなくていいですよ。どうせ、初心者と引き分けるような弁当なんですから」
「あ、いや、そのですね……」
「煮え切らない回答なんていりません。不愉快なのであっちに行ってください」
「え、えっと」
「まだ、何か言いたいことでも?」
「いや、何でも無いです」
席を立ち、トボトボと歩き、クラスから離れる。再び野口夏子に怒られる。
「何やってんの!!! 勝ちっていえばいいじゃん!!」
「そ、それは、一回引き分けと言う判決が出してしまったわけですし、火原先輩もこの場には居ないのでその場で結果を変えるのは、ダメかなと……」
「何その無駄な紳士感!! いらないよ!」
「すみません……」
「もう!!! 二人そろってめんどくさい!!! 銀堂さんもめんどくさい所あるけど黒田君も負けず劣らずめんどくさい!!!」
「すみません……」
煮え切らない結果にして、色んな人に迷惑をかけてしまった。せっかくの体育祭なのに、これでは楽しめない。もっと上手く立ち回れなかったのだろうか?
――皆に申し訳ない。
彼女はしばらく俺の顔を見つめ、静かに語りだした。
「……じゃあ、勝敗は変えなくていいから機嫌は直して」
「はい」
「顔をシャキッとする!! 彼女に一番影響力のあるのは黒田君なんだから、まず黒田君が良い顔しないと!!」
「あ、うん」
「全然暗い!! せめていつもみたいに何とも言えない顔して!!!」
「こんな感じですかね?」
「そう!! それ!! その顔でかましてきて!!」
「はい、頑張ります」
「うん。それとちょっと私も言い過ぎたかも、ごめんね」
「いえ、野口さんの意見は真っ当な物です。悪いのは俺なんですから気にしないでください」
「そう。黒田君がそう言うならそうする」
「はい、そうしてください。俺はもう一回銀堂さんのとこに行きます」
「ちなみに、どうやって機嫌を直すつもりなの?」
「うーんと、どうしましょう?」
「私に聞かれてもね。まぁ、褒め殺しとか単純だけど良いんじゃない?」
「本音を交えながら、引くぐらい褒めることにします」
「それは逆にダメじゃない?」
「失礼します!!」
俺はその場から走り出した。再び銀堂コハクの下へ。真っすぐ彼女に気持ちを伝えよう。あのお弁当に対して、あの時もっと他に思ったことがあったから。
「お隣失礼します!!」
「な、なんですか。急に……」
「ちょっと行きましょう」
「え? 何処に??」
「行きましょう!!!」
「あ、ちょっと」
俺は彼女の手を握り、有無を言わさず校舎裏まで連れてきた。
「先ほどのお弁当なのですが、本当にありがとうございます!! まるで女神が作った至高の一品でした。あんな食事を作れる銀堂さんは女神そのものですよ!!!」
「ええ? そ、そんなこといきなり言われましても……」
「まず勝負前提が間違っていたんです。銀堂さんのお弁当、いや、お弁当ではない。女神の兵器がお弁当対決に出た時点でそ、れはもう試合が成り立っていなかった!!!! 女神銀堂が出た時点で引き分けではなく、測定不能そう言うべきでした!!! 大した事のない? とんでもない!!! 俺はあのお弁当を食べる為なら一億出します!!! 銀堂さんみたいな清楚で美人、世界一の女性が作ったお弁当はそれほどの価値がある!!!」
「え、あ、そんなに褒めなくても……」
「いいえ、まだ褒めます!!!」
「ええ!?」
「本当に素晴らしいお弁当だったので、こんな事で表現しきれません!!! いや、人間の表現では表しきれない程の存在を何と言えばいいか……。いや、表そうとすること自体おこがまし……」
「もう、やめて!!!!!!」
彼女は顔を赤くして、その場にうずくまった。
「分かりましたから!! 恥ずかしさで死んでしまいます!!! お願いですからもうやめてください!!」
「銀堂さんが自身のお弁当の価値を分かっていなかったようでしたので」
「な、なんでそれを先ほどの勝負で言ってくれなかったのですか?」
「そうですね。食べているときこの感想は抱いたのですが……流石にこれを言うのは恥ずかしいなと思ったからです」
「で、ですよね!! 恥ずかしいですよね!!」
「でも、銀堂さんがちょっと元気なさそうだったので、これは本音を言って自信を取り戻してもらうしかないと思い、言いました。あのお弁当は本当に価値のある物です!!! あれが食べられてだけでもう死んでもいい、と言う感想を抱くほどでした!!」
前世では一度でいいから彼女の手料理を食べてみたいと本気で思っていた。彼女の作った料理を口にできたらどれだけ幸せか、そんな妄想を繰り返すほどに。勝負に気を取られて忘れていた。
あのお弁当は最高過ぎて、俺が判断できるような代物でない。
「最高ですよ!!!! 女神銀堂万歳!!! 才色兼備!!! 最高!! 万歳!! 才色兼備!!! 女神銀堂万歳!!」
「ヤメテ!!!! ヤメテ!!! 分かりましたから!!!」
「どうですか!!! 自身のすばらしさを再確認できましたか?」
「できましたから、やめてください!!!」
「それは良かった!!!」
「ああ、もう、本当に何なんですか……」
彼女は視線を逸らしながら呟いた。
◆◆◆
彼女が落ち着くのに、少々時間を要した。
「一つ勘違いしてるようなので、言っておきます。私は自分に自信が無くなったから機嫌が悪くなったのではありません。まぁ、多少それもあったかもしれませんが、一番は十六夜君が私の方が良いと言ってくれなかったらです」
彼女は言葉を探しながら、俺の目を見つめた。
「私のお弁当は十六夜君の好みに合わせて、良い食材を手塩にかけて作りました。私の方が良いって絶対に言ってくれる。完成したとき、そう思っていました。貴方が食べているときの表情を見ても、私のお弁当を食べているときの方が美味しそうに食べてるから、私の勝ちだ。私を選ぶ。そう確信していたのに、十六夜君は引き分けにした」
「火蓮先輩のお弁当も、頑張りが伝わってくる素晴らしい物だったかもしれません。でも、私の方が良いお弁当のはずなんです。だから、引き分けにされた時、火蓮先輩の方が十六夜君は好きなのかと思ってしまった。お弁当ではなく人を見ているそう感じたんです。それが、どうしようもなく悔しくて、怒りが湧いてしまったんです」
「すみません。結果的には十六夜君に大きな負担をかけてしまいました。大分気を使わせてしまいました。でも、それでも、もう一度聞かせてください。あのお弁当対決、どちらが貴方にとって良いお弁当でしたか?」
俺は本当に馬鹿な奴だ。彼女を褒め殺して勝負を有耶無耶にしようとしていた。馬鹿だ。大馬鹿だ。そして、最低。
でも、それでも、あの二人には仲良くしてほしい。俺は嫌われてもいいから、互いに認め合ってほしい。
彼女達の笑い合う姿が好きだったから……。
「そ、れは……」
「……」
「アンタの勝ちよ」
凛とした声が後ろから聞こえた。振り向くと、火原火蓮がこちらに目を向けていた
「私の負け。どうしようもなくね。悔しいけど認める」
彼女はコハクの正面に立つと、真っ直ぐ見据えた。お互いに一切視線を逸らさない。
「でもね、覚えておきなさい。私は天才なの。すぐに料理スキルもコンプリートしてアンタを追い抜く」
「……」
「だから、今は負けでいい。負けは勝ちより価値があるから。今は経験値稼ぎ。十六夜言って、私の負けって、彼女の勝ちって」
火原火蓮と目が合う。強くて綺麗な瞳。とんでもなく強固な意思が伝わってきた。
「……銀堂さんの勝ちです。あのお弁当は、今まで食べた中で最高でした」
「!」
「ああーーー。悔しい!!!!」
勝敗を告げると、片方は僅かに微笑み、片方は頭を抱えた。
「でも、良いわ!!! これが経験値なのよ!!! 直ぐにSランクの料理を作ってやるわ!!」
「料理はそう簡単に習得できるものではありませんよ。見通しが甘すぎです」
「料理なんて、スマホで見ればどんなものでも作れるわ!!」
「卵焼きも出来ない人が何を言ってるんだか」
「は? 喧嘩売ってんの?」
「いえいえ。ただ思ったことを言っただけです。もし、快に思ったのなら、申し訳ありません」
「もう少し、煽りを隠す努力をしなさいよ!」
「ちょっと、何言ってるか分からないのですが……」
「その、惚けて首を傾げるの止めてくれる?」
いったん止めたほうが良いな。聞きたいこともある。
「火原先輩はどうして此処に?」
「二人が何処かに行くのが見えたから……じゃなくって、偶々歩いてたら見つけたのよ!! 勘違いしないでよね!! 十六夜が気になったとかじゃないんだから!!!」
「あ、はい」
ツンデレって可愛いな。どうしようもなく可愛い。この後も彼女達は言葉を交わした。
こ れで良かったのだろうか。良かった部分もあるが良くない。俺は彼女達に仲良くなって笑ってほしい。今は難しいが、いつか必ず。いや、近いうちに、この二人を笑い会える親友にする!!
新たなる決意を胸に、俺は彼女達の煽り合戦を止めに入る!!
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