第31話 アジフライ

 アジフライである俺は、個人競技をするため校庭の端っこで始まるのを待っていた。個人競技は先にやり、団体競技はその後で行われる。


 まずは借り物競争。カードを引いてお題の物を持ってゴールという当たり前のルール。個人競技参加人数は三十六人であり、両校女子一年、二年、三年。そして男子の順番。


「十六夜君大丈夫ですか?」

「大丈夫です……」


 アジフライ呼ばわりが結構心にキている。アジフライって……。いや、嫌いじゃないんだけどね。美味しいけどねアジフライ。


 俺が暗い顔をしていると、銀堂は恥ずかしそうに言葉を続ける。


「あ、あの、私はフォアグラよりアジフライの方が好きですよ。アジフライってお手頃で美味しいですし。最近のフォアグラって作り方残酷ですから……あまり、好きじゃないっていうか」

「お気遣いありがとうございます」

「いえ、あんまり気にしないでくださいね。アジフライの方が好きな人も結構いると思いますから」


 そのまま彼女は競技開始の為に去って行く。なんか元気出たな。そうだよ。アジフライって美味しいんだよ。ファオグラだって食べてみたら案外大したことないってよく聞くし。


 アジフライの方が人気があるんだ!!



◆◆◆




 最初は女子一年。六人が並び、その中には銀堂コハクも居る。

 いつも通り、男子の視線釘付けにしている。


 スタート地点に居る実行委員の人が、笛を咥えて合図を出す。


「それでは、よーいドン」


 六人の女子が一斉にスタート。伏せられている内のカードから一枚を引いて、内容を確認。



 ざわざわと盛り上がる声が響く。千人近い人がいるので当然だが、いつもと違う雰囲気が自然と高揚感と高めていく。



 銀堂コハクはどんなお題を引いたんだ? 少し迷っているが、何が書いてあるんだ?


「……」


 彼女はAクラスへと走って行く。そして、野口夏子の手を取って走り出す。

 同性の友達とでも書いてあったのだろうか? そんなカードがあるのは、準備の途中で見た気がする。


 二人は何処か恥ずかしそうに笑いながら、三位でゴール。絶対とは言わないが、お互いに信頼をしているように見えた。


 銀堂コハクに友と呼べるものがいて、少し嬉しくなる。『ストーリー』ではなかなか人を信頼できない彼女が、少し悩みはしたものの野口夏子の下に真っすぐ向かったのは良いことだ。


 ……こういう『ストーリー』ブレイクは歓迎してもいいのかな? どうなのだろう。いや、大丈夫だろう。


 ダメなのは『魔装少女』同士の不仲だ。ここだけは、何があっても『ストーリー』と違ってはいけない。しかし、今の彼女らは親しい仲とは言えない。



 ちなみに、俺のお題は『揚げ物』だったので、何も持たずにゴールして審判に


『自分アジフライなんで…』


 と言ったら一位を認められた。





◆◆◆






 次は、パン食い競争。


「銀堂さん、頑張って!!!」



 野口夏子の声援を送り、銀堂コハクがやる気を充溢させる。先ほどの借り物競争で、さらに仲が深まったようだ。


 銀堂コハクは照れくさそうに手を振って、声援に応える。


「頑張ってください!!」

「俺達が付いてます!!!」

「女神!!!!」

「手振ってください!!!」


 学校対抗戦なのに他校まで応援するという謎の事態が起きている。銀堂コハクは苦笑いで返礼しつつ受け流した。


「うおおおお!!」

「今俺に手振った!?」

「馬鹿俺だ!!」


 何処の学校でも男子が考える事は大体同じか。





 パン食い競争とは、紐で吊るされたパンを口だけで取るという競技だ。


 女子は大体一メートル八十、男子は二メートルくらいの高さに吊るされている。再び六人の女子が並び、競技がスタートする。


「よーいドン」


 彼女は完璧なスタートの後に加速、一位をキープして数メートル走る。そして、パンが吊るされた場所まで一位で到着。



 この場所では手を後ろに組み、ジャンプしてパンを咥えないといけない。


 パンを咥えようと飛び跳ねるも、ゴム紐がかすかに揺れるためなかなか取れず、何度もジャンプするハメになる。


「と、取れない」


 腕を組むことでボディラインがさらに強調され、ジャンプすることで凄い揺れる。口を開けて何度も跳ぶ姿はエロい……。

 男子達は前屈みを余儀なくされるが、何も言うまい。仕方ないのだ、これは。思春期男子にあんな格好を見せて、反応するなと言うのは無理難題である。


――おっと、俺は反応しないが競技に備えて屈伸をしなくては……。


 十回近く跳んで、ようやく取ることに成功する。その瞬間男子達ががっかりしたように頭を下げた。

 彼女はそのまま一位でゴール。ポテンシャルの高さを感じたな、色んな意味で。俺はこの競技三位でした。


◆◆◆



 二年、三年の男子のパン食いも終わり、そして、二人三脚。男女一つのペアで走るので、スタート地点で準備をするために一年男女が集まる。一年の男女の後に二年、三年と先ほどと同じ順番。



「縛るのは緩めでいいですか?」

「は、はい。お願いします」



 俺は右足、彼女は左足を縛る。距離が近いと言う事もあるのだが体操服って事もあり余計に落ち着かない。


 周りの参加する男子達はどうだ? ああ、緊張してるよね。やっぱり。初々しさがあふれるカップルのようだ。


 応援の男子達は見なくても分かるな。



「あの、効率よく走るなら手を繋いだ方が良くないですか?」

「あ、はい」


 まだスタートではないが、彼女の手を取った。柔らかい。前にも握った事はあったけど、こういうのは慣れない。


 草食系を装っていこう。そう思っていると、彼女は顔を赤くしながらも俺と目を合わせた。


「あの時もこうやって手を繋ぎましたね。お、覚えてますか? 不良に絡まれた時の事」

「え、あ、はい」

「そ、その時は大したことはなかったのに、い、今は凄いドキドキします。あの、十六夜君はどうですか?」

「ええ!? えっと今も昔も変わらず落ち着かない感じですかね……」

「そ、それは私を異性として意識してると認識していいんですか?」

「ま、まぁ、女性だと思ってますからそうなのかな?」

「やった!」


 小声で放った彼女の『やった』が聞こえた。


 も、もう何なんだよ!!! 胃を虐めるかと思ったらこんな恋愛漫画的なムードにして混乱するわ!!


 凄い振り回されてる。これが主人公の力……なのか? こんな甘えた感じで来て、小声で喜ぶってもう何なんだよ!!!


 疲れるからもう意識しないぞって思ったら繋いでる手が柔らかい。それでまた意識しちゃうし。


 無限ループ。



「それでは、よーいスタート」


 笛の音が鳴り、思考から解放される。彼女に気を取られてる間に競技が始まってしまった。


「俺達も行きましょう。右足から」

「は、はい」


「「せーの」」


 俺と彼女は右足から踏み出そうとした。お互いに違う足を結んでいるのに、同じ足を動かすと、もちろん――


「「ふぇええ」」


 まず彼女が膝を突き、その勢いで俺も蹴躓く。


「す、すみません」

「俺が分かりにくくいったのが悪いんです。こちらこそ申し訳ありません」

「大分差がついちゃいましたね」

「確かに、でも最後まで頑張って走りましょう」


 互いに結んだ足を踏み込み、立ち上がる。上位陣はすでにゴールしていたが、そんなことでやる気を失うほど俺も彼女も諦めは良くない。


「縛ってある真ん中の足から行きましょう」

「はい」


「「せーの」」



 決して速くはないが二人で息を合わせて走る。彼女の揺れるものから目を引き剥がして、ゴールだけを見据える。


 最下位でゴール。


「最下位でしたけどいい思い出になりました。ありがとうございます。十六夜君」

「いえ、こちらこそ。それじゃあ、ほどきますね」

「はい」



 パパっと布の紐を解く。これは実行委員に返却する物だから、俺が持って行くか。


「じゃあ、俺は委員の仕事があるので……」

「はい。それじゃあ、またお昼に」




 さて、俺には仕事があるから行かないと。これからクラスごとの団体競技が始まるから、審判の準備が待っているのだ。……その前にトイレに行くか。これから行きたくても行けなくなるかもしれないし。




 校内のトイレに向かうと


「久しぶりね。十六夜」


 後からの声に振り返ると黒い髪と黒い目。年の割には美人な今生の俺の母、黒田愛がそこにいた。


「あ、久しぶり」

「元気にしてた? この間はお見舞い行けなくてごめんね」

「俺が来なくていいって言ったんだから気にしなくていいよ」

「それならいいけど……あ、個人競技頑張ってたわね」

「ぼちぼちね」

「一位と三位だけども十分凄いわ!! それとあの二人三脚の子!!!」

「え?」

「彼女なんでしょ? お母さん嬉しい! あんな可愛いくて美人の子がお嫁さんなってくれるなんて!!」


 大分深読みしてるな。ここは誤解を解かないと……。


「いや、彼女でも何でもないよ」

「またまた、あんな雰囲気で彼女じゃないなんてありえないわよ」

「いやいや、本当だから」

「えー! あんなほの字なのに!! ビックリ!!!」

「声が大きいから、ボリューム落として」

「あ、ごめんね。それより」


 母さんは妄想たくましく話を進めるが、悪気がないから非難するのも気が引ける。


「昨日、お母さん占いの館に行ったのよ。それでね、十六夜の事占ってもらったのよ」

「そうなんだ。何で俺を?」

「いつも一緒に居れないから何かしてあげたかったの」

「そういう事、ありがとう」

「いえいえ、それでねその占いの人すっごい当たる人なの!! 当たりすぎて色んな事に巻き込まれるから田舎でひっそりと暮らしてるんだけど……」

「なんでそんな人と知り合いなの?」

「高校の時の隣の席で仲良かったのよ」

「あ、そうなんだ」


「それで占いの結果なんだけど……」

「……」


 俺は思わず固唾を飲んだ。田舎に引き籠もらなければ騒動を引き起こすほどの的中率なのだ。いい結果が出てほしい。



「うーんとね。忘れちゃった」

「ええ?」

「スマホにメモ取ってあるからちょっと待って……」


 母さんはスマホを出し、メモを読み始めた。




「至光の銀白、紅蓮の赤、稲妻の黄、大海の青、銀白の黒。これらの色が十六夜を縛るようにくっついているんだって!!」




「うそーん」

「本当だって。場合によってはお嫁さんが五人になるって!!!」

「それはダメじゃね?」

「お母さん良いと思う。子沢山だと楽しいし、私はサッカーチーム作りたいから十一人くらい孫が欲しいわね」

「それはない」

「あ、そうよね。補欠の子も必要だから十八人くらいかな?」

「そうじゃない」



 天然も少し入っているのが黒田愛という人物。それにしても、五色縛りって……そんな、まさかな? 占いだよな?


「あ、でもね。何か美しい色に淀みっていうか泥みたいなのが被るかもしれないって。そうなると色消えちゃうって!!!」


 え? この占い師ガチじゃね? バッドエンドまで分かっちゃうの?


「既に銀白と赤は泥が消えてるって言ってた」


 こわ!!!! 何それ、こわ!!! なんなのその人!! ばりくそ当たっとるやないか!!


「次に泥が来るの黄だって。お母さんお嫁さんが減るのはやだけど、十六夜がその泥を跳ねのけるから心配いらないって言ってた」

「お嫁さんって決まったわけじゃないと思うけど」

「もう決まったも当然だと思うわ。占い的中十割の子なんだから」




「でも、銀白の黒の子に関しては良く分からないだって。まだ、生まれてない? かもって言ってたけど至光の銀白の子と似てるって言ってた」

「その人ガチだわ」

「だからそう言ってるじゃない。黒の子は淀みもないけど、存在もない。でも十六夜の未来にはいるって」

「超能力者だと思う。その人。連絡先後で教えて、絶対役立つ人だわ」

「うん、分かってる。十六夜はいずれ私の力を借りる時が来るだろうから連絡先を渡しておいてって、もう先に言われたの」

「怖い怖い怖い」


 一応、連絡先を渡してもらった。


「至光の銀白ってさっきの二人三脚の子なんじゃない?」

「どうだろうね」

「絶対そうよ。話してるうちにあの子だって確信したんだから!!」

「あ、そう」


「ちょっと十六夜!! いつまで油売ってるの!!」


 凛とした声が響く。俺と母さんが声の方を向くと、ツインテールに体操服姿の火原火蓮が睨めつけていた。


「紅蓮の赤!!!!」

「母さん落ち着いて」


 我が母上が火原火蓮を見て興奮なさっている。確かに紅蓮の赤って感じはするが。


「え? 十六夜のママ?」

「そうです」

「そうなんです!!! 貴方お名前は!?」

「二年の火原火蓮と言います。えっと十六夜にはいつもお世話になっております」


 彼女は頭を下げる。我が母上は感心して、同時に嬉しそうな顔になる。


「あらあら、礼儀正しいのね」

「いえ、当然です」

「それに凄く可愛い!! 十六夜もそう思ってるでしょ?」

「まぁ、そうだけど」

「そ、そんな可愛いだなんて」


 彼女は顔を赤くしてはにかむ。落ち着かないのか、前髪をしきりに触っている。


「そろそろ、俺行かないと」

「そう、それじゃあまたあとでね。火蓮ちゃんも」

「はい、また」


 母さんから離れて待機場所に向かう。結局トイレには行けなかった。我慢できない程ではないから、別にいいか。


「十六夜のママ、優しそうね」

「優しいですよ。怒ると怖いですが」

「うちのママもそうよ」


 俺達お互いの家族を話題にしながら、わずかな時間を楽しんだ。

























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