第30話 アジフライ

 胃の痛い毎日が続いた。銀堂コハクと火原火蓮は毎日のように威嚇しあい、体育祭の前日まで心休まる日など無かった。



 体育祭の日にお弁当を作ることに両者気付いたようで、お弁当対決となり、更に険悪な感じになった。少し休もうぜ……。






 心休まらないりゆうは、もう一つある。それは次なる被害者、黄川萌黄である。


 彼女のバッドエンドまでには、時間にだいぶ余裕がある。だが、仲良くなって損はないと思い、偶々廊下ですれ違ったとき声をかけようとしたが……。


『あの……』

『……』


 汚物でも眺めるような目で見られ、会話を拒否するオーラを出しまくっていた。体育祭の実行委員、修羅場、学校の噂により黄川萌黄の好感度メーター氷点下。多少の親密度さえ許されない。


 胃が痛い。ただひたすらに……。


 まだ黄川萌黄に関わる必要はないだが、今後接触することを考えると胃が痛い。どう接すればいいか分からない。


 まぁ、彼女が嫌がっても、いつも通り無理やり付いて行くのだが……。


 その場合、学校内の噂、校内新聞でまたしても炎上する。バッドエンドを回避するためなら、俺は多少の批評を許容できる。


 だけど……


『噂の厨二、美女二人を侍らせてご満悦!!!』

『ストーカー、美女二人の弱みを握ったか!?』

『二つ名、ダブルディストラクションオーバーレイから、ただのクソに変更』


 勘弁してくれ。胃、胃、胃が痛い。これ以上どうなるんだ?


 悩み、悩み、悩みによって


 俺は押し潰されかけた。



 しかし、ここで止まるわけにいかない。恩返しという目標がある以上、思考をここで止めてはいけない。


 思考を開始。


 ――バッドエンドを回避したら普通の学校生活に戻りたいのに、クソ男の汚名が一生付いて回るんじゃないか?



 こんなことは考えない。今は彼女達の事を考えよう。



 ――黄川萌黄と多少なりとも関わりを持ち、その上で修羅場を緩和。


 これだ。具体的な方法は全く思い浮かばないが、やるしかない。体育祭はなんとなく生徒の気持ちが高まるイメージがあるから、何とかなるだろう。多分。


 さぁ、行くぞ!!! 


 覚悟を決め、ベッドに潜る。体育祭の為に早めの睡眠をとる。 しかし、そこで携帯が鳴った。


 確認すると


『十六夜。仕事が急になくなったから、明日の体育祭見に行くわね。』


 母からのメール。いつも忙しいのに珍しいな。仕事が急になくなったのか? まぁ、来てくれるなら多少は良い姿を見せないといけない。


 明日の目標が増えたが、特に気に留めずそのまま眠りに就いた。





◆◆◆







 体育祭の日、私は朝五時の起きた。弁当作りの為である。今まで料理などをしたことがない私だが、今回はそんなこと言っていられない。




 時間は無駄にはできない。まず唐揚げから!!



 キッチンに立ち、油を注いで温め、冷蔵庫から昨日漬け込んでおいた生の肉を出す。最近のスマホは便利だ。調べれば何でも出てくるのだから。粉をまぶして……。


 パパが手伝いを申し出てくれたが、それは断った。ここでパパの手を借りたら、銀堂コハクという女に敗北したのと変わらない。


 油が温まったので生の肉を入れる……。どうやって入れるんだ?


 え? 超怖いんだけど?? 


「おはよう。火蓮」

「おはよう」

「手伝おうか?」

「いらない。私の聖戦だから」

「そ、そう。でも危ないから見てるね……」


 いつもはもっと遅く起きるパパも、心配して私のお弁当作りを見に来てくれた。これはなんとしても成功させなければ。


 油を見る。ここに肉を入れれば、ただそれだけ……そう、入れるだけ。だから、どうやって!?


「頑張ってるのね。火蓮」

「ママ!!」

「手伝う?」

「大丈夫……っていうかママも料理できないでしょ」

「そういえばそうね。ここでパパと見てるわ」



 ママも料理は一切できない。私が園児のとき、卵焼きを焦がして、煮物の水分を全部飛ばしてしまって以来、料理禁止となったのだ。


 私の料理下手はママの遺伝……いや、私がやらなかっただけだろう。


 ビビりながらも網じゃくしを使い、肉を入れることに成功する。しばらくは我慢。


 数分後。油が跳ねてめっちゃ怖い中取り出し完成。次は卵焼き。


 冷蔵庫から卵を出す。ええっと、軽くヒビを入れて……。


 潰れて中身が出てしまった。次、次、次。全部割れた。



「火蓮。ちょっといいかな?」

「ダメ!!」

「いや、でもこのままだと卵が全て潰れて……」

「まだ、四個あるから!!」

「う、うん」


 割れてしまった卵の中身は私の朝ご飯である。その後、最早スクランブルエッグの卵焼き。


 そして、唐揚げ。


 時間がないので仕方なく入れた冷凍食品のシューマイとたこ焼き。


 これらによってお弁当が無事完成した!! 最初は出来が悪いかと思ったが詰めてみると案外いい感じ。



「できた!!!」

「よくやったね」

「成長したのね……」


 二人とも感無量といった感じだ。どうだ!! 私だってやればできるんだ!!! これをお昼に十六夜に持って行って……。


『召し上がれ』

『ミシュランもびっくりだ!!!! 火原先輩って家庭的なんですね!!!』

『これくらい大したことないわ!!』



 嗚呼、完璧。フフフ。銀堂コハクもここまでは作れないでしょ。勝った!!!






◆◆◆







「えーと、唐揚げは二度揚げしてあるから……。後はハンバーグとポテトとオムレツとアボカドのサラダと……」



 とある台所。銀白少女がせっせと料理を作っていた……。




◆◆◆






 俺は朝起きてすぐに着替え学校に向かう。実行委員は朝からやることが多いため、少し早く登校しなければならないのだ。


 体育祭の場所は皆ノ色高校。そして、親の入場も許される。かなりの人数が集まることが予想される。日陰作り用のテントも張らなくてはならない。


 前日に大体会場の設営は終わっているが、細かいところは当日の朝に準備する。その為、俺達実行委員が良いように使われるのだ。




 俺が学校に着いたとき、実行委員はすでに殆ど揃っていた。時刻は七時前。七時から実行委員は作業開始だから、結構ぎりぎりである。もっと余裕持ってくればよかったかな?



「よし、それじゃあ作業開始しよう」


 金子太一の号令で、一人を除いて実行委員全員が動き出す。火原火蓮はまだ来ていない。


 もしかして、お弁当作りが原因か?



 作業すること四十分。


「ち、遅刻した!!!」


 ダッシュで火原火蓮が到着。皆に頭を下げて謝っている。


「ごめんね。十六夜」

「これくらい、大丈夫ですよ」

「お弁当作りですっかり忘れてた……」


 彼女は頭を抑えて落ち込んでいる。慣れない事をして他の事が抜けてしまったんだな。


「でも、すっごいのできた。星取れるくらい!! 楽しみにしてて!!!」

「そ、そうなんですか。楽しみにします」


 彼女って料理上手だったか? 『原作』だと、卵を割るの失敗して一パック丸ごと無駄にしたり、煮物ほったらかしでラノベを読んで水分全部飛ばしたり、色々やらかしていたのだが……原作とは違うのか?




 準備が進むにつれ、生徒達も登校してくる。今日は体操服登校が許されているので、直接着てくる生徒もいる。制服で来てから着替える生徒も結構いる。



 一単色高校の生徒も続々と校内に入ってくる。彼らは両校の指定された陣地に荷物を置き、開催まで待機。各校の待機場所は、クラスごとにさらに細かく分けられている。



 実行委員も準備を終えると、一旦クラスの待機場所に行き出席確認をする。待機場所は南側にある。北側には実行委員の待機エリアがあり、そこで色々仕事をする。



 出席確認をした後、再び実行委員の待機エリアで開会式の準備をしていると、金子太一の声が聞こえてくる。


「え? 前で準備運動をする香川君が休み!?」


 全体での準備運動が開会式のプログラムに含まれている。生徒の前で体操の手本となる香川君が休みらしい。



 大変だな。全生徒の目前で準備運動したい奴なんていないから、代えは直ぐには見つからないだろうし。


「進行役はやらないといけないし、誰か代わりに……はッ!!」


 俺を見るな。目線を逸らしたのだが、金子太一が俺の前に来る。


「頼むよ。黒田君。色々やらかしてる君なら恥ずかしい事なんて今更ないでしょ!!」


 超失礼。なんなのコイツ。当たってるのがもっとムカつく。言葉を濁せ。


「お願い!! 君しか居ないんだ!!」


 ムカつくけどコイツ委員長として頑張ってたしな。これくらいなら別にいいか。


「わかりました」

「ありがとう!!」


 そして、体育祭の開会式の為、両校生徒たち全員が並んで開会式が始まる。集団で並ぶと人数の多さがはっきり分かるな。


 生徒の親御さんも校内の至る所に居て、全体で千人近くいるかもしれない。


「それでは体育祭の開会式を始めます。先ずは校長先生の話」



 そこからは凄い長い。例の事件の事がありながら開催できたことの喜び。そこから謎に派生した世間話。それを×2。



 軽く一時間くらいやった後、ようやくプログラムが次に進む。


「続きまして金親元次様より挨拶があります」



 なんでだよ。意味が分からん。と思ってしまうが、今回金親会社から飲み物の差し入れがあったため、大人の事情が色々あるらしい。前に金親が出てくる。



「今回は合同体育祭が開催できたこと誠に嬉しく思います」



「カッコいいい!!!」

「何あの子!!!」

「転校決意!!!」


 両校の女子高生殆どがめっちゃ騒ぐ。両校の男子高校生殆どが中指を立てる。


 いつもの事がスケールが大きくなっただけ。



 クソの挨拶が終わり、女子たちの興奮が冷めやらぬ中……



「続きまして準備運動。前で皆ノ色高校の黒田君がお手本としやりますので生徒全員怪我しないように真面目に執り行いましょう」


 この空気の中、行くのか。金親が出た後に。フィールドが完全にアイツの物になった後に出て行くのは、自滅行為に近い。しかし、引き受けてしまった。


 仕方ないから前に歩いて行く。



「あれ? なんか……背小さくない?」

「顔は……普通ね」

「可哀そう。イケメンの後に出るなんて……」



 背が小さく見えるのは、金親の後だからだよ。顔も金親を見た後では、そりゃ見劣りするのは当たり前だろ。


 一単色高校の女子高生がひそひそ話すのが心に響く。


「ちょっと、可哀そうでしょ!!!!」


 とある一単色高校の女子高生が大声を上げた。何か嬉しい。


「仕方ないでしょ!!! フォアグラの後にアジフライが出たら見劣りするの当たり前じゃん!! それと同じだよ!! いちいち言ったらあの子に失礼だよ!!!!」




 お前がな。お前が一番失礼だよ。彼女がそう言うと、皆俺に気を遣い、ちょっと気まずい感じになる。



 何とも言えない空気の中準備運動をするのは地獄でした。



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