第26話 難聴なモブ

 夜九時過ぎ、家のドアが開く音がする。多分ママが帰ってきた。手紙を持って私は下に降りる。


 ゆっくりと階段を下りてリビングに向かう。また足が震え始めて心臓の鼓動も落ち着かないものになってくる。



 でも、踏み出すって、家族を信じるって決めたから。


 リビングに入ると、パパとママはソファーに並んで座っていた。


「……ママお帰り」

「ただいま」

「あのね、パパとママに話したいことがあるから聞いて欲しいの」

「分かったわ」

「聞かせてくれ」


 深呼吸をして手紙を開く。言おう、一歩踏み出そう。もし、ここで踏み出せなかったら、ここまでしてくれた十六夜に申し訳ない。


 パパとママの目を見る。届いて……私の思い。


「……私がずっと言えなかったこと、言いたかったことを言います」



「私はパパとママが大好きです。ずっと一緒に居てたくさんの思い出が私の心に残っています。小さい時に、車に石で五芒星を書いて怒られた事、寝ているパパにマヨネーズでお星さまを書いて怒られた事、寝ているママにケチャップでアットマークを書いて怒られた事。そして、中農ソースで大事なスーツに海賊のマークを書いて怒られた事。全て未だ色あせることなく覚えています」



「いたずらする度に怒られて、泣いて、謝って許してもらって、そうやって私は成長してきました。恩返しなんて殆どできなくて、いつもわがままな私をここまで育ててもらって感謝しています。……でも、まだわがままを言わせてください。私はパパとママと一緒に居たい……いつかは二人から旅立たなければならない時がくるのはわかっています。でも、その時が来るまで一緒に居たい」


 初めて言った。私の本音。そして昔を思い出すと、気持ちが高ぶって涙が零れ落ちそうになり、口調も強くなる。



「もっと楽しく笑いあって、昔みたいにお買い物とかピクニックとかにも行きたいです!! 二人の仲が昔と変わってしまったことは分かっています! 互いに言いづらい事があるのも分かっています!! もう遅いって思ってるかもしれないけど、でも、一緒に居たいんです! お願いします!! 」




 私は頭を下げる。抑えようと思っていた涙も次々と零れ落ちて、視界がゆがむ。二人の返答が怖い。




「真っすぐ気持ちを伝えてくれてありがとう。火蓮の気持ちは伝わったよ」

「お母さんにも火蓮の気持ちが伝わったわ。本当に成長したわね」


 二人が微笑みながら優しい声音で話してくれる。気持ちが伝わっていると言われると、嬉しくなる。もしかしたら、このまま解決するかもしれない!!


「火蓮がこんな立派な姿を見せてくれたんだ。僕も少しでもカッコいい姿を見せないとね」


 パパはそう言うと手紙を出した。手紙……私と同じ封筒。偶然かな?

 いや、今はどうでもいい。パパが手紙を書いてくれて、家族と向き合おうとしてくれた事に喜ばなければ。


「火蓮と孤火奈へ。僕は二人が何よりも大事です。孤火奈と出会って結婚して火蓮が生まれてずっと幸せでした。だけど孤火奈が優秀で僕はそうでないから孤火奈には劣等感からずっと一歩引いた立場から接していました」



「それが周りにも伝わって劣等感がもっと強くなり、僕より良いひとが居るんじゃないか? 孤火奈にはもう愛想つかされてるんじゃないか? そう考えることが増えていきました」


「火蓮には負担をかけまいとしていたけど、結局火蓮を深く悩ませて苦しませてしまったことを謝らせてくれ。済まなかった。でも、もう火蓮が悩むことなはいよ。僕も同じ気持ちだから」

「パパ……」

「あなた……」


 パパ、今、凄くカッコいい。


「火蓮、孤火奈、僕にはダメな所も多いけどそれでも一緒に居てください」



 パパも同じ気持ちだったんだ。それが凄く嬉しい。


「パパはダメじゃないよ。私もいつも支えられてるから」

「そうよ。いつも、支えられてるわ」


 ママも本当の事を言い始めてる。少しずつ家族の中が変わりつつあることに、希望と期待がさらに大きくなる。


「私も言うわ。本心を」


 ママも……? あれ? また手紙。家族全員が手紙を用意するなんて、これ偶然にしては流石にちょっとおかしいような。しかも、同じ封筒……。


「火蓮色々心配をかけてごめんなさい。私ももう一回昔みたいに戻りたいと思っています。そして、あなた。ずっと前から私は気付いていたんです。貴方が悩んでいたことに。でもどう言うべきか分からなかった。だから気持ちがすれ違いつつあった。だけど、今言います。いつもありがとう。私には貴方が必要です。もちろん火蓮も。だから私とずっと一緒に居てください」



「うん。一緒に居よう!!」

「僕でよければこれからもよろしく頼むよ」




 私達家族は、ようやく本音を言いあえた。どこか順調すぎて違和感が残るが、それでもいい。


 その後、ご飯を久しぶりに一緒に食べて、三人で会話をした。何処かたどたどしさがあったけど、これからまた笑いあえると思うと、それも心地よい。





 三人で話している途中で、十六夜が行動力の鬼という事実を知ることになった。





◆◆◆




 俺は火原孤火奈と話した後、時間もかなり遅いので家に帰る途中にあるファミレスでご飯を食べることにした。


 結構空いていたので、すぐに席に着くことができた。店員にハンバーグとサラダを注文して一息つく。ただのハンバーグではない。期間限定24種のチーズが入っている特別なチーズハンバーグである。メニューを眺めた時に押しが凄かったという理由と、普通に食べたいという思いが凄かった。




 火原家は大丈夫だろうか……。いや、大丈夫だろう。絆はある。そして火蓮も吹っ切って、一歩踏み出すことを決めた。元から愛があったのだから。考えていると電話が掛かってくる。火原火蓮から。


「もしもし」

「もしもし」

「どうでした?」

「上手くいったわ、だけど色々初耳な事があった……」

「フフフフ。粋な計らいだったでしょう?」

「ええ、最高だった。ありがとう」

「そ、そうですか。それは良かったです……」


 直球に褒められと、ちょっと恥ずかしさが出てくるな。


「おかげで私たち家族の蟠りが大分解消したわ。全部十六夜のおかげよ。本当にありがとう」

「先輩たちが一歩踏み出したからですよ。俺は背中を押しただけですから全部俺のおかげではないです」

「フフ、本当に面白いわね……それでさ、その、なんていうか」

「はい?」

「あの、パパから聞いたんだけど私の悲しい顔が見たくないって本当?」

「ああ、言いましたね」


 今思い出すと普通に恥ずかしいな。


「それと結構熱い言葉も言ってたってパパもママも言ってた」

「あー。その、ちょっとカッコつけて見たくなった感じと言いますか……」


 恥ずかしい。確かに結構熱い言葉言ったけど、今となってじわじわ恥ずかしいが湧いてくるな。


「そうなんだ……。えっと、でもさ、そこまでしてくれるって事は、その、えっと、普通じゃないわよね?」

「まぁ、普通ではないですね」


 流石にやりすぎたか。いや、今更か。人気のない公園に呼んでキス迫ったのだからな。


 話してる途中で、店員さんが恐らく俺の最初にサラダを持ってこっちに来る。


「十六夜がその私にと、特別な……」


 彼女の言葉を聞きとる前に店員さんが転んで、俺のサラダを溢してしまう。俺の服と肌にも少しソースが付いて汚れた。女性だが、ドジっ子か?


「大丈夫ですか!?」

「はい。大丈夫です」

「申し訳ありません!! すぐに拭きます!!」


 店員さんがハンカチで服や肌を拭いてくれる。顔と服を優しく撫でるように。こそばゆい感じだ。


 結構かわいい店員さん。プラマイゼロだな。うん。


「すぐに代えを持ってきますから!! それと服も……ど、どうしよう!!」

「これくらい大丈夫ですよ。気にしないでください」

「はい! ありがとうございます!!」


 彼女は急いで厨房に戻る。若いって良いな。華があって。あ、電話忘れてた。


「それで、どうするの? 十六夜は……私は、その、別にいいわよ……」


 全然話が分からん。正直に告白しよう。


「あの、すいません。聞いてませんでした」

「はぁぁぁ!? ふざけてるの!? そんなの通じるのは二次元だけよ!!!」

「す、すいません」

「もう、いい!! 最低!!」


 プツン!! と音が響き、通話を切られた……。結構重要な事を話していたんだな。


「お先にハンバーグお持ちしました。本当に申し訳ありません」

「気にしないでください。若いんですから失敗しても仕方ないですよ」

「はい、ありがとうございます」


 彼女は再び頭を下げて厨房に戻る。凄くいい匂いがして食欲がそそられる。


 ――ハンバーグ、頂きます。



◆◆◆





 私は自室で迷っていた。電話をするか、否か。

 パパとママから色々聞いて、十六夜が私の為に色々動いてくれたことが分かった。しかも、私の悲しい顔は見たくないって。そこまで言うって事は……。

 絶対、私の事が好き。


 これは確定事項だと思う。私的には、結構、ありかなという思いがある。


 パパとママの好感度がとんでもなく高くて、最初どうした? と思ったが、話を聞いて納得した。と言うか私の十六夜に対する好感度も上がった……。


 すっかり忘れていたが、坂本典礼の時も私を守ってくれて、家族問題にも向き合ってくれた。一回拒絶しても、それでも私の為にあそこまでしてくれた。私に嫌われても、拒絶されても。


 ――何処までも、真っすぐ私を見てくれた。



 十六夜は物凄い何かを持っているわけではない。でも、それでも私の為に動いてくれた。守ってくれた。


 それを自覚してしまった時……。心がトキめいた……。ドキドキする……。



 ま、まぁ、私の事がす、好きなら付き合ってあげなくもない。仕方ないから、恩もあるわけだし、まずは電話しよう。


 ちょっと、緊張する。今までとは違う。こ、こんな、ドキドキする? 


 勇気を持って電話をかけると、すぐに繋がった。




「もしもし」

「もしもし」


「どうでした?」


 直球で聞きに来た。心配してくれているのか。嬉しい。ポイント高い。


「上手くいったわ、だけど色々初耳な事があった……」

「フフフフ。粋な計らいだったでしょう?」


 粋な計らいとか、そんなレベルじゃないけどね。


「ええ、最高だった。ありがとう」

「そ、そうですか。それは良かったです……」


 照れてるのかな? 可愛いところもあるのね。


「おかげで私たち家族の蟠りが大分解消したわ。全部十六夜のおかげよ。本当にありがとう」

「先輩たちが一歩踏み出したからですよ。俺は背中を押しただけですから全部俺のおかげではないです」


 そういう風に言ってくれるんだ。嬉しさが込み上げる。



「フフ、本当に面白いわね……それでさ、その、なんていうか」

「はい?」

「あの、パパから聞いたんだけど私の悲しい顔が見たくないって本当?」

「ああ、言いましたね」


 ふふぇええ!! や、やっぱり。と、と言う事は他に言ったことも?


「それと結構熱い言葉も言ってたってパパもママも言ってた」

「あー。その、ちょっとカッコつけて見たくなった感じと言いますか……」


 い、言ったんだ。パパとママ全部聞いたけど……。けど、張本人が言うと また違った恥ずかしさが。



「そうなんだ。えっと、でもさ、そこまでしてくれるって事は、その、えっと、普通じゃないわよね?」

「まぁ、普通ではないですね」


 私に特別な感情向けてるってことよね? 分かってたけど、一応確認しないと……。


「十六夜がその私にと、特別な感情を向けてるのは、わ、分かったわ。だ、だから、その、お礼って言うか、そういうわけでも無くはないんだけど……」


「私も十六夜の事をあり、なしで言えば……その、ありなの。勿論あり、なしの二択でね!!」


「だから、仕方ないから、付き合ってあげても、い、いいよ」


 返答がない。緊張してるのだろう。好きな相手が付き合ってあげると言えば、思考が一時停止するだろう。少し待ってあげよう。


 ……遅いわね。返信しずらいのは仕方ないけど、男ならパッと決断してほしいところなんだけど……。


「それで、どうするの? 十六夜は……私は、その、別にいいわよ……」


 遅いから催促のような形になるが、遅いのが悪い。どう返信してくるか。


「あの、すみません。聞いてませんでした」

「はぁぁぁ!? ふざけてるの!? そんなの通じるのは二次元だけよ!!!」


 そんなわけないでしょ!!! 電話でどうやったら難聴が発動するのよ!!


「す、すみません」

「もう、いい!! 最低!!」


 思わず通話を切ってしまったのは悪くないだろう。折角私が……。


 もやもやしながら私は携帯を置いて、自室のベッドに横になった。



 ありえない。あそこで聞いてないとか。



 そういえば『魔術学院の出来損ない』のテル君も難聴だっけ……。ヒロインが偶に可哀そうだけど、でも、すごい優しくてカッコいいのよね。



 十六夜って意外とテル君に似てる? 似てるかもしれない。力はないけど工夫とか努力とか優しさで立ち向かうところとか。


 ……だとしても難聴は似てなくていいのよ!!!!

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