第25話 粋なモブ

 頬がピリピリとして紅葉後が残る中、再びベンチに座り火原火蓮と向かい合う。


「あの、色々すいませんでした……。何というか誠にすいません」

「もういいわよ。ビンタで無しにしたから」



 何故か堅苦しくなってしまうのは女性免疫の無さの悲しい性。先ほどは勢いで手を握ったり肩を掴んだりしていたが、今となって恥ずかしさが湧いてくる。


「それでですね。先輩がどうすればストレートに気持ちを伝えられるかなのですが……」

「そうね……口で言うしかないわよね」


 中々言いづらいのだろう。だがしかし、そんな時はこれだぁぁぁぁぁぁl!!!!


「手紙を使って言うのはどうですか?」

「手紙……いいわね。それ」

「はい。古典的ですが気持ちの塊って感じがしませんか?」

「するわ。それに今言葉を纏めておけば言うときにも混乱しにくい!」

「では、早速これをどうぞ」


 俺は懐からお手紙セットを出した。朝学校に来る前にコンビニで買ったものだ。


「準備いいわね……」

「はい。前買ったんですが使う機会が無くて偶々手元に新品があって助かりました」


 流石に準備が良すぎたのか、若干不思議そうに見てきた。少し怪しいか? いや、今時高校男子がお手紙セット持ってるくらい……普通ではないな。いや、常備しているもんだな!! 男子高校生だもんな!!


 だから、問題なし。


「ほらほらさっさと書きましょう。はい! 下敷き!!!」

「あ、うん」


 勢い任せに彼女にお手紙セットと下敷き、ペンを渡す。


「うーん。書き出しは……」

「最初はインパクトが強い方が良いのでは? 例えですけどウェブ小説でも一話が良くないとその後見てもらえないって聞きますし」

「そうね。最初はパパとママを私に引き寄せたいわ。えーと、私はパパとママが大好き……」


 書いている途中で彼女はペンを止めた。


「どうしたんですか?」

「あの、その、恥ずかしいんだけど。見られてると……」


 あー、そう言うことね。年頃だからパパとママ大好きって内容の手紙は俺に見られたくないと……ホ~、なるほど、なるほど。


「先輩甘えないで下さい!!」

「え?」

「これから今まで言いたいことを言えなかった両親にストレートに気持ちを伝えるんでしょう!!! それなのにこんなことで手を止めてどうするんですか!?」

「そ、そうね」

「ほら、ガンガン書く!!」

「は、はい」


 これくらい気合を入れないとな。今までにない初チャレンジをするときは、怠けた気持ではいけない。強気で行かないとな。


 まずは昔を振り返って思い出を書き留めていく。 お漏らししたこと、車に石で落書きをして傷をつけたこと、マヨネーズで寝ているお父さんの顔に落書きしたこと、ケチャップで寝ているお母さんの顔に落書きしたこと、中農ソースで大事な真っ白な高級スーツを汚したこと、等など。

 ヤンチャだった子供時代を書いていく。俺も偶にアドバイスしたり、意見を求められたりしながら



「ふー。思い出の振り返りはこれくらいでいいわね。ここからは私がどうしたいか書いて……」

「行けそうですか?」

「うん、何か今回は行けそうな気がする!!」


 やる気満々といった感じだろうか。ドンドン書き進めて、彼女は遂に手紙を完成させた。


「やった!! できた!!」

「おめでとうございます。後は本番で緊張しないように練習ですね」

「出来る限りやってやるわ!!」


 彼女はベンチから立った。もう家に帰るのだろう。ただいまの時刻、四時過ぎである。


「それじゃあ、私帰るから!! ありがとう十六夜、私頑張ってみる!!」


 彼女は走って帰って行った。この後、家に帰って自室で練習する事だろう。これくらいか、俺にできることは……。


 でもさ。やっぱりさ。ここまで来たら『粋』な事したくなるよね。



 とりあえず、火原炎羅に会いに行くか。



 その為には彼女と同じ電車に乗って、俺も火原家に行かなくては!!



◆◆◆



 再びストーカーのようなことをして、彼女を付けたわけではない。ただ単に行先が同じだけだ。



 火原家宅。時刻は六時過ぎ。彼女が入って行くのを見届けると、俺はインターホンを押す。彼女は二階の自室で練習してるから出てこない。


 そして、車が置いてあるということは?



「はい? どちら様ですか?」


 出てくるのは火原炎羅である。おお、普通にイケメンだな。そして高身長。


「あの、私は火原火蓮先輩の後輩で黒田十六夜と言います」

「おおお!! 君が!! 娘が世話になったね。本当にありがとう」

「いえ、大したことでは」

「いや、君が居なかったらどうなっていたか……。本当にありがとう」


 火原炎羅は深々と頭を下げた。やっぱり、いい人なのは変わりないんだろうな。


「頭を上げてください。いつも先輩にはお世話になっているのでお互い様です」

「そうかい。これからも娘と仲良くしてやってくれ」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

「ここに来たって事は火蓮に用があるんだろう? ちょっと待ってくれ今呼ぶから。おー……」

「待ってください!! お父さんに用があって!!」

「え? 僕に?」


 なんとか呼ぶのを止めることができた。ばれても問題は無いのだが、サプライズ的な事が俺が好きなのだ。


「あの、ちょっと聞かれたくないのでこっちに」


 手で招き猫のように引き寄せ、家のドアを閉めさせる。二人きりで話ができて、尚且つ聞かれないように。


「実は先輩から相談を受けてまして」

「どんなだい?」

「それは先輩の両親の夫婦仲が悪くてそれをどうにかしたいと言う事でした」

「!!!……あの子がそんなことを」

「はい、凄く悩んでました。目に涙を浮かべて深刻な顔つきで……」

「そうか。あの子にもばれてしまったか……当然か……もう取り繕うことも満足にできないのだからね」



 炎羅は己の無力さを噛みしめ、悔やむように眉を顰めた。



「君だから言うよ。僕と妻の間は既に溝が取り返しのつかない位開いてしまった。もう後戻りはできないと言う事を私たち夫婦は悟ってしまった。」

「……」

「僕のせいなんだ。僕が妻より劣っているから……。色々それでこじれさせてしまった。最近はもう職場でも家でも話なんか殆どしない。劣った僕に愛想が尽きてしまったんだと思う」

「……それが別れる理由ですか?」

「そうだね。近いうちにそれが理由で別れるかもしれないね。本当に妻にそして、あの子にも申し訳ない気持ちでいっぱいだ」


 この人に足りないこと、この家族に足りないことは、一歩踏み出すことだ。全員がそれから逃げている。


 だけど、火原火蓮は今踏み出そうとしてる。




「それを言ったんですか? 貴方の妻に子供に」


「いや、言ってないよ。言い出せなくてね」


「なら言った方が良い。貴方の娘が今自身の本当の気持ちを言うために必死になってる。別れてほしくないって、もう一回一からやり直したいって」


「……」


「貴方の娘は信じてるんだ。ここまで家族の中がこじれても、それでもやり直せるって。何年も前から両親の仲が悪いのを見て見ぬふりをしてきた劣等感に打ち勝って、前に進もうとしてる」


「……そんなに前から気付いてたのか」


「貴方が思ってる以上に火原火蓮は成長してるんですよ。夫婦の中に取り返しのつかない溝が出来たから別れても仕方ない? 舐めたこと言わないでください。自身の両親がどこかおかしくて、どうしようもないのも分かって、それでも信じてるんだよ」


俺は自然とこぶしを握った。口調が荒くなるのも気づかない。


「あんた達がやり直せるって信じてるんだよ。なら、貴方も信じてやれよ。貴方が貴方達が一番信じなきゃいけないのは火原火蓮じゃないのか? 彼女がやり直せるって信じてるだけでもう一度やり直して、一から家族を作る理由になるんじゃないのか?」


「それは……」


「お願いだ。彼女に悲しい顔だけはさせないでくれ。貴方達はまだやり直せる。その為に貴方も一歩踏み出してくれ」


 俺は頭を下げた。


「君はどうしてそこまでするんだい?」


 当然の疑問。ここまでするのは、常軌を逸しているのかもしれない。だけど、ここまでする理由はただ一つ。


「火原火蓮の悲しい顔は見たくない。それだけです」

「……!」


 火原炎羅と視線が交差する。驚嘆という感情が彼からは出ていた。


「そうか……火蓮は良い彼氏を持ったんだね」

「いえ、友達です」

「そうか、まだだったのか。火蓮は引っ込み思案で誰でも簡単に仲良くなれない。そして、僕の妻に似て偶に思ってる事と行動にする事が逆になることがある」

「そうですね。それは感じています」

「フフ、そうかい。ずっと引っ込み思案で、ずっと小さいと思っていたけどいつの間にか僕たちが思っていたよりも大きくなっていたんだね」

「はい。でもまだまだ貴方達が必要です」

「そうなのかな」


 僅かに目線を落として遠い目をする彼に、お手紙セットを手渡す。



「はい。そうじゃなきゃ、今彼女は悩んでません。必要でずっと一緒に居たいから行動してるんです。貴方も本当の気持ちを言ってください」

「これは手紙?」

「火原先輩にも渡しました。自身の気持ちを纏めてそして直接気持ちを伝える手段としてこれいいかと」

「手紙で気持ちを伝えるか……」

「伝えてください。そうすれば絶対何か変わりますから」

「……そうだね。書いてみるよ」

「そうですか!! じゃあ俺はこの後行くところがあるので!!」


 俺はすぐに、次行くべき場所に走った。


「娘がそれを望んで、信じているならそれだけで十分か……。ありがとう黒田君。僕も踏み出すよ」


◆◆◆



 俺は走った。と言うよりタクシーに乗った。現在時刻は七時。


 今の俺は、早く、少しでも早く。彼女を救いたいという気持ちに動かされていた。






 着いた。現在時刻八時。




 彼女の母親と父親が務めている会社に。俺は急いで中に入って、受付の人の下に行く。


「すいません。火原孤火奈さんいますよね? 呼んでください。貴方の大事な娘を救って恩がある黒田十六夜が呼んでるって言ってください」

「エエ? あ、はい。わかりました……何だこの子???」


 受付の人は怪しさマックスの俺に警戒しながらも、電話をしている。その後


「はい、なんか変な子が……高校生ですかね? 皆ノ色高校の制服を着てるんですけど、もしかしたらコスプレしてる変態かもしれません」


 そこそこの音量で言ってくれるじゃないか。もっと聞こえないように努力はできないのだろうか?


「黒田十六夜っていうらしいんですけど。あの、フツメンですね。でもちょっと悪い意味で普通じゃない気がします。はい。え? 知り合い? 本当に? 嘘? またまた~ ガチですか!? はい。分かりました」


 大分失礼だな。ここの受付は替えた方が良いな。でも結構美人だから仕方ないのかもしれない。


「少し待って居てください。すぐに火原孤火奈さんが来るらしいです」

「はい」



 待つこと数分。エレベーターから赤い髪の火原火蓮とそっくりの美人で仕事ができそうな人が出てきた。俺を見つけると、こちらに歩いてくる。


 制服で、俺が黒田十六夜と思ったのだろう。


「貴方が黒田十六夜君でいいのかしら?」

「はい。貴方が滅茶苦茶恩返しのしなきゃいけない黒田十六夜です」

「そ、そう。何か思ってイメージと少し違うわね……。あの、この度は娘を助けていただきあり……」

「そういうのいいんで、さっそくですけど。恩を返してください」

「あ、うん。……ちょっと待って貰っていい? もうすぐで仕事終わるから」

「はい。分かりました」



 彼女は一旦エレベーターに戻って行った。首を傾げて。そして、待つこと十数分。再び彼女は出てきた。


「ごめんなさいね。わざわざ待って貰って」

「いえ、仕事なら仕方ないですよ」

「それで用ってなにかしら?」

「それはここでは言えないので」


 俺は親指で外にクイクイとして、場所を変えようとしていることを示す。


「分かったわ……。本当にイメージと違うわね」


 一旦外に出て人に聞かれないところに来た。駐車場だ。


「単刀直入に言います。火原先輩から貴方達ご両親の仲が悪くて離婚するのを止めたいと言う相談を請け負いました」

「……!!」

「話を進めます。火原先輩は何年も前から気付いていました。夫婦仲が悪いことに、でも見て見ぬふりをしていたのです」

「そんなに前から……」

「お二人の仲をどうにかしたくて今一生懸命手紙の読み聞かせの練習をしています。凄いですよね。家族みんなでまた笑いあえる、笑いあいたいと思っているんですよ。そして、火原炎羅さんも娘の思いに応えて、娘の信じたものを自分も信じる為に家族に手紙を書いています」

「あの人が……」



 まさかの展開に彼女も驚きを隠せないようだ。いきなりこんなこと言われたら、当然の反応だ。


「火原火蓮と火原炎羅は一歩踏み出しました。あとは貴方だけです。一歩踏み出してください」

「……」


 彼女は迷っている。何と言っていいか分からないのだ。ずっと悩んでも分からなかったのだから、当然なのかもしれない。


「家族なんだからそんなに言葉を選ぶ必要はないんじゃないんですか?」

「!……」

「一言、貴方にどう言っていいか分からなかったけど心配はしてたって言えばいいんじゃないですか? いつもご飯ありがとうって、それだけで十分支えられてるって言えばいいんじゃないんですか?」

「でも」


 まだ踏ん切りがつかないようだ。


「貴方の選んだ人はそんなに器の小さい人なんですか?」

「違うわ!」

「なら少し失敗しても大丈夫ですよ。貴方の大好きな夫と娘は手を伸ばし始めてる。ならそれを掴んでください」



 懐から手紙セットを取り出す。



「手紙をここで書いて家に持ち帰ってください。そして伝えてください。今までの思いをこれに記して」


 手紙セットを手渡す。下敷きとペンも。


 彼女は地面に下敷きを敷いて書きなぐり、数分で書き終え、手紙を懐にしまった。


「ありがとう。私家に帰らないといけないから失礼するわ」

「はい。頑張ってください」



 彼女は車に乗って家に帰って行った。そして俺も家に帰る為に駅に向かった。

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