第24話 強引なモブ
やってしまった。つい言いすぎた……。十六夜は私を心配してくれていたのに冷たく突き放してしまった。
でも、そこには触れてほしくない。絶対のテリトリーともいえる私の核。そこに入られた瞬間、強烈な焦りと不安が私を包んだ。
あまり考えないようにしていた。考えるのが怖くてずっと見て見ぬふりをしたものを自覚させられて、急に自身でも気持ちが抑えられなかった。
夕日が浮かぶ中電車に揺られながら一人思い返し、家に帰る。家に帰ってもいつも通り。パパが少し後に帰ってきて、その後ママが帰ってくる。
ママとパパが一緒にリビングに居る中、私は
「今日はね、後輩と喫茶店に行ったの……」
「そう、お礼はしっかりいったの?」
「あ、うん」
突き放してしまったなんて言えない。ここでは話題として利用して本当は冷たくするなんてずるいな私。
「お礼が言いたいんだけどいつ家に呼ぶの?」
「あ、えっと、来週くらいには」
「なにかお礼の品でも買っておいた方がいいかしら?」
「そうだね……それよりさ、ママとパパは昔一緒に出掛けたことあるの?」
二人とも複雑な顔をする。どちらから話せばいいか迷っている。
「……どうだったかしら。出かけたのは覚えているけど、場所までは覚えてないわね」
「僕もだ」
「む、昔だからね。しょうがないよね……」
何もできない。話を振って小さな輪を作ろうとするが、それすらうまくできない。本当の家族ならもっと言いたいことを言って、もっと笑いあう物なのに。
私だけじゃない。二人も……私たち三人は皆本音が言えない。そのせいで距離がどんどん離れていく。何か変えないと、そう思ってもそこで止まる。
私は……どうすれば。
◆◆◆
俺は寝室のベッドで横になり考えていた。あそこまではっきり言われたんだ。話すことすら気まずい関係になってしまっただろう。
そもそもなんで俺がここまでするんだ? バッドエンドは回避されているんだから、もう良いだろう。世界が破滅しないようにする使命感が殆どで俺は動いていたんだ。なら、これ以上動く必要はない。
そのはずなのに、どうすればいいかとずっと考えている。もう動く必要は無いのに、動こうとする気持ちが抑えられない。
俺も自身を見つめ直さないといけないのか。いや、俺も本当は気付いていたんじゃないか? 見て見ぬふりをしただけで。
……きっとそうなんだろうな。はぁー。認めたくないな。
寝よう。うん。思考を放棄し、俺は瞳を閉じた。
『おい、またそれ読んでるのかよ!』
こいつは生前のクラスメイトだったな。中学時代によく話したのを覚えている。違う高校にお互い進学したから付き合いは中学までだが……。
『これ、めっちゃ面白いんだよ!!!』
『魔装少女? 表紙にガッツリコスプレした女の子載ってるな』
『コスプレじゃない。魔装だ!!!』
『細かいな。そんなにハマったのか?』
『ああ、この一生懸命で辛いことがあっても前に進む姿がカッコいいんだよ!!!』
ああ、恥ずかしい。こんな時期があったな。マジでどっぷりはまっていた時期。教室でもずっとラノベ読んで女の子の友達から若干引かれたのもいい思い出だ。
『ふーん。まぁ俺は興味なし』
『ええ!? 一回読んでみろよ!! マジでパネェ。最高だよ。夢があって、友情があって勇気があってカッコいんだ。こんな風に俺も成りてえ』
『怖い怖い。魔装少女に憧れる中学男子とか引くわ』
こんなふうに俺も成りたいか……。あああああああああああ!!!
恥ずかしい、ただただ恥ずかしい。こんな時期があったなんて。
『これでもう終わりか……。今までありがとう。魔装少女』
今度は高校生の時、最終巻を読んで本を置いたときの記憶か。悲しかったな、この時は。
『本当にありがとう。夢をくれて、勇気をくれて、これを読んでるときは本当に楽しかったよ。憧れだったよ。本当にありがとう。魔装少女、そして作者さん』
まぁ、作者にも感謝はしてたな。うん。これは良いんだが……
夢をくれて、勇気をくれて、憧憬をくれて、本当に楽しかった時期をくれたのは本の中の彼女達だったんだ……。
だから、この世界に転生したのを自覚したとき、まず思ったのは世界の為の義務感とかじゃなくて、純粋な善意でもなくて。
ただ、恩返しがしたいってことなんだよな……。夢を与えてくれた彼女達がもし酷い目に遭うならそんなのは許せない。もしそうなら変えてあげたい。
だって、俺はたくさんの大事なものを彼女達から貰ったから。少しでも恩返しがしたい。どんな風になっても……。
でも……
でも、こんな感情を認めたくはなかった。普通に恥ずかしいから。
精神年齢が三十超えて、四十に片足突っ込んでるおっさんが、未成年の魔装少女に感謝を抱いて憧憬も持ってて、何か恩返しがしたいとかなんか危ないにおいがしてくる。
勝手に俺がそういう風に思っている場合もあるが、一般的に見た時普通にヤバいと思う。と言うかヤバい。
大した事のない思い、そして記憶。何処まで言っても俺は凡人でモブだということを俺は知っている。
俺 には凄い悲しい過去もないし、才能もない。精神が三十路ということだけであり凡人。
でも、そんな大した事のない人生と記憶に鮮やかなものを与えてくれたのは彼女達だから。
認めたくない。でも、それが本心。
――だから、俺は
目覚ましが鳴り俺は起きる。目が覚めたばかりなのに何処かスッキリとしていた。恥ずかしいという気持ちが胸に残っているがそんなことはどうでもいい。
もう決めた。火原火蓮を悲しい思いにはさせない。絶対にだ。
俺は準備を整え、学校に向かう。今日の放課後もう一回彼女と話そう。そして、何かを変えよう。上手くできるか分からない。上手くいくか分からない。だけど、やってやる。俺も自分を見て見ぬふりをしない。恩返しすると決めたのだからやりきる。
それくらいはやってやる。
◆◆◆
「おい、何か凄い顔してるぞ。お前……」
「当然だ。俺は覚醒したからな」
「厨二過ぎる……」
教室では佐々本が少し引いた眼で俺を見ていた。
「なぁ」
「どうした?」
「好き同士なんだがすれ違いによって夫婦関係がこじれたらどうすればいいと思う?」
「本当にどうした? まぁ、お互いに好き同士なら一度場を整えて話し合いをだな」
「俺もそう思う。だが今回はそれすら出来ないほどこじれている」
「そうなると、難しいかもな」
「ああ、だが愛しているんだ。こじれているだけでな。ならば……古典的なあの手でこじれを解く」
「??? 何言ってんの?」
俺は覚悟決めた。こんな手が通じるか分からない。でも、俺にできる事はやりたい。真っすぐ勝負。
多少強引でもご都合でもいい。それで何かが変わるなら……。
「良く分からないけど頑張れよ」
「ああ」
◆◆◆
昼休み。俺は食堂でニラたっぷりの餃子を注文した。それを二定食分平らげ、午後の授業に臨んだ。俺の貫禄に全員ビビッてるな。
周りも体育祭やらなんやらでガヤガヤしているが、どうでもいい訳ではないが今は別にいい。後で悩めばいい。大事なのは放課後……。
。午後の授業間の休み時間俺の席に銀堂コハクが足を向けた。
「あの、十六夜君何かありましたか?」
「お気になさらず。わざわざ心配して頂きありがとうございます」
「は、はい。どういたしまして」
最近、彼女とはちょくちょく話す。ラノベに興味があるようで色々話を聞きに来る。そのまますぐに彼女が自身の席に戻る。
彼女を助けた時は自覚していなかったが、今思えばやっぱり、特別な感情を持っていた。銀堂コハクは俺にとって凄い特別な人だ。変な意味じゃなくて。
野口夏子と笑いながら話している彼女を見て思う。彼女には恩を返せただろうか? 俺が勝手にやっていることだが、俺はもっと大きなものを貰ったから、それが少しでも返せていればいいと思った。
◆◆◆
放課後になる。良し! まずは火原火蓮に連絡だ。
『昨日はすいませんでした。放課後一緒に帰りましょう。』
すぐに彼女からの返信が返ってくる。
『私も言いすぎた。ごめんなさい。校門で待ち合わせね』
すぐに支度を整えて校門に向かう。俺の方が先に着き、少し待つとすぐに彼女は来てくれた。
「昨日はすみませんでした」
「私もごめん。言い過ぎた」
互いに軽く頭を下げる。すこし気まずいが、お互いに歩幅を合わせて歩き出す。
「あの、ちょっと寄りたいところあるんですけどいいですか?」
「うん、いいけど……」
しばらく歩いてとある公園に彼女を連れて行く。銀堂コハクのストーカーをぶっ飛ばした時の寂びれた公園だ。まだ明るいが人が居ない。
古い木のベンチに座る。僅かな沈黙のあと俺から話を切り出す。
「あの先輩、昨日は本当にすいませんでした」
「もう良いって私も悪かったわけだから……」
「でも、俺はやっぱり先輩の悩みを解決したい」
「だから、悩みなんてないって」
「お願いです。俺に話してください!!」
真っすぐ彼女を見据えた。建前無しの真っ向勝負。それが俺の選んだ選択。下手な作戦よりもド真ん中ストレートで行った方がいいと考えた。
「昨日も言ったけど本当に何もないから……しつこいよ」
彼女は少し不快感を出し始めるが、そんなことは関係ない。彼女の肩をガッと掴みもう一度聞く。
「しつこくても何でもいい!! 先輩が話すまで俺もこの手を離しません!!」
「ふぁ、だ、だから無いって!! そ、それとこの手離して警察呼ぶわよ!!」
彼女は少し驚いた反応をした後、少しずつヒートアップしてきた。警察を呼ぶと脅しをしてバックから携帯を出そうとする。
「こんなものこうだ!!!」
「ああ! 私のスマホ!!」
取り上げて草むらに投げ飛ばす。その後再び肩を掴む。
「こんなことしてタダで済むと思ってるの!!!」
「思ってないです。でも貴方の悩みを俺は解決したい、その為なら何でもします。例え警察に捕まってもいい!!」
「そ、そこまで?」
「はい。もしこれでも話さないと言うなら……この場でキスします!!」
「ええええ!? き、キス!?」
ラノベで様々なキスシーンを見てきた彼女も、現実で自身がするとなると初めての感覚らしく赤面する。
「はい、します」
「します、じゃないでしょ!? 馬鹿なの!? それやったら本当に捕まるわよ!!」
「はい!!」
「はい!! じゃない!! いいの!? こんなところで人生棒に振って!?」
「先輩が悩みを話してくれないなら、キスして棒に振ります」
彼女はここまで言われるとどうしていいか分からずに、目線をキョロキョロさせる。
「残念です。キスして棒に振ります」
「ちょっと待って!! 流石にキスは……私ファーストキスは大事にしたい派だから……」
「待ちません」
「待ってよ!!」
「待ちません。ちなみに俺の昼はニラがたっぷり入った餃子定食を二つ食べました」
「もっと待ってよ!! いやよ!!」
「このまま話さないと先輩のファーストキスは昼に餃子を食べたフツメンの後輩になりますよ?? それでもいいんですか?」
「流石にそれは……いや」
……ちょっと傷ついた。まぁ、こうなるように仕向けたの俺なんだけど、やっぱり真っすぐ拒否されるときついものがある。
「だったら話してください」
「お願い。少し時間を……」
「キスに移ります」
「分かった、話すから!! お願いヤメテ!!」
「では、どうぞ」
ここまで強引にされたら、どうしても話してしまうな。俺は大分傷ついたが、そこら辺は別に気にするポイントではない。
「あの、その、ね……」
言い出しづらい事なんだろう。ここはある程度俺が話を持っていくか。
「両親の仲が悪くて離婚するか心配なんですか?」
「!! どうしてそう思ったの!?」
「簡単な推理ですよ。前に電車乗った時子連れの親の話を物凄い気にしていましたから。それに両親をつれた子供を見る時先輩はいつも羨ましそうにしていたので。」
嘘だけど。筋は通っているよな?
「嘘……十六夜って探偵なの?」
「まさか、ただの高校生ですよ」
完璧にバレていると思った彼女は、諦めた様にポツリポツリと話し始めた。
「その通りよ。私の両親の仲が悪いの。本当は認めるのも、口に出すのも嫌だったんだけど、もう認めるしかないわね。十六夜にすら見抜かれてしまったのだから……」
「……」
悲しそうに目線を落とし、話を続ける。
「いつから家族の間に溝ができたか分からないの。気付いたら出来てて、最初は気のせいと思って気にも留めなかった。その後ドンドン違和感が増えたけどそんなはずないと見て見ぬふりをした。」
自身に対する嫌悪を抱き彼女は語り続ける。
「そこからはずっと逃げた。認めるのが怖くて、家族がバラバラになるとは思いたくなくて。でも、ずっと逃げ続けたらいつしか無視できない程、パパとママの溝が深くなって」
「だから、何とかしようと思ったんだけど何もできなくて。だからまた逃げて、逃げて、逃げ続けたの。そして今。もう取り返しがつかないところまで来てる。……もうわかるの。家族がバラバラになっちゃうって」
彼女は瞳に少し涙を浮かべた。静寂がこの場を支配した後、彼女は再び話し出す。
「ごめんね。昨日は。十六夜が言ったのは全部正しかったけど、それを認められない私が悪かった」
彼女は自嘲気味に笑った。諦めを含んだその表情を俺は見たくない。
「これからどうするんですか?」
「どうしようね……もう諦めようかな。その方が楽で良いかもしれないし」
「……もう一回頑張りませんか?」
「無理よ。だって何度も言おうとしたんだもん。その度に体がすくんで本当に言いたいことが言えないの。これ言って失敗したら一気に壊れるような気がして、それなら今のままでっていつもなる。だから無理」
「じゃあこのままでいいんですか? このまま家族がバラバラになっていつかあの時言っておけばよかったって後悔していいんですか?」
「いい訳ないよ。でも、私には無理なの……臆病で勇気がない私には」
「俺が背中を押します。何かあっても支えます。だからもう一回挑んでください!! 後悔する貴方を俺は見たくない!!」
彼女は今度は目線を逸らさなかった。涙で揺れる瞳から俺は絶対に逸らさない。
「建前はいらない。どうしたいか、どうありたいか、それを伝えましょう」
「それでも、ダメだったら?」
「伝わるまで言い続けます。大丈夫。先輩の両親は先輩の言葉にきっと動かされる。信じましょう。家族と自分を」
「信じる、家族の絆を……」
彼女は自身に問いかけ軽く目を瞑って考える。しばらくして目を開き俺をもう一度視線を合わせた。
「うん、信じるわ。私の家族を。家族に私の思いを伝えたい」
「良し!! そうと決まれば早速行動しましょう!」
「今日?」
「思い立ったが吉日。今日やりましょう」
彼女の手を取ってベンチから立つ。
「一つ聞かせて。どうして私の為にここまでするの?」
「俺がしたいからです」
「……本当に変、でも、ありがとう」
「いえ、お気になさらず」
――本当に礼を言うのは俺の方……。
「何か言った?」
「いえ、それより先輩のスマホ探しましょう」
「そうね。早く見つけて私の家に行きましょう」
俺達は先ほど俺が投げた草むらでスマホを探し始めた。すぐに見つかるかと思ったが、なかなか見つからない。
「あれ、おかしいな。こっちに投げたはず……」
「ねぇ、投げる必要はあったの?」
「だってあそこで警察は勘弁してほしくて……」
「没収でよかったじゃない。投げるとしてももっと近くとか」
「すいません。なんか勢い余って……」
お互いに腰を落として彼女のスマホを探す。やばい見つからない。ここまでカッコよく来たのに、ここでダサいのはないぜ。
「うぉ、虫!!」
早く探して彼女の両親を何とかしたいのに、俺はひたすらに探す。本当は虫とか苦手だが探す。
「……」
彼女が目線を向けていたのだが、それにも気付かないくらい熱中して探す。
「あ! 俺が電話すればいいんだ!」
「私もうっかりしてたわ。なんで思いつかなかったんだろう」
「そういうときもありますよ」
彼女のスマホに電話をかける。何処からか彼女のスマホの音が鳴りだした。
「ここら辺かしら? えーっと、あった!」
音が鳴る近くの草むらに彼女は近寄り探す。俺も電話をかけるのを止めた。これで終わりと思ったが、そこで一匹のバッタが彼女の顔に跳んだ。
「はあわあ!!!」
彼女はビックリして一回転して頭と足が逆転する。そのせいでスカートの下の赤いパンツが露わになる。慌てて彼女はスカートで隠し、俺に顔を赤くしながら目線を向ける。
「み、見た?」
彼女は恥ずかしさでどうしようもない。ちなみに俺も恥ずかしい。顔に自然と熱が帯びる。しかし、それを隠して、ここは紳士として見ていないと言うべきだろう。
「いえ、見ていま……」
ちょっと待て。ここで俺が嘘をついて良いのか? 彼女はこれから家族と本音で話そうとしている。建前一切なしだ。
それを勧めた俺が嘘をついて良いのか? いや、ダメだろう。こういうところから素直になるのが大事じゃないのか? そもそも見たのに見てないと言うのは逆にどうなんだ?
俺がすべきは見てしまった。すみませんでしたと言うべきなんじゃないのか?
「すいません。先輩の赤くてちょっとエッチなパンツを見てしまいました」
俺は深々を頭を下げる。しばらくして先輩の足が見えた。近くに来たのが分かり、顔を上げると
「ごめん。一発ビンタさせて」
パチーンといい音が寂びれた公園に鳴り響いた。
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