紅白の体育祭
第27話 聖剣で刺されるモブ
気付いたら白い空間にいた。
……えっ? 何処?
真っ白で、ずっと先も真っ白。静かで誰も居ない、と思っていた。
「十六夜君……」
後ろから聞き覚えのある声がして、振り返る。銀堂コハクということは分かっていたのに、振り返った瞬間俺は息を呑んだ。
銀色のドレスとティアラ。所々紫の部分もあるが、それでも彼女の綺麗な肌とドレスで真っ白という印象を受ける。
――魔装……!!
魔装を纏った銀堂コハク。手には、光の
輝かしい、そしてカッコいい彼女が扱う剣。一回でいいから見せて触らせて欲しい一品である。ちょっと興奮していると、彼女は冷たい声で俺に問う。
「どうしてですか?」
「え?」
何がだ? 胸を揉んでしまったことか? それとも口に辛い水を出したことか? ストーカー……じゃなくて護衛したこと?
……もしかして、話をするとき目線を下げたことじゃないか? ありすぎて分からない。
下手に言うと逆に怒らせるかもしれない。黙っておこう。
「どうして、貴方は私をほったらかしにするんですか? 勝手に付きまとって、その後はポイって捨てて……」
彼女は剣を俺に向けた。おいおい、それはヤバいだろ!!
「ちょっと、落ち着いて!! 刃物は人に向けちゃ……」
「もういい。ここで永遠に私のモノにするから!!!」
話が通じない彼女は俺に近付き……剣を突く。
死ぬ。いや、でも俺は国語辞典が……。そう思っていたが。グサリ、と俺の腹部を聖剣が貫いた。
あ、流石に聖剣には国語辞典じゃ勝てねぇわ。
彼女が俺から聖剣を抜くと、俺は血に染まる腹部を見ながら倒れる。彼女は倒れた俺の頬に手を当てて、目線を合わせる。
「貴方が悪いんですよ。ほったらかしにするから。でも、これでずっと一緒です。すぐに私も後を追いますから……ね」
目にハイライトが無いとは正にこの事だ、ということを俺は知った。ハイライトが消えた彼女は微笑んでいる。
え? えええええ? これで死亡? 嘘でしょう!!!
こんな幕切れってありかよぉぉぉぉ!!!
「うおうおおおお!!!」
……夢か。目が覚めるといつもの自室。
腹部は大丈夫だろうか!? すぐに触るが、特に大丈夫だ。血は出ていないし、穴も開いていない。一安心だが完璧に目が覚めてしまった。物凄いリアルな夢だった。
辺りはもう明るく、カーテンから日が差し込んでいる。もう起きるか。
俺はベッドから起きて、リビングに向かう。向かいながら、先ほどの夢を思い出す。
しかし、何という夢だろう。火原火蓮を救った次の日に見る夢とは、とても思えないのだが……。
あれは、ヤンデレか……? 間違ってもあんな未来にならない事を祈るばかりなのだが、それにしてもめっちゃ怖かったよ。
だって、剣で腹をぶっ刺されるんだよ!!! 血がドバドバ出て、刺したほうが笑ってるし!!
まぁ、何だかんだ可愛いかったのは事実だが。でも、怖い。恐怖と幸福が入り混じる複雑な気持ちのまま、俺は身支度を整え学校に向かう。
◆◆◆
登校していると、自身以外の生徒達から話し声が聞こえてくる。
「体育祭出来るかな?」
「開催してほしいよね……」
「体育祭……」
「もし、開催しなかったら学校さぼってメイド喫茶にでも行くか?」
「そうだな……」
皆暗い。火原家の事ですっかり忘れてたが、体育祭があった。結局どうなるんだろうな? 一単色高校の校長先生に一応頼んでは見たが、現実がそんなに思い通りに行くかは分からない。
もし開催しなかったら、その日の教室は重力が三倍くらい重くなるだろうな。俺だって折角の体育祭なのだから、是非参加したいところ。
楽しくなることは間違いはなさそうだし、実行委員としても結構頑張ったのだから、それが無下になるのもちょっと嫌だ。
「ちょっと」
思考していると、後から声が聞こえる。声で火原火蓮ということは分かっているのだが、まさか彼女も魔装纏っていないよな???
恐る恐る振り返る。
制服だ!! 良かった!!
「おはようございます。火原先輩」
「……おはよう」
彼女の顔はどこか不機嫌だった。昨日はすみませんと言うべきか? 俺は悪くないわけだし、詳しく話せば分かってくれるだろう。
「昨日はすみません。ちょっと間が悪くて、先輩のお話が聞けなかったんですよ」
「そう。で?……何があったの?」
「電話してるときファミレスに居たんですけど、店員さんがサラダを溢してしまいまして」
「それで?」
「それが俺にかかったり散らばったりでごたごたしてたら、話聞きそびれてしましました。すみません」
「……とんでもない店員ね。クレームの電話を入れようかしら?」
怒ってるな。物凄く怒ってる。でもな、あの店員さんも一生懸命に働いてたわけだし、大目に見てあげてほしい。
「店員さんも悪気があったわけではないんですから、そこまでしなくても……」
「……そうね。流石に止めとくわ」
結構悩んでたな。あの店員さんが無事仕事ができて良かった。
「聞こえてなかったのね? 昨日の私の話は?」
「すいません。聞こえてませんでした」
「……分かった。もう一回言ってあげる」
「お願いします」
彼女は目を逸らして恥ずかしがるようにモジモジし始める。
「昨日私が言ったのは、仕方、ないから、私が十六夜の……」
……おいおいおい。何だこれは? どういう事だ? なにやら甘酸っぱい波動を感じる……。
昨日の事でフラグ的な、何かが立ったのか? 恋愛のれの文字を知らない俺だが、もしかしたら。いや、でもな……。
「は、はい」
お、落ち着け。過度な考えはするな。もしかしたら、朝麦茶を飲み過ぎてトイレに行きいのかもしれない。
「あれよ」
「ど、どれですか?」
「ここまで言えば分かるでしょ!!!」
びくっと俺の体が跳ねる。何となく、いや完璧に察しがつかなくもないのだが……ここまで言われてもどうしようもない。だって、倫理的にヤバい気もするし、もし、予想が間違ってたらクソキモイ奴確定だし。
あああ!! 俺が鈍感系主人公のような何かを持っていればな。
「で、ど、どうなの? 私がい、言いたいこと分からないとは言わせないわ、わよ」
これが分からない俺でいたかった。認めよう。最近認めてばかりだが、彼女にフラグが立ってしまったと。
どう答えるべきか。勿論、付き合いたいという感情も三割、いや、四割、五割ほど……六割かな?
あるにはあるが、ここで下手に付き合うのは良くない気がする。
「……」
「もし、かして、嫌なの?」
「そ、そういうわけじゃ……」
彼女が悲しそうに俺を見る。そんな顔しないでくれ!! ううううう。どうしよう!!
「十六夜君?」
また後ろから声が。この声いつも教室でも、夢の中で聞いたんだが……。
「お、おはよう。銀堂さん」
「おはようございます。あの、よろしければ、一緒に学校行きませんか?」
こっちでも、もじもじしてる!! 銀堂コハクもフラグ説あったんだったぁぁ!!
「誰? そいつ?」
「お、同じクラスの銀堂さんです」
「こいつが前に十六夜が守った銀堂コハクなんだ」
あっ、そこも知ってたんですね。学校中で意外と噂が立ってたから当然か。
「どうも初めまして……」
「どうも……」
何気に初めてだな、この二人が顔を合わせて話すのは。『ストーリー』では夏休みまで繋がりは殆ど無いんだが、ここで遭遇するか。お互いに顔と名前知ってるくらいの関係なんだよね。
二人は目を合わせると、お互いに最初は遠慮していた感じだったのだが、合わせているうちに何かに気付いたように。
徐々に目がお互いに細くなっていく。そして、遂に睨み合いに……。
「「…………」」
この二人、本来ならかなり仲良くなるはずなんだが……。一緒にショッピングに行ったり、火原火蓮がラノベを紹介したり、漫画を紹介したり、女友達のイメージが強いと記憶していたのだが。
「「…………」」
いつまで睨み合ってるんだ。これ、俺のせい……なのか?
暫くするとようやく目線を互いに逸らし、重い空気が少し霧散する。
「十六夜君、さっきも言ったのですが、ひ、久しぶりに一緒に行きませんか? 折角ここで出会ったわけですし……」
「あ、えっと」
「悪いけど、今取り込んでるからあっちに行って貰える?」
「私は十六夜君に聞いているのであって、貴方に聞いているわけじゃないのでお断りします」
「……十六夜こいつをあっちに行くように言って」
「ええっとそうですね……。三人で行きません?」
ヘタレだな俺は……。どっち付かずで両方をキープをしているようなものじゃないか。最低だな。
でも、ここで二人の仲を拗らせるのも良くない。『魔装少女』になった時に不仲だと大分ヤバいからだ。
「無理」
「私も無理です」
初対面なのに、ここまで悪くなるか。ヤバい、ヤバい、何とかして戻さないと!!
「でもさ、これも何かの縁かもしれないよ。人の縁は大事にしないと」
「とんだ腐った縁ね」
「あら、お口が悪いんですね。こわーい」
「は? 何? 文句ある?」
「いえいえ、ただ女性としてもっと気品を持ったほうがよろしいかと」
銀堂コハクってこんな人を煽るキャラだっけ? 会って数分で、ここまで悪くなるものなのか?
この時、俺は徐々に物語の人物の関係が変わっていることに気づいた。そして、焦りが生まれ始めた。
バッドエンドを回避しても、それで終わりなのか?
銀堂コハクに煽られ、青筋が浮かぶ火原火蓮。
「ふーん。アンタも気品を持った方がいいんじゃない? 十六夜にもう相手にされてないのに元カノ面で迫るなんて、フッ、見っともないわね」
今度は銀堂コハクも青筋が浮かぶ。
「このアマ……」
ええ? 今このアマって言った? 嘘だろ。穏やかで優しくて男の夢のようなお嬢様キャラだったよね?
「あら、お口が悪いんですね。こわーい」
畳みかけるように火原火蓮が煽る。銀堂コハク拳握り始めたよ!!
「落ち着いてください!!! 周りから凄い見られてますよ!!」
周りの事を言うと流石にお互い一歩引いた。学生に見られた……。学校中に広まるのも時間の問題。何処まで落ちるか見物だな!! (錯乱状態)
「とりあえず三人で行きましょう……」
「仕方ないわね」
「非常に不本意ですね」
俺の真ん中にしてずっと睨み合いながらも、何とか学校に着いた。
もう広まってるかな。この修羅場……。
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