第14話 食事が喉を通らない美少女

 私の名前は野口夏子。普通の女子高生である。実は今私は重大な危機に直面している。折角の食事なのに気まずいのだ。


「……」

「あの、銀堂さん」

「なんですか?」

「食べないの? 一口も定食に手つけてないけど」

「お構いなく」


 場所は食堂。私達は向かい合って食べていると言えるかどうかは分からないが、食べている。銀堂さんはずっととある一点を凝視している。


「マリちゃんもいいわよね!!」

「そうですね」


 黒田君と二年の火原火蓮先輩が仲良く食事を共にしているのをこれでもかと見ている。今の彼女の心境は嫉妬からくる怒り。


「……どうしてこうなったんでしょう?」


と思ったら今度は下を向いて落ち込み始めた。自分の好きな人が他の女の子と仲良くしてたらいい感情は湧かないだろう。彼女の場合それがもろに出てしまう。

 あんなに食事を誘う練習をしたのに、黒田君は既に食堂に向かっており、火原先輩と食事をしていた。


「と言うかあれは誰ですか!!」


 落ち込んだり怒ったり、かなり忙しい。折角の食事も食べない。まさにのども通らない現状。



「あれは二年の火原火蓮先輩だよ」

「そう言えばいましたね。そんな人」


 そんな人って……言い方悪くない? それにしても黒田君今度は火原先輩に手を出すつもりなのかな?

 良く分からないな。彼の行動は。気になるが今は目の前の彼女を何とかしなくてはならない。


「まぁまぁ落ち着いて」

「落ち着いてますよ」


 嘘つけ。返答しながら私を見ずにあちらの二人ばかり見ている彼女を見てそう思う。だが、それを見せられると彼女の恋愛をサポートしてあげたいという気持ちも出てくる。


「銀堂さんは今まで彼氏いたことある?」

「いえ、一度もないです」


 少し暗い顔をしたかも。あんまり過去とかは聞かない方がいいのかな?


「そっか。なら恋愛についてあんまり知らないよね?」

「そうですね」

「どうすれば黒田君の気を引けるか、教えてあげよっか?」

「!!!!」


 ――乙女! ここに乙女がいる!


 顔が急に希望に溢れてるよ。このご時世にここまでピュアな子がいるなんて……。


「聞きたい?」

「は、い、いえ」


 彼女はプイっとそっぽを向く。ああー。意地を張ったな。こんなの聞いたら自分が黒田君を好きだと言ってるようなものだから、彼女からしたらそこは認めたくないんだろうな。仕方ない。ここは私が一肌脱ぐか。


「そっか。聞きたくないなら話さないよ」

「……」

「でも、今から私が言うのは独り言だから聞きたければ勝手に聞けばいいんじゃない?」

「!?」


 何なのこの子。ピュアすぎる。


「男の子は単純だから女性にちょっと思わせぶりな態度を取られると気になっちゃうらしいよ」

「??」


 ピンとこないのか首を傾げた。可愛いよ。私女なのにドキドキするよ。


「例えば連絡先交換してとか、今好きな人いるの? とか聞くだけでドキドキするんだよ」

「……」


 あ、凄い考え込んでる。眉間にしわ凄いよせて腕まで組んで悩んでる。なんて健気で可愛いんだよ。黒田君もうコハクルート突入して。それでハッピーエンドだよ。そう思ってしまうほど彼女を応援したくなった。


「あと、普通に気持ちを言っちゃうのもオススメかな? さっきも言ったけど、男は単純だから直球で言われると……」

「……」


 私が言葉をすぐに言わず溜めると、彼女も興味深そうに視線を私に固定した。


「即落とせる事がある」

「!!」


 顔が満面の笑みで満たされる。良いことを聞いたと内心心躍っているようだ。

 でも、こんなの大体みんな知ってるんだけど、彼女は知らないから言ってあげないとね!



「後は、そうだね……品のある女性が好まれる場合が多いから清潔感とか気を付けたほうがいいね。でも、銀堂さんはそこらへん完璧だから心配はいらないかな」


「……!」


 嗚呼、儚く美しい。男子にモテるのも納得の笑顔だ。こんな子を放っておくわけがない。男子がこぞって告白するのも無理はない。


「銀堂さんは容姿は完璧と言ってもいいよ。だからと言って油断はダメだよ。例えばだけど間違っても鼻水を垂れ流すなんてことはしちゃダメ。いくら銀堂さんでも鼻水垂れ流してたらちょっと引かれるよ」


 ドーンと彼女は机に頭をぶつけた。ええ?? どうした??

 頭を机に着けたまま起き上がってこない。なに? もしかして垂れ流したちゃったの? フォローしないと……。


「鼻水垂れ流しても銀堂さんはセーフだよ」

「……」


ちょっと、起き上がった。


「鼻水の事くらい秒で好感度は取り返せるよ!」

「……」


 更に起き上がる。顔はちょっと複雑そうだ。


「これから好感度なんていくらでもあげられるから元気出して!! 銀堂さんは可愛いから黒田君なんてちょちょいでメロメロに出来るよ!!」

「!!!」


 すごい。本当に純心。ここまでだと、ちょっと遊びたくなっちゃうな……。


「まぁ、鼻水で好感度が下がったという事実はどうしようもないけど……」


 ――再び頭が急降下した。


 頭が机に打ち付けられる。


 あはははは!!! おおっと失礼だよね。彼女の純粋な気持ちを弄ぶなんて言語道断。


「銀堂さん本当に大丈夫だよ。銀堂さんなら黒田君をメロメロにできるって私確信してるから」

「……」

「ほら、取りあえずご飯食べて。その後もっといろいろ教えてあげるから」

「頂きます」


 彼女は顔を上げ黙々と食べ始めた。とある二人組を見ながら……。

 そんな彼女を見て本当に恋の応援をしてあげようと私は決めた。



◆◆◆

 


 昼休みに火原火蓮と交流を持つことができ、さらに一定の好感度を手に入れることができた。これは今後のバッドエンド回避において順調な滑り出しだろう。


 火原火蓮のバッドエンドはまだ先だが、早めに動くことに悪いことは無いだろう。最初の難関は突破したとして今日は帰ろう。逆にいきなり関わり過ぎても良くない気がするしな。


 帰りのホームルームが終わったら、喫茶店でも寄ってパフェでも食べようかな。意外と好きなんだよなスイーツ。六道先生が帰りの連絡事項を伝えてくれているのを聞きながらそんな事を考える。


「連絡は以上だ。気を付けて帰るように」


 六道先生が立ち去り生徒達の緊張感が解ける。そしてみんな次の予定に動き出す。俺も行くか。


「ダブルデストラクションさんは、コハクちゃんを送って行かないのか?」

「その馬鹿にした視線を今すぐ止めろ」


 前の席の佐々本が馬鹿にしたように俺を見てくる。こういう風に二丁拳銃を持っていることを馬鹿にしてくる奴がいることは、もうどうしようもない。聞こえないようにしているが、かなり恥ずかしいのだ。そのあだ名は本当に止めて欲しい。

 はぁーとため息を吐く。早く帰ろうと席を離れようとすると、教室のドアが勢いよく開く。


――十六夜!! 一緒に帰りましょう!!


 先輩の火原火蓮が現れた!!


 一緒に帰ろうと言われたら、行かないわけにはいかないな。大方ラノベとか漫画とか語りたいんだろうが、どんだけ語りたいんだ。今回はパフェは諦めるか。彼女から来てくれるのなら問題は一切ない。


「あ、はい」


 なんか、周りの反応がヤバいな。佐々本俺に中指立ててるし。と言うか男子生徒殆ど立ててないか?


「嘘だろ」

「あの火原先輩と一緒に帰るだなんて」

「島流しにするか?」

「あ、銀堂さん気絶しちゃった」


 一年Aクラスの反応なんてお構いなしに火原火蓮は俺に寄ってくる。


「本屋行きましょう! 私のおすすめ紹介したいし!!」

「はい、行きましょうか……」


 彼女は俺の手を取り子供みたいに走り出した。明日クラスでなんて呼ばれるんだろう。様々な視線に曝されながら俺達は教室を後にする。


◆◆◆





「これが私の一押しで、こっちが最近はやりの奴」


 本屋に入ると早速ラノベコーナーで演説が始まった。ここに来るまでもずっと話しっぱなしだったが放っておいたら永遠に話してそうな雰囲気を感じる。


 やっぱり彼女の知識は俺とは比べ物にならないな。歩く二次元図鑑とも言えるだろう。


「私ばっかり紹介するのは不公平だからアンタも何かオススメ紹介してよ」

「分かりました。そうですね……」


 俺が知ってて彼女が知らないラノベなんてあるか? 取りあえず俺が知ってて面白いやつ紹介するか。


「これなんてどうですか?『異世界に機関銃持ってくのはありですか?』これ結構面白いですよ」

「『銃太郎』の奴よね? 確かに面白かったけど他にない?」


「ええと、『最強賢者の無双過ぎる生活譚』はどうですか?」

「『ドヤ顔次郎』も見たわ。他にない?」


「……じゃあ、『一万年後の魔王』はどうですか?」

「『いキリ三郎』も見ちゃったわね」


 やっぱり俺が知ってて彼女が知らないのは存在しないのではないだろうか?

 しかも彼女作品をネットでつけられてる主人公のあだ名で呼んでるし、知識が深すぎる。


 全部面白くてお薦めなのだが、彼女には既知なのだろう。


「先輩が知らない作品なんて無いんじゃないですか?」

「流石にそれはないわよ。神じゃないんだから」


 彼女はラノベ本棚を見ながら笑った。冗談に聞こえないのは俺だけだろうか……。


「あっ! これもおススメよ!」


 何かを見つけ手に取り俺の目の前に突き付ける。結局彼女が紹介している点についてはスルーしておこう。


「『影の英雄』ですか?」


 知らないな。初めて見た作品だ。表紙の絵に描かれているヒロインと思われる子が結構かわいい。


「これはね、本当は英雄になりたかった主人公の物語なの。でも、主人公は凡人で夢を諦めるんだけど何処か諦めきれてない感じがあるのよね。これを読んで自身の心は自分でも案外分からないってことを学んだわ」

「……自身の心は自分でも案外分からないですか」


 何か疑問が浮かび引っかかる感じがした。俺は何で目の前のこの子を救おうと頑張っているのだろう?


 知ってるから? 最悪の未来を?


 そういう義務的な理由が行動のほとんどを占めると思っていた。例えるなら義務が九割、善意が一割。でも、もしかして逆の可能性もあるのか?


 善意が九割で、義務一割。そして、善意九割の中には……。

 純粋な善意と、利己的な善意が混じっていたのでは?


「気に入らなかった?」


 彼女の心配そうな顔と声でハッとする。思考の中から強制的に脱出し、急いで平静を保つ。こんなこと今考えてもしょうがない。


「い、いえ。興味持ったので全巻一気に買おうと思います・・・」

「そう! 面白いから買って損はないと思うわ!!」


 『影の英雄』は既刊五冊なので一気に購入しても問題は無いだろう。それに純粋に興味も持ったのも確かだ。


 レジで購入し店の外に出る。辺りは夕日で赤く照らされており、長いこと本屋にいたことが分かる。


「送って行きますよ」

「いいわよ。帰るくらい一人で出来るから」

「そうですか。では、また明日」

「そうね、あっ! 連絡先交換しましょ!」

「は、はい。是非お願いします」


 お互いにスマホを出して連絡先を交換する。女の子の連絡先は母くらいしか持ってなかったから結構嬉しい。こんな美人なら尚更だ。


「何かあったら連絡するからね!」

「は、はい」


 軽くウインクされ心臓がどきどきし始める。クソ可愛い。慣れるまで相当掛かるな、これは。可愛いじゃん。もう、とんでもなく可愛いじゃん。


「それじゃあね。十六夜!」

「は、はい」


 軽く手を振って彼女は帰って行った。クソ、最後に挙動不審になっちまった。何とかずっと平常心でやってきてたのに最後にやらかした。これが前世の弊害か……。



 でも、特に違和感を持たれなかったから結果オーライと言えるだろう。俺も今日は帰ろう。


 片手にラノベが入ったビニール袋を持ちながら帰宅の道を歩み始めた。すると足に何かが当たる。大きな段ボール。


 さっきまでこんなのあったか? 違和感があるが、気にすることでもないか。俺は再び帰り道を歩き始める。


「「……」」


 この時段ボールが少し動いたことに俺は気付かなかった。




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