第15話 段ボールの皮を被った美少女
私の名前は野口夏子。普通の女子高生である。今気絶した銀堂さんを起こしています。
「銀堂さん! 大丈夫!」
「……」
た、魂が抜けてる! 口をポカーンと開けて目も焦点が合ってない。黒田君と火原先輩が一緒に帰る所を見てからこんな感じだ。
「銀堂さん!!」
「っは!!」
そこそこの大声を出すと彼女はようやく意識を取り戻す。意識を戻すと彼女は直ぐに荷物を纏め始めた。
「銀堂さん何処に行くの?」
「……野暮用が出来ました」
「2人を追うの?」
「……ええ、まぁ」
意外だ。彼への好意は認めないが、ここはあっさり認めるらしい。いや、今は気にする余裕もないのか。彼女は急ぎながら席を立つとそのまま教室を出て行った。
さて……私も追うか。私も荷物を纏めて彼女の後を追った。
◆◆◆
彼女は黒田君と火原先輩から十メートルくらい離れたところの物陰に隠れて二人を追っている。頭をひょっこり出し、じーっと一点集中に視線を向ける。そんな彼女を二重尾行のように追っているわけだ。
黒田君たちは楽し気に話しているのも見える。それを見て彼女が歯がゆい思いをしているのはこちらにもヒシヒシと伝わってくる。
火原先輩ってあんな感じではなかったんだけどな。もっと静かなイメージだったんだけど、あんなに話すなんて黒田君とよっぽど話が合うんだろうな。何話してるのか良く分からないけど。
このままでは、急に出てきた火原先輩に良いとこ取りをされる。銀堂さんもずっとやられっぱなしではない。
「あの、この段ボール頂けませんか?」
「はぁー。良いですけど……」
彼女は斜め上の行動をとる。もっと近づいて二人の会話を盗み聞きでもしたいのだろう。八百屋さんの大きい段ボールを貰うとそれに入って一気に近づいた。
十メートルほどの距離は一気に半分の五メートル程に。段ボールに入った彼女とすれ違う人全員が振り返る。素の姿でも振り返られ、隠れても振り返られるとは色んな意味で凄い。
段ボールに入って尾行されたら普通は気付きそうなものだが、あの二人は会話に夢中で気付かない。銀堂さんも会話が聞こえるくらいに近付き、ずっと二人の傍をウロチョロしてたのだが、ここで予想もしない事態が起きる。
「なんだこれ!!」
「スゲーー!」
「段ボールが動いてる!!」
小さい子供たちに目をつけられたのだ。小学生かな? 学校も終わりの時間だし、みんなで遊んでいる最中なのだろう。
「オラオラ!!!」
「スーパーキック!!」
「イタ、痛い!! や、ヤメテ~~~!!!!」
い、いじめられてるーーー!! キックとかパンチとかされてるよ!!
ここは私が行かないと!!
「こらこら、君たちそんなことをしちゃダメだぞ!!」
「ええーー。こっからが面白いのに」
「そうだ、そうだ」
かなりの喧嘩腰で私に言ってくる。最近の小学生は生意気なんだなぁ。
「うう~~。痛いです……」
段ボールに入ったままで姿が見えなくても、涙目で痛がっている彼女の姿が容易に想像できた。ふふふ。私が何とかしてあげよう!!
「ほら、飴玉あげるから。見逃してあげて」
普段から携帯している飴玉を子供たちに差し出す。
「っち、仕方ねぇ」
「見逃してやるよ」
「感謝しろよ。段ボール魔人」
飴玉を上げると子供たちは去って行った。
「大丈夫? 銀堂さん?」
「夏子さん!? どうして此処に? と言うかなんで私だと分かったんですか?」
「色々偶然が重なってね……」
「そうなんですか。助けていただきありがとうございます」
「気にしないで。それより二人行っちゃったけど良いの?」
子供のラッシュにあい、私と話してるうちに黒田君たちは先に行ってしまった。まだ見える範囲にいるが先ほどよりだいぶ遠い。
「あ!! じゃあ、失礼しますね!」
彼女は再び動き出した。しばらくすると黒田君たちが本屋に入ったので、銀堂さんはいったん段ボールを脱いで本屋に入って行った。
「これとか、良いわね」
「そう言えば面白いって聞いたことあります」
「……」
なるほど、何となく察しは着いてたけど二人は二次元好きか。しかも、結構踏み込んでそう。これは銀堂さんは踏み込めないだろうな……。
銀堂さん小説呼んでる所は見たことあるけど真面目そうな本でラノベではなかったからね。
話したくても話せないんだろうな。なんか寂しそう……。
今までずっと隣にいた人が急にいなくなったら悲しくなるよね。色々衝突はあったかもしれないけど銀堂さんにとっては一番の大事な人だから、隣に居たいんだろうな。寂しさが彼女から溢れる。少しでも寄り添いたい私は声を掛けることにした。
「銀堂さん」
「夏子さん! 私をつけてたんですか!?」
「まぁね……」
「何か御用ですか?」
「えーとね。銀堂さんのお手伝いしようと思って」
「何のですか?」
私と会話しているのに視線はあちらの二人に向かう。そして、何処か羨みと悲しみを帯びる。普段の彼女からは想像できない程、今の彼女は心が動いていた。以前は誰にでも平均的な対応で氷のような人だった。
でも、今の彼女は不器用だけど健気で一生懸命。
でも、これが彼女の本質
「恋のだよ」
「ふぇえ!?」
彼女の白い肌がきれいな赤に染まる。綺麗な肌の分、変化が分かりやすい。
「私が手伝うよ。銀堂さんの恋が実るまで」
「いや、別に私は……」
私は彼女の手を取る。彼女は過敏に反応する。
「!……」
彼女は少しびっくりしたような表情をして、同時に少し恐怖を持っていた。ここで一気に彼女に踏み込んでいいか分からない。でも、純粋で真っ直ぐの彼女と本当の意味で友達になりたいと思った。
「約束する。銀堂さんの恋は叶うまでずっと協力する。だから、信じて」
「……」
銀堂さんの手は少し震えていた。目を彼女は一瞬逸らす。しかし、その後私に向けた。完璧な信頼はない。彼女の目は何処か疑惑も混じっているけど、少しだけ期待があった。
「あの、私は、いきなり夏子さんの全部を信じることはできないんですけど、でも、そんな私でも協力してくれますか?」
笑顔は何処かたどたどしい。信頼は百パーセントじゃない、三十パーセントもないかもしれない、もしかしたら十パーセントも無いかもしれない。
「うん、もちろん」
――だけど、今から私たちは友達と言える関係になったのかもしれない。
「よし、それじゃあ早速観察しよう」
「観察ですか?」
未だラノベの前で盛り上がる二人を見ながら私は最初にすべきことを告げた。
「うん。黒田君を観察してどういう事が彼の心に響くかチェックするんだよ」
「なるほど」
「そこから彼に効果的な恋愛手段を考察する」
「ほぇ~~。なるほどです」
彼女は凄い感心したような声を上げる。彼女は恋愛を知らないからここは私が引っ張ていこう。
「見てわかるように黒田君はラノベが好きな感じがするから銀堂さんもラノベ読んでみればいいんじゃないかな? まずは黒田君との話題を作るのがいいと思うよ」
「ラノベですか……」
「多分だけど銀堂さんは全く知識ないよね?」
「少しは知ってます。ラノベとはライトノベルの略称で、普通の小説より簡単に手に取りやすく若い年代の方々が好んで読むジャンルですよね?」
「まぁ、そうなんだけどね」
ラノベをこんな丁寧に説明する人初めて会ったかも。ラノベ読んだことないんだろうな、真面目でアニメとかゲームとかやらなそうだし。
「銀堂さんは読んだある?」
「いえ、一度も・・・」
やっぱりそうだよね。いつも読んでるの凄い真面目で小難しそうなやつだからね。
何だっけ? いつも銀堂さんが呼んでる本のタイトル。あ! 思い出した。
『一から始める憲法改革』だった。うん、ラノベとは無縁。
「取りあえず『魔術学院の出来損ない』をお勧めするよ」
「いつも十六夜君が読んでるやつですか?」
「その通り。流石いつも見てるだけあるね」
「あ、いや、その……はい……」
もう協力関係だから隠す必要はないと言うのは分かるが、彼女が秘密にしてることを話してくれたのは嬉しくて私は少し頬が緩んだ。そして、恥ずかしそうにしてる彼女に説明を続ける。
「『魔術学院の出来損ない』は凄い人気なんだよ。私は見たことないけど面白いって話はよく聞くんだ」
「そうなんですか」
「全体のプランとしては『魔術学院の出来損ない』を買って読む。その後黒田君に共通の話題を持って話しかける。以上」
「分かりました。『魔術学院の出来損ない』買ってみます」
彼女が購入の決意を固めていると銀堂さんの目の色が変わる。理由は黒田君だ。
何か一冊の本を持って考え事をしている。結構深いところまで考え込んでるね。
「十六夜君。何か考えてますね」
「うーん。葛藤かな? 何かあの本に思う事でもあるのかな?」
暫くすると火原先輩に声を掛けられ意識を戻す。そのまま二人はレジに向かう
「先回りしましょう」
「うん、いいんだけど。もしかして……」
私達は段ボールに入った。まぁ、予想はしてたけどね。これ実際にやると結構恥ずかしいな。
そんな事を考えていると二人が出てきた。会話を聞くためにこっそり近づく。
二人は本屋から出てきた後も会話は止まらない。
そして、
『そうね、あっ! 連絡先交換しましょ!』
『は、はい。是非お願いします』
「れ、連絡先?」
「落ち着いて。後で銀堂さんも貰えばいいんだから」
自分が持っていない事に対する嫉妬からか彼女は乱れ始めた。私が何とか言っても落ち着きは中々取り戻せない。
『何かあったら連絡するからね!』
『は、、はい』
あら、黒田君照れちゃってる。確かに火原先輩は可愛い。でも、これは。
見つけちゃったかもしれない。黒田君を簡単に落とす方法。
その後黒田君は近付きすぎた私達の段ボールにぶつかり一瞬怪しむが、すぐに帰って行った。彼が離れたと同時は段ボールから出る。
「連絡先……?」
「大丈夫だって。明日聞けばいいから」
「私は一か月ほど、一緒に居たのにあの人は一日で……」
「ほら元気出して。私、黒田君を落とす方法一つ分かったかもしれないから」
「ほ、本当ですか♪」
切り替えが早い! それが彼女の良いところ!!
「取りあえず『魔術学院の出来損ない』を買いに行こう。買いながら話すから」
「はい!!」
私達は再び店内に戻り黒田君たちが居たラノベコーナーに向かった。ラノベコーナーはありとあらゆる作品が出版社ごとに並べられていた。
『魔術学院の出来損ない』は、どれかなぁー? あ、あった。
「ほら、これ!」
「ありがとうございます。ちょっとあらすじ読んでみますね」
彼女に渡すとすぐにあらすじを読み始めた。少しでも早く共通の何かが欲しいと言う彼女の願いが透けて見えた。
彼女は読みながら眉を顰めた。
「どうかした?」
「この本って、魔術がある世界のお話が載ってるんですね……」
「タイトルに魔術って書いてあるくらいだからね」
「よく考えたらこのお話は異世界のお話ということですよね?」
「よく考えなくてもそうだね」
真面目な彼女にはこういう異世界系のお話は合わないのだろうか? だとするなら現代をモチーフにしたラノベでも……まぁ、私もほとんど知らないけど
彼女は異世界が合わないと思っていたが、次の言葉で、やはり彼女は斜め上の考えを持つことが分かった。
「異世界で魔術がある。ということは現代とは全く違う文化によって発展した世界のお話ということになります。しかも、そこに科学では解明されていない未知の法則によって現象が起こる魔術……私の理解力でこのお話を話題にすることは不可能に近いかもしれません……」
そこまで深く考えるな!!!!!
ラノベは気軽に読めるんだよ。さっき自分で気軽に読めるって言ってたじゃん。
確かに原理とかは良く分からないけど何となくでいいんだよ。
「そこまで深く考える必要はないと思うよ。もっと気を楽にして読んでみたら?」
「そうですね。あまり考え過ぎずに読んでみます」
彼女は難しい顔をしながらも『魔術学院の出来損ない』の一巻を購入した。その後店を出て帰り道を歩く。段ボールを持ちながら。
「それで、さっき言った黒田君を落とす方法だけど」
「はい!」
「黒田君女性への免疫がまるでないね」
「??」
彼女は私の次の言葉を待つように首を傾げる。
「ちょっと、銀堂さんがあざとい行動をすればあっという間に操り人形みたいに黒田君を支配できるよ」
「あざとい行動ですか?」
「男性を強制的にドキドキさせることだよ」
「それをすればいいんですか?」
「うーんとね、例えば近くで見つめ合うとか。付き合ってる人がいるの? って過剰に照れながら聞くとか。思わせぶりな態度でここを騒めかせかせればいいんだよ」
彼は全く免疫がない。うまく隠していたのだろうが、今日の行動で完璧に見破った。火原先輩は確かに可愛いから、そのせいで照れたという事もあるかもしれないが、それだけではない。私の勘だが。
まぁ、銀堂さんなら免疫あるなし関係ないけどね。彼女が本気出したら落ちない男なんていないだろう。やり方を彼女は知らないだけ。
「分かりました。ちょっと恥ずかしいですがやってみようと思います……」
「うん。何かあったら言ってうまく立ち回るから」
「ありがとうございます!」
「一つ聞いて良い?」
「なんですか?」
「黒田君を操り人形みたいにベタぼれにさせたらどうするの?」
もしそうなったら彼女はどうするのだろうか。
普通に付き合うのか。それともべたべたラブラブカップルになるのか。そうなったら末永くお幸せにといった感じだ。
「そうですね……フヒヒ」
え? 何する気??
「十六夜君を操り人形みたいに出来たら、今まで構って貰えなかった分
暫くは思わせぶりな態度でからかいつくしてあげたいかもしれませんね」
ん?……ちょっと怖いかも。あれ? 育成ミスったかな?
彼女の美貌ならできるかもしれないけど、もしそうなったら黒田君はどうにもできず犬みたいに彼女の尻を追いかけるんだろうな。ちょっと可哀そうかもね。
まぁ、彼女の性格上簡単に全部事が運ぶとは思わないけど。
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