紅蓮の少女
第13話 モブを分析する悟りさん
昼休み。ついに来たのだ。彼女が好きな『魔術学院の出来損ない』の単行本を持って食堂に向かう。
「十六夜。一緒に飯行こうぜ」
「悪い。用があるんだ……」
「無駄に貫禄があるな。分かった、また今度な」
「ああ……」
今の俺はいつも以上に集中している。重要なのだ、最初の掴みが。彼女と親しい関係になるためには最初の印象を良くしなければならない。
ああー、緊張するよ。だけど、行かないとな。
教室を出て食堂に向かう。歩きながら彼女について考える。
火原火蓮は基本的に一人で過ごす。彼女は人と接することや気持ちを上手く伝えることが苦手なツンデレタイプだった。
さて、そんな彼女にどうやって接触するかと言うと、目の前でラノベを読むといういたってシンプルな手段だ。彼女の大好きな『魔術学院の出来損ない』を目の前で読まれたらウズウズするだろう、語りたくて。
そして、話しかけてくるだろう。最悪話しかけてこなくても、気になってるようなら俺から話せばいい。違和感一切なしで関係を持てる。
フフフ、俺って策士だな。なんて、ふざけてる場合じゃないな。
食堂に無事到着。辺りをぐるりと見まわすと早速発見。
紅蓮のような瞳と髪。髪はツインテールでスタイルは……まぁ、女性の魅力は体じゃないので特に語ることではない。それにしても、やはり1人で座っているな。
「すいません。カレーください」
「はいよ」
代金を支払ってカレーを渡してもらうまで少し待つ。しかし、ここであることに気づく。いきなり向かいに座ったら変だということを考えてなかった。周りの席結構空いてるし、不自然かもしれない。まぁ、良いかな?
「はい、カレーね」
「どうも」
緊張してきた。やっぱり凄く可愛いからドキドキして腕も震えてきた。
今日はやっぱりいいかな? まだバッドエンドまで時間あるし。いや、今やらないでいつやるんだ。先延ばしは良くない。
――俺は行く。
ゆっくり彼女の下に近づいていく。ちなみに彼女もカレーを食べている。近づくと俺に気づいてようで顔を向けた。心を落ち着かせて勇気を出して食事を共にしようと言わなければならない。
「あの、ご一緒してもいいですか?」
「……周り大分空いてるけど」
それを言うなよ! ちょっとの違和感は放っておけよ! いきなり出鼻を挫かれ心が折れかける。だが、この程度で引き下がるわけにはいかない。
「ご一緒してもいいですか!」
「ええ? まぁ、良いけど……」
強めに言えばこんなものだな。前世を合わせれば俺の方が大分年上だから、熟年の貫禄に押されたのだろうな。
「失礼します」
「……」
周りからはどう見えてるんだろう? 俺が彼女に気があるように見えてるのではないだろうか? そうとしか見えないだろうな。
「おい、あれって二丁拳銃じゃないか?」
「ダブルデストラクションの?」
「厨二の奴だろ」
「火原さんに気があるんじゃね?」
聞こえない。何も聞こえない。二丁拳銃とか、ダブルデストラクションとか全く聞こえない。
周りは置いておいて目の前の事に集中する。彼女はこちらに目を向けずにカレーを食べておりこちらに興味など微塵もない。まぁ、これくらい予想内だ。
俺は彼女に本のタイトルがわざと見えるようにして読み始めた。……そしたらすぐに彼女は反応した。
「!!!」
分かりやすい彼女の反応に内心ほくそえみながら何食わぬ顔で本のページをめくる。すっごいウズウズしてる、しかし若干の対人スキルの欠如のせいで、あちらからは簡単にはこない。
「この本面白いな。ああー、誰かと語りたい」
わざとらしく彼女に聞こえるように独り言のように呟く。その言葉に彼女はハッとする。俺がこの『魔術学院の出来損ない』のファンということを認識した。
「そ、その『魔術学院の出来損ない』好きなの?」
「はい、大好きなんです。これ名作なんですよ」
「そうよね!! 名作よね!!」
イエス!! いきなりヒットだ!! イエス!! イエス!!
上手くいったな。確かに彼女は人と接することが苦手だが、一度心を開くことができれば、その後は凄くフレンドリーなのだ。
「先輩も好きなんですか?」
「もう、大大大好きよ!!!!」
急にテンションが百上がったくらいの勢いで椅子から立ち上がる。ガタンと大きな音を立て周りの視線が集まるが、彼女は気にしない。同志に巡り会えて嬉しいんだろう。物語ではオタク友達がいなくて寂しそうだったし……。
「誰、誰が好きなの!!!」
「テル君ですかね?」
「そうよね!! 私もテル君大好きなの!!!! 彼氏にしたいなら誰って聞かれたらテル君みたいな人って答えるくらい好きなの!!」
目がキラキラして圧が凄い。分かってはいたが、ここまで押しが凄いとこっちが一歩後ずさってしまうな。そう言えば、彼氏にしたいくらいテル君好きって『ストーリー』の何処かで言ってたな。
彼女が好きなテル君とは『魔術学院の出来損ない』の主人公である。性別は男。魔術の才能は殆どなく劣等生なのだが、持ち前のガッツと勇気、様々な策で戦う超人気キャラクター。
この物語の世界観は、中世で魔術が存在するといういたってシンプルな物。学院があり、そこにテル君が入学するところからストーリーが始まるのだ。ちなみにハーレムもの。
「確かにテル君カッコいいですよね。特にセリフとか」
「そうよね!! テル君名言が凄く多いの!! 私全部覚えてるんだけど一番はね……『俺の背中に居ろ。あとは全部俺を信じて待っててくれ』よね!!」
「それって、第一巻の終盤ですよね?」
「そう!! 分かってるじゃない!!」
ああ、凄い好印象。今まで口下手の事もあり語れなかった分、一気に開放したんだな。こんなに騒ぐのは物語でもあまり見たことない……ような気もしなくはない。
「一巻は終盤が凄い良いわよね!! アニメだと第三話!!」
「私、興奮しすぎて大声出しちゃって、ご近所さんから苦情が来るくらいだったんだから!!」
ご近所さんから苦情って……アニメでそこまで騒ぐって、普通はどう考えてもあり得ないが彼女のオタク具合ならあり得ることである。俺は全然驚かない。
「物凄く好きなんですね」
「当然よ!! ラノベ単行本、漫画化した単行本、DVDも全部、観賞用に買って、さらに保存用にもう一回全部買ったんだから!!」
さらに保存用にもう一回全部買ったんだから!!」
彼女がかなりの音量で話すので、今までの会話が全部他の食事している生徒に聞こえる。
「え? 火原さんってオタクだったの?」
「知らなかった……」
「マニアだな」
「クール系美女かと思ってた」
周りは凄く驚いているが、俺は火原火蓮という人物がラノベとか漫画とか合わせて五千冊所有してることを知ってるから、これくらいじゃ驚かない。
「凄いですね。俺アニメ見返したいと思ってたので、DVDあるの凄くうらやましいです」
「今度私の家に来なさい!! サードシーズン見終わるまで寝れません、やるから!!」
「是非お願いします」
凄い順調だ。前回の銀堂コハクに比べるとかなり良い展開だな。話して僅か十分で家に呼んでもらえるとは……俺からしたら凄くいいんだが彼女のセキュリティも甘すぎではないだろうか? チョロインの印象がするな。
その後も彼女の語りは収まらず昼休みはずっと『魔術学院の出来損ない』について話していた。
◆◆◆
私の名前は野口夏子。皆ノ色高校一年Aクラス生徒であり普通の女子高生だ。私は普通なのだが、私が所属するAクラスはかなり個性的なメンツの集まりだ。
その中でも特に個性が強いのは銀堂コハクという才色兼備、頭脳明晰、等を全部持った完璧超人だと思っていた。私は銀堂さんと呼んでいるのだが、彼女には最近気になる人がいるようなのである。
黒田十六夜。何処か異色を感じさせるフツメンの生徒だ。銀堂さんはこの男子生徒をとにかく気にかけている。
最近は事あるごとに見てるし偶にポツリと『今日は何で送ってくれなかったんでしょう?』等と呟き、自問している。
銀堂さんは分かりやすい。本人は認めないが黒田君が好きなんだろう。別に何か言いたいことはないが、この彼女が彼を好きになるまでの過程に二つだけ違和感がある。まず一つ目それは、どうして彼を好きになったのだろうということだ。
彼女は入学時他者との壁を作っていたように見えた。笑顔で誰とでも接してはいたが、心から何かを言ったり信頼したりすることはなく硬い扉で自身を守っているようだった。
しかし、頑丈な扉が短時間で引きちぎられたかのように彼女の態度が変わった。まだ完全に心からと言わけではないが彼女は他者と接するようになった。何かがあったのだと私は考える。
彼女の在り方を変えた何かが。ストーカーから黒田君が守ってくれたという噂は聞いたが本当にそれだけだろうか? いや、違うだろう。それ以外もあるだろう。
不良に黒田君がボコボコにされた時も彼女は動揺していた。
彼がしてきたそれまでの言動、そしてストーカー事件の日に決定的な何かがあり、それら全てが合わさり化学変化的な事が起こった。そう推測した。
まぁ、これ以上は考えても仕方ないが、ちょっと気になる。聞いても絶対答えてくれないだろうし、自分から話すこともないだろう。
そして、違和感二つ目。これは銀堂さんではなく、黒田君の方だ。
彼はいったい何がしたかったのだろう。銀堂さんの事が好きなのではと考えたが、それはなさそうだ。しかし、好きでもない相手に命を懸けるだろうか?
物凄くいい人という可能性もある。と言うか私はこの線で考えている。
が、他にも何かある。善意が九割、殆どであるが残りの一割。隠れて見えないが何かあるように見える。勘だけどね。
それと九割の善意の中にも何かありそう。これも勘だけど……。
こんな感じで特別な人が多いんだよな。全く私の周りには個性的な人がいて困っちゃうな。
――普通の私が劣等感を覚えちゃうよ。
「お昼一緒にどうですか? お昼一緒に食べてあげてもいいですよ? うーん、どういえばいいんでしょう?」
まだ四時間目の途中なのに、この後昼休みの食事を誘う練習をしている銀堂さんを見ながら私は微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます