第7話 暴流(ぼる)

 一本道に歩を進めながらも、ひとたび思い出すと、その姿が表情が次々に頭を廻って仕方が無い。足を取られてやり切れない。


 あのハムスターは、はたして生きることにのたうち回っていたのだろうか。慟哭どうこくしていたのだろうか。その姿であいつはあいつの一本道を駆け抜けたのだろうか。ひっそりと自ら絶ったのだろうか。

 何を確かめたかったのか、当時の気持ちは忘れたが、死んで埋葬した後、一度だけ掘り返したことがある。


 その死骸のちた姿、部分的に皮が残っている、毛が残っている。骨だろうか、そんなものが見えてもいた。

 名も分からぬ虫がっている。破れた皮膚のほころびから出てきては、また入っていく。どこの何を喰らっていたのだろう。

 生きているときの姿、一緒に暮らし、小さな体でこちょこちょと動き回り、手に乗っては私を見つめ、ヒマワリの種などを欲しがったその姿と、死んだときの姿、そしてここで真に屍骸として朽ち果て、名も分からぬ虫に喰らわれている姿はつながっているのだろうかといぶかった。


 どこかで途切れていたり、飛躍していたら辻褄が合わないとも感じた。生きていた事実のどこかに空白ができる気がして、誤植ごしょくが混じる気がして。この小さな世界が大きく破綻してしまう気もして。

 いまだつながっているのだ。あの私を見つめてくれた姿と死に絶えた姿、土の中で骨をさらけ出し、いま虫に喰われている姿は同じものだ。あの彼だ。彼の姿に紛れない。


 恐らくこれは更に遠く、同じ起点と終点にも繋がっており、そんなもの証明も出来ないし、する必要もないが、私の心と体にも繋がっている。それがよどみだったり、なぎになったりして広がっているのだ。



 ただ体の養分と心の養分が同じ分けではないだろう。成分が違うのだろうが、その養分、成分はまた滋養として繋がっていて、だから体全身で憶えているし、心の全部でこそ飢えているのだ。この小さな流れは、転変しながら姿を変え、無窮に展開しながら相続されて、きっと私に到る。


 転ずるものは変化を見せるが、その変化の現実が、まさにそれそのものが相続され一瞬も止まらず流れているあかしでもあり、ときにどこか一部が絶えたとしても、転変と相続の暴流ぼるは辛うじて続く。姿と想に於いて変化と継続は同じことなのだ。


 つねに転ずること暴流ぼるの如し。

 私も、いつか自虐じぎゃく狷介けんかいゆえに狼疾ろうしつを得て獣に化けるも、前後際断ぜんごさいだんにして実相にすぎず、実際の姿を現わすだけで、息を止めるも、目を閉じるも、止観は明静だから、天真は独朗どくろうと絶叫し、これをこくして慟するほかなく、心の暴力、暴流に自身、殴られ流されるばかり。


 身中の蛔虫かいちゅうには口が二つあって、それが互いに喰らい合い、ついには自ら殺すと言い伝え。滋養の益にはなると納得するが、それが体の益か心のそれかも闇中あんちゅうの定めなら、いっそ牆壁瓦礫しょうへきがりゃくのみならず餓鬼、畜生も仏と言え。水と氷の如くして、水を離れて氷なくと願い、無念の念を念として、うたうも舞うも時を越え、無相の相を相として、行くも帰るも一本の道、いずれも同じ地べたの上下。


 埋めたのは、消すためだったのだろうか。また戻したのは、つなぐためだったのだろうか。いつも暴れるは心影の定め。




(つづく)


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