第4話 月下

 何も愚癡を町中にくために、散歩に出てきた分けではないのだが、歩一歩ごとにり言が出る。職を失えば、当然の如く生活に窮する。エサが取れないのだ。猿でも分かる道理で、生き物であれば生得的な本能で解するレベルの直感のはずだ。

 しかしそうはいかないのが人の世で、世の人の中にいると、無駄な草も茂り、除草を怠れば、とげも生え、また花も咲く。


 どんな仕事でも結局、商人だ。お前は月下の商売人だ。暗がりにお客を見つけて物を売る。それだけが役目だろう。それ以上でも以下でもないことは、富山でも近江でも同じことだ。だが同業同士となると、よく言えば「協調と競争」で、飾りを取ってき出せば「協力か敵対か」、それでよかったと今でも思うが、それは面子めんつ体面たいめんとは違い、実を取るかどうかの問題ではあった。


 思い返せば面子がつぶれて、潰されて、どうにもならないなどと、小さなことではあったのだろう。実には関係のないことだ。そんなことは分かってはいたのだが、職安の職員に「介護か建設、警備の仕事ならありますよ」と言われる端の地べたに辿り着いた。


 職安の慫慂しょうよう、うわの空で聞きながら、やはり体面などどうでもいいのだが、相手が体面、後生ごしょう大事に、体面潰しにかかるのなら、こちとて生きてく上で「からだ」も「かお」も必要なので、後生とはいうまい、どうでもいい幻中の幻、ただ大事であることに変わりなく、仏家ぶっか一大事の因縁を歪めても、是れやっぱり因縁、深信因果じんしんいんがと業の闇、彷徨さまよってみるかと時節の散歩か。節目ふしめ、節目に見上げる空が、青かろうが灰だろうが、梅雨の雨にさらされようが、空はやはり空だと思い込むのは徒労の限りで、空の下、月下にしか人の世はないし、世の人は居ない。


 韓信かんしんていどに青空が見えている地べたならば、そんなに何度もくぐらずに済んだものを、その場、時節の風に吹かれるや、花咲き乱すから、場当たりもほどほどに、何回もくぐるようなまね、繰り返すうち曇ったまま再びの舟場、河童の船頭呆れ顔で、こっちも見ないで船賃だせと、さもなくば俺の股くぐれと、また言うか、ここは韓信の地べた。




(つづく)


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