第21話 信頼する難しさ

 いつか大きな争いに巻き込まれて別々に戦闘するかもしれない、それが死地じゃない保証はどこにもなくて、死地を生き残るにはそれまでどれだけの苦難を乗り越えてきたのかで決まるんだろう。

 激戦の数こそ彼女達の強みとなるはずだ。


 だけどなんでそんな苦労をかける必要があるんだと思う自分もいる。

 なんのためにこれまで過保護に守ってきたのか、失いたくないからだ。

 たった1人になったこの新世界で初めて出会った人、それが一緒に行動する仲間になり恋人になって、不撓不屈を持つのに失う恐怖を覚えた。


 今ダンジョンで失うのか、未来の死地で失うのか、何もかも乗り越えてくれるのか、どれも可能性の話しで答えは出ない。

 それでも出した答えは。


「あとで迎えに来る」


 そう言って1人駆け出し、8階へ進むべくボス部屋を探した。

 彼女達は信頼してもらえたと思ったかもしれない、だけど俺は逃げ出してきた。

 2人を信じきれずに爆風で倒れ、迎えに行ったら何一つ2人の生きた証が残ってないような気がして。


 怒りも悲しみも感じていないのに溜まるストレスを拳に宿し、現れる木に叩きつけていく。


「オラッ!」


 重い。

 低木とはいえ木の中の密度は高く硬く、それだけ重くなる。

 それでも、把握しきれなくなった多数の職業により上がった身体能力に任せて、壁に向かい木を殴り飛ばしていく。


「総職系男子、舐めんな! オラッ!!」


 感情になる前にキャンセルされる心配のストレス。

 変わった世界を受け入れたとしても変わり過ぎた生活環境や、生きるために必要になった苦労の落差。

 中2の時は思い通りの人生なんてつまらない、やっぱ人生苦労を楽しんでこそ生を実感できるってもんよ、なんて知ったような口を聞いていたもんだが。

 確かに原始時代、石器時代なんかより遥かに楽なくらしをしてるだろう。

 魔法も術もあるしダンジョンでモンスターを倒せば食材もドロップするんだがら。


「だからって、日本人がまともな状態で耐えられる世界なわけがねーだろうがよぉ!!」


 空中で右の回し蹴りの反動で回転して左回し蹴りを入れる。

 爪先を引っ掛けて体を引き寄せながら両の拳を連打する。

 木がその場に果実爆弾を落とし、自分諸共爆風で吹き飛ばして距離を取ろうとするが左手で枝を掴んで離さない。


「これが職業複数持ちのステータスの暴力だっ」


 トドメの一撃で消滅したのを確認してドロップアイテムを拾い歩きだす。

 感情にされないストレスが胸を焦がしているが、どれだけ殴っても気が晴れない。

 感情がマイナスにならないだけで常にプラスなわけじゃない。

 人間はただ歩いているだけのような無感情な時も多い。

 今もそれに近い心境だ。

 なのにストレスだけは溜まり続けていく。

 殴っても意味がないなら戦闘にかける時間は無駄だ。

 現れた木に魔法を放ってアイテムを回収すると走り出す。

 走って限界まで疲れれば、少しはこの胸のモヤモヤも晴れると信じて。


 △△▽▽◁▷◁▷


 8階。


「8階は猛牛系か」


 現れたのは筋肉質な牛だった、しかし赤。

 ドロップ条件があるかもと牛肉なら焼くとまずいかなとやはり氷属性で攻める。


「氷爆」


 アイスショットと同じ氷の玉が牛にヒットすると、接触箇所を中心に極小規模な氷の嵐が巻き起こる。

 嵐の収まったあとにはアイテムが落ちているだけだった。


「牛なのにドロップはトマト、草食繋がりで野菜なのか?」


 データが少ないので深く考えずに倉庫に収納し、索敵全開で走る。


「次の牛は黄色か、氷爆……黄色のピーマン? パプリカか」


 さらに次は緑でキャベツを落とした。


「体と同じ色の野菜を落とすのか? あとは紫キャベツとかか?」


 8階の地図が埋まるまでに出てきたのは緑の牛が90パーセント以上で多種多様な野菜を落とした。

 残りは赤がほとんどで黄色はあれっきりだった。

 どうやらその色の野菜の種類の多さが出現する色の数に比例するらしい。

 緑の野菜と言われれば多数連想できるが、赤は少なくなるし、黄色なんてパプリカ以外に何があったかなレベルで思い出せない。

 なお紫の牛が居ない理由は不明、レアポップなだけかもしれない。

 ボスも色のパーセンテージが適応されるのか、出てきたのは緑の牛だった。


 9階では戦闘せずにダンジョンワープで7階に戻る。

 探索者の能力で仲間の居る方向もわかるので、

 2人共はなばなれにはなっておらず、生きていると確認できた。

 何度か曲がりながら脳内地図を参考にして彼女達の現在地を予測して走っていく。

 それぞれ少し距離を取っていて個別に移動しているようだし、動きから察するにエルネシアがモンスターに駆け寄ってモンスターを中心としたり円移動で撹乱しながら、ネネが離れた位置で爆弾に狙われないようにランダム回避移動を続けている、そんな両方の動きを感じられる。

 戦闘が終わると双方歩み寄り合流してから進んでいる。


 2人は無事だった。

 まだ気配みたいな探索者の能力でしか確認できてないけど、今感じてた戦闘だけでも俺抜きで十分だと理解させられた。

 どうやら俺は自惚うぬぼれていたらしいし、彼女達を信じていなかったみたいだ。

 だから俺なしでなんて思考になっていたし、2人が高確率で死ぬんじゃないかなんて失礼な事まで考えてた。

 合流して家に帰ったら2人に謝ろう、そして誠心誠意夜に奉仕するんだ。


 帰宅してからそう言ったら、いつも通りが一番幸せなんですよと若干引きつった感じで言われた、うーむ……ダメだったか。

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