第73話 自分たちで

 梓達が次に目を覚ました時に最初に目にしたのは、頭上を覆いつくすほどの緑だった。

 あまりにもたくさんの木が力強く立っていたので、その木たちから生い茂る葉が視界一杯に飛び込んできていた。


「……ここは? っ! そうだ、智貴は!?」


 少し呆けていた梓だったが、意識がはっきりしてくるとすぐに身体を起こし、智貴の姿を探そうとした。


「っぐぅ……痛ぅ」


 しかし、すぐに身体の至る所から襲ってきた痛みに、再び身体を寝かせることになってしまった。

 見ると、身体の至る所に火傷の跡が見え、そして幾重にも包帯が巻かれているのが目に入った。

 そして、自分の身体のことを確認した後、今度はゆっくりと起き上り、周囲を見渡すと、梓の周りには梓と同じように身体中に包帯を巻いた、健司たちがそこに眠っていた。

 とりあえずは、一緒に森から逃げた人たちは全員いるのを確認して一度、安堵の溜息を吐くと、もう一度横になった。


 それから長い時間を置かずに、梓達の元へと一人の男が近付いてきた。

 彼は、頭に角を生やしていて、人間ではなさそうだとひとまず警戒を解くと、梓は思い切って話しかけた。


「貴方は、誰ですか? 私たちを治療してくれたのは貴方ですか?」


 彼はまだ誰も目を覚ましていないと思っていたのか、少し驚いたような表情をしていたが、すぐに真面目な顔になると口を開いた。


「俺は、龍人族のグラナードという。そこでまだ寝ている健司と共にいたのだが、戦いのさなかで恥ずかしいことに吹き飛ばされて気絶していた。それで目が覚めて仲間の所へと向かおうとしていたところで、燃える森のすぐ傍で倒れているお前たちを見つけてここまで連れて来た。それで、治療したのは俺ではなく仲間たちだが、お前たちの敵ではない。だから安心するがいい」


「そう、ですか。ありがとうございます。ところで、智貴を知ってますか? もし知ってたら、今ここに居るのか教えて欲しいんですけど……」


「……いや、悪いが智貴の姿は見ていない。美咲とレオの二人の姿も……」


「そうですか……」


「すまない……。とりあえず、かなりの重傷だったんだ、今はまだ休むといい」


 そう言ってグラナードは再び周りを見に行ってしまった。

 梓も、確かにまだ無理をしていたので、動けないのを少し悔しく思いながらも眠りについた。







 時は少し遡り、隕石の降り注いだ後、湖の上では智貴が湖の上で意識を失って浮かんでいる美咲を見下ろしていた。


「……レヴィアよ、もういいだろう? 貴様は、いや、俺様達の存在は、あいつらにとって益とならんことは分かっただろう?」


『……そうね。その通りかもしれない。それで? だからと言ってどうするというの、自分ではこの子たちから離れられないというのに』


 美咲が意識を失ったことで、美咲との同調が解けたレヴィアタンが、智貴へと答えた。

 智貴には、本来は見えないはずのレヴィアタンの姿が見えているのか、美咲の少し上あたりに視線を送りながら、そのまま話し始めた。


「その通り、俺様達はもはや自分ではこいつらとは離れられない。特に俺様は同調し過ぎてしまった。今の状況があるべき姿となってしまっている。だが、貴様等はまだ何とかなる」


『……まさか』


「そうだ。俺様が、貴様等を分離させる。そして、貴様等に拒否権は無い、俺様がそうと決めたのだから、変わる未来もない」


『……分かっているの? それをしたところで、貴方はもう戻れないのよ? それどころか、宿主となっているその子は、もう二度と戻れないのよ? そんなことをしてもいいと思っているの?』


「分かっているさ。それでも、俺は他の皆に同じ苦痛を味わってほしくない。せめて、もうこれから先は幸せに過ごして欲しい。だから、これは俺の願いでもあり、俺様の決めたことでもある」


『……そう、それならいう事は無いわ。もう私には止められないでしょうし……ただ、一つだけ、頼んでもいいかしら?』


「……分かった、引き受けよう。それでは、しばらく眠れ」


 智貴はそう言うと浮かんだままの美咲と、そしてレオを抱えてどこかへと立ち去るのだった。







 その日の夜、梓達は疲れてはいたものの、ずっと寝ていたせいでなかなか寝付けずに寝床で横になりながらも眠れずにいた。

 しばらくして、眠ることを諦めたのか梓は身体を起こした。

 その場にいた健司達、マーリスたちも同じだったのか身体を起こすと、誰から言い出すともなく話しやすいように丸く座り込んだ。


「これから、どうする?」


 最初に口を開いたのは健司で、全員に問いかけるように言った。


「……どうする、ってどういうこと? 智貴たちを放っておこうとか言わないよね?」


 最初に反応したのは梓で、仲間を見捨てようとしているのかと少し不機嫌になりながらも問い返した。

 すぐに健司は自分の言い方が悪かったと気が付いたのか首を振ると、話し始めた。


「違う、そうじゃなくて、俺も当然、智貴や美咲さん、レオを探しに行くつもりだ。俺が言いたかったのは、その先のことだよ。このまま野宿を続けるわけにもいかないだろ? だから、どこに行こうかって話をしようと思って。……正直、人間の国とは言え、帝国に戻るのは嫌だろ? かと言って別の国に行くのもかなり大変だろうし」


「それなら、魔族の国に来るか? お前たちが悪い人間ではないというのは私たちが保証するから、住むことは出来ると思うが」


 健司がそこまで言ったところで、マーリスがそう提案してきた。


「それも、考えはしました。けど、まだ普通に暮らしてる人からしたら俺たちは敵対している種族の人間で、そうなると互いに過ごしにくいのかな、と」


「……そうだな。確かにそうかもしれん。だが、そうなるとどこに行っても居場所など無くなるのではないか? 最初は互いに耐えることも必要になると思うのだが」


「はい、分かってます。だから、一つ提案があって……」


 健司はそこで一度言葉を切ると、全員の顔をしっかりと見渡してから再び口を開いた。


「俺たちで、新しい国を作らないか? 今のままだと、異世界人の俺らには居場所がどこにもない、それなら自分たちで、種族の壁の無い、新しい国を作りたいと思ったんだ。俺たちで、自分たちもだけど、他の皆も過ごしやすい国を作りたいと思ったんだ。自分たちの居場所を作りたいって言うのもそうだけど、俺たちじゃ智貴たちを見つけられなくても、智貴たちが俺たちのいる場所が分かりやすい、目印にもなるんじゃないのかな、と思って」


 健司がそれまで考えていたことをみんなに話すと、一様に皆何かを考え始めた。

 健司も、すぐに答えを出せるようなことではないと分かっていたので、誰かが反応を返してくるのをゆっくりと待った。

 そして、最初に口を開いたのは拓也だった。


「案としては良いと思う。けど、色々と問題はあるんじゃないか? 場所はどこに? 建物は? 国としての形になるまでのことは? すぐに思いつくだけでもこれだけある上に、そもそも国として認められるのか? いきなり国を作るって言ったところで、周りの国が認められるのかどうかも分からないぞ?」


「でも、今のままじゃ私たちの居場所が無いから、自分たちで作るって言うのは私も賛成です!」


 拓也の言葉に反応したのは、結衣だった。

 実際、他の、竜太たちも皆、健司の案自体は良いものだと思っていた。

 しかし、拓也の指摘したように色々な問題のことを考えて悩んでいたのだ。


 そこからは、健司たちがそれぞれ自分の思うことを言いあって収集が付かなくなってきたところで、マーリスが声を上げた。


「一度話し合いは止めて、お前たちはどうしたいんだ? 問題はもちろんあるだろうが、まずは全員の意思を確認しないとどうにもならないだろう? やりたいならばやればいい、やりたくなければやらなければいい、問題は考えずにそこがまずは大事なんじゃないか?」


 マーリスの言葉で、改めて皆考え始めた。

 そして、少し時間を置いて梓が口を開いた。


「……私は、やりたい。このままどこかの国に行ってもあまり馴染め無さそうだし、それなら自分たちでやってみたい」


 その言葉を皮切りに、皆自分の思いを言い始めた。

 結果は、気持ちとしては皆、賛成だった。

 拓也だけは、問題を考えて消極的ではあったが、反対ではなく、ここに皆の意思が確認できた。


 それだけを決めて、長く話し合っていたせいか皆眠くなってきて、詳しいことは後日話し合うことにしてその日は眠りにつくのだった。

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