第71話 傲慢

「まずい、下がれ!」


 真っ先に気が付いたのは、マーリスだった。

 梓達は、何があったのか分からなかったが、それでもマーリスの言葉に逆らうことは無くすぐに飛び退いた。

 次の瞬間、急に視界が開け始めたかと思うと、地面が陥没し始めていった。

 そして、陥没した空間を埋めるかのように大量の水が流れ込んでくると、あっという間に目の前は一面湖となっていた。


 どこまで湖が続いているのか分からないほどに広くなっていたが、視線を上に向けた時、何かが浮いているのを見つけた。

 そこは、確かに湖の中央部分であるのに、それは自分の足で水面に立っていた。

 もしかして、湖は浅いのかもしれない、と水中を覗き込んでみるも、そんなことは無く、一歩踏み入れた場所ですら湖底が見えないほど深くなっていた。


「……これ以上先には進め無さそうだな、どうする?」


 湖の最も近くに立っていた竜太がそう言うと、他の皆もどうするか悩み始めて、とりあえず辺りを確認し始めた。

 そして、誰が最初に気が付いたのか、湖の中央辺りに、一人、立っている人間を見つけた。

 それとは、かなりの距離があって誰なのかまでは分からなかったものの、髪の長さからして女性のようだ、とあたりを付けて、湖の外周を進み始めた。

 もしかしたらどこかにあの女性の立っている場所までつながる、道のようなものがあるのでは、と考えてのことだった。


 そしてしばらく歩いたところで、一番後ろを歩いていたマーリスが、何かに気が付いた。


「これはなんだ……? 何かを引きずったような……それも、かなりの大きさのもののようだが……っ!?」


 一行は、湖の方を注視していたせいで気が付いていなかったが、マーリスの言葉を聞いて確認すると、確かに何か、大きなものが引きずられたような跡が、地面に残っていた。

 その跡は、湖と繋がっており、どこから来ているのかを見た時に、かなり離れてはいたが、誰かが倒れているのを見つけた。


 梓達は急いでそちらへと走っていき、近付いてきて誰が倒れているのか分かったところで、走る足を速めて彼らの元へと急いだ。


「健司!? 大丈夫、しっかりして!」


「フレアにゴランも!? お前たちが倒れるなんて、何があった!?」


 そこには、何故か全身びっしょりと濡れた状態で横たわっていた、健司たちの姿があった。


 梓達が近付いて、状態を確かめようと声を掛けたり、叩いていると、三人は口から水を吐き出しながら目を覚ました。


「ごほっ!? げほ、って、梓!? 竜太さんたちも、何で!? それより、美咲さんは!?」


 起き上ってすぐに、苦しそうにしながらも口を開く健司に、何があったのか聞くと、それまでのことを話し始めた。


「じゃあ、もしかしてさっき見えた女の人って、美咲さん!?」


「多分……水を操ってたみたいだし、それなら水の上に立ってても驚きはしないけど……」


 と、そこまで話していて、まだ座り込んだ状態で空を見上げていたフレアとゴランが、いきなり固まって、すぐに震え始めた。


「お、おい……あれって……」


 フレアがそういったと同時、梓達は異変を感じた。

 周囲がいきなり暗くなったのだ。

 何か、大きなものが太陽を遮ったのか、と梓達が上を向いた時、そこには空を埋め尽くさんばかりの隕石が落ちてきているのを、目にしてしまった。


「ちょっ!? 何でいきなり、しかもこんな大量に!? とりあえず、逃げるぞ!」


 誰がそう叫んだのか、それとも全員が叫んでいたのか分からなかったが、全員、流石に命の危険を感じて走り出した。

 まだ身体が自由に動きそうになかった健司たちは、結衣と拓也が力を使い、抱えた状態で走り出した。

 とはいっても、隕石は広範囲に、多量に降り注いでいて、到底走ったところで範囲から逃げられそうもなく、戦闘を走っていたマーリスが足を止めると、口を開いた。


「聞け! 隕石からは逃げられそうもない、よってここで防御する! フレアは私と共にバリアの構築、ゴランは魔力の補助、健司たちは各々出来ることを為せ!」


 マーリスの指示を聞き、全員、反論することなく、最高速度で動き始めた。

 そして、バリアがとりあえず出来たところで、ついに隕石の雨が地面へと降り注ぐのだった。






 少し時は戻り、湖の底へと沈んでいる智貴は、身体を侵され、いろんな方向からあらゆる力を掛けられながらも、口に笑みを浮かべていた。


(クク、悦いなぁ、この俺様にここまでの傷を負わせるとは、素晴らしい! ……だが、俺様を見下すかのようなその態度だけは気に食わん)


 既にかなり同調してしまっているのか、智貴自身の思考なのか、それとも既にルシファーに吞まれているのか、もう智貴には判別はつかなかったが、そんなことを気にすることも無く、ただ自分に手傷を負わしている、嫉妬美咲のことを考えていた。


(いい加減、立場を分からせてやらなければなァ?)


 そして、自分を覆う水流の所為で自由に身体を動かせないはずの中、智貴は腕を自分の前へと持って来て、両手で何かを握るような形にすると目を閉じた。





 其は、傲慢の権化。

 誰が為、否、己の為。

 全ては己に及ばず。

 己は遍くすべてを超越す。

 成る、否、在る。

 神をも恐れぬその罪を、神こそを罪とせん。

 司りし悪魔はルシファー。

 いざ、今こそここに現れん。


 そして、彼が現界した。

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