第70話 こうして、この地に死の湖が出来るのであった
健司たちを気絶させた美咲は、まっすぐと歩いていた。
その後ろには従うように大蛇の姿もあり、普段は人間を殺そうと飛びかかってくる魔物たちや、獣たちも襲い掛かろうとすることは無く、むしろ恐怖を覚えて何もかもが離れていき、異様なほどの静寂に飲まれていた。
一人と一匹はそれに気も留めず、それどころか煩わしいものが無いと手を出すこともせずにただ歩いていた。
それから少し、歩き続けたところで、一人と一匹は目的の場所へと辿り着いた。
そこには、倒れ伏せているものが一人いたが、それは敵とみなしていないのかゆるやかな足取りで近付き、美咲はそのまま座り込んだ。
大蛇は、そのすぐ近くで止まると、とぐろを巻いて目を閉じた。
美咲は倒れていたものに手を触れると、特に何かをするわけでなくそのまま倒れているもの、レオを優しく撫で始めた。
さすがは獣人と言ったところか、傷口から流れ出る血は既に止まっていて、血を流しすぎたせいなのか顔色は悪かったが、呼吸は穏やかで、脈も乱れているというわけでもなく、穏やかな空間がっ底に広がっていた。
しばらくの間、そうしていた美咲だったが、急に大蛇が目を開きある方向へと意識を向けた。
美咲も何かに気が付いたようで、レオを撫でる手を止めるとそちらに目を向けた。
まだ、何も見えてはいなかったが、一人と一匹は、何かがこちらへと向かってきている、と感じていた。
これまで、自分たちに何も近付かないように周囲を威圧していたというのに、関係の無いと言った様子で、ゆっくりながらもこちらへと向かってくる気配に、注意を払わなければいけないと考えたのだ。
そして、相手の姿が見えていない状況で、美咲は動き出した。
右腕を一度、頭上まで振り上げると、重力に逆らわずにそのまま振り下ろした。
すると、周囲が急に変化し始めた。
緑で覆われていた森は全てが枯れ始め、空もどんよりとその周囲だけ暗くなり、地面はぐずぐずに腐ったかのようになってしまった。
それは、侵入者の周囲まで及んでいたが、侵入者は気にした様子もなく、それまでと同じ足取りで確かにこちらへと近づいてきていた。
そこで、ようやく美咲はほんの少し、相手に対して興味を抱き始めた。
今の美咲は、レヴィアタンと同調しているだけあって、普通の存在では今の環境ではまともに動くこともままならないはずなのだ。
それなのに意に介した様子もなくこちらに向かってくる相手は何なのかと、不思議に思い、一度、そのものの顔を拝むことにした。
そう決めてから、美咲はしばらくそれ以上何か行動を起こすことなく、侵入者が見えるまで待つことにした。
そして、それほど時間も経たないうちに、侵入者は姿を見せた。
『……そう、貴方だったのね。それなら、止められなくてもおかしくないわ』
そして、美咲はその侵入者の姿を見て、口を開いた。
それは、話しかけるようでも、一人で呟いているようにもどちらととられてもおかしくないようなものであったが、彼もまた、口を開いた。
『さて、嫉妬よ。俺様がここに来た理由ぐらい、分かっているだろう? 貴様を解放しに来た』
『……傲慢、たとえ貴方の言葉でも、従うわけにはいかないわね。今回ばかりは逆らわせてもらうわよ』
美咲は、そう言うと戦う姿勢を見せた。
それに対して、智貴は顔を怒りに染めると、自然体のまま口を開いた。
『……調子に乗るなよ、嫉妬如きが。俺様が優しく言ってやってるうちに従えばいいものを……』
美咲は、智貴が話し終えるかどうかといったタイミングで、既に動き始めていた。
智貴に向けて大蛇を仕掛けると、ナニカを唱え始めた。
『我こそは大海を統べしもの。嫉妬を司る悪魔。我が命ずる。海よ、来たれ』
大蛇に巻き取られた智貴を睨みつつも美咲がそう言うと、先程までとは比にならないほどの大量の水がそこら中から溢れ始めた。
『我が命ずる。海よ、我が敵を屠れ』
美咲がそう口にした時には、腐りはてた森に大量の水が入ってきたせいなのか、地面がくぼみ始め、湖のようになっていた。
『存在ごと、消え失せろ。死海』
その言葉を発すると、外からは分からないが、湖の中へと引きずり込まれていた智貴に、至る方向から、智貴を滅ぼさんと強い力が働き始めた。
圧し潰されるほどの水圧がかかったかと思うと、次の瞬間には身体中に穴が開きそうなほど強い水流に襲われ、そして大蛇によって身動きも自由に取れず、と中にいる存在を全て滅ぼそうとするほどの力に襲われていた。
それだけでなく、水自体もただの海水ではなく、触れているだけでも心身ともに侵してくるもので、何もかもが徐々に消え失せ始めていた。
湖底なんてものは無く、重力に従うかのように、智貴の身体は水に襲われつつも底の無い中を沈み続けるのだった。
一方、智貴が去ってしばらくしてから、ようやく身体が動くようになった梓達は、智貴の向かった方向へと走っていた。
何があったのかは分かっていなかったが、それでもあのままにしてはいけない、と強く感じたことで、何かに急かされるように、梓、竜太、結衣、拓也、マーリスは一緒になって走っていた。
「……えっと、マーリス、さん? は、何で来てるんですか?」
走りながら、結衣は何故、マーリスだけが自分たちと一緒に走ってきているのか不思議に思ったのか、マーリスに尋ねていた。
実際、他の魔族たちは皆と一緒に自分たちの土地へと戻ろうとしている中で、一人だけ、梓達について来ていたのだ。
マーリスは、その質問を聞いて、一瞬、梓へと目を向けると口を開いた。
「それは、もちろん私の未来の夫を連れ戻すためだ。智貴には、私の身体を見られたのだから、その責任を取ってもらわなければならないからな」
「はぁ!?」
その言葉に真っ先に反応したのは、当然のことながら梓だった。
マーリスの言葉に驚いたのか、今何をするのか忘れた様子で急に立ち止まり、他の面々も一度足を止めた。
そして、マーリスの方を向くと、梓が口を開いた。
「智貴と私が恋人だって分かってて言ってるの? 智貴のことだから、無理矢理見たんじゃなく事故で見ちゃっただけでしょう?」
「そうは言っても、見られたのは事実。お前が智貴の恋人だとは言っても、人間どもに捕まって智貴の足を引っ張るような奴なら、私の方が智貴の横に立つ相手として相応しいと思うが?」
自分の言葉に反論してきたマーリスに、梓は一瞬、その通りかもしれない、と悔しくなってしまい、唇を噛んだ。
勝ち誇ったような顔でこちらを見てくるマーリスに、色々な感情が湧き出てきて、今にも襲い掛かろうとした時、竜太が二人の間に入って口を開いた。
「一旦、二人とも止まれ! 今は、それどころじゃないだろう? 俺たちがこうして動いてるのは、智貴たちがどうなったのか確認しに行くためのはずだ、ここで言い争うためじゃないだろう? そのことに関しては、後で智貴も交えて好きに話せばいいから、今はそれは置いといてくれ」
竜太の言葉を聞いて、何とか心を落ち着かせると、もう一度マーリスの方へと向き直って口を開いた。
「……あとで、詳しく聞かせてもらうからね」
「いいだろう、しっかりと後で話し合おうじゃないか」
マーリスもそう言うと、一行は再び走り始めるのだった。
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