第68話 嫉妬の大蛇

 隠し通路から出て、真っ先に目に入ってきたのは、全長十メートルはあろうかと言った、大きな蛇だった。

 よくみると、その蛇はうっすらと透けていて、実際には存在していなさそうではあったが、その蛇の放つ威圧感は本物で、智貴たちは知らず知らずのうちに身体が小刻みに震え始めていた。


「な、なんだよアレ……」


 そして、その大きな蛇に気を取られていてすぐには気が付かなかったが、その蛇のすぐ傍には、美咲が座り込んでいた。

 智貴は、それに気が付いてすぐに駆け出していた。


 しかし、あと少しで美咲の元へと辿り着く、といったところで急に傍に現れた何かに、腕を掴まれて阻まれてしまった。

 智貴がそれに文句を言おうとしたところで、ようやくそれが誰なのか気が付いた。


「健司!? なんで止めるんだよ、美咲さんあんなところに放置してたら危ないだろ!?」


 相手が健司だと分かったところで、智貴は口を開いて健司へと文句を言い始めた。

 しかし、健司も焦っていたようで、返事をする前に智貴を連れて後方へと退いた。


「放置してるわけじゃない、あの蛇は美咲さんが出してるんだよ! 何があったのか分かんないけど、美咲さんが今正気を失って暴走してて、敵味方関係なしに襲ってくるから、今はそれを抑えようとしてるんだよ!」


 速く現状を伝えようとしたのか、かなり早口でまくし立てる健司に、智貴もこれは緊急事態だと悟り、何をするのか考え始めた。


「まず、他の仲間はどうなったんだ? 梓達も出て来たと思うんだけど」


「とりあえず、最初に美咲さんが暴走した時に、俺以外、敵味方関係なく倒れて、味方に関しては俺がなんとか後方まで運んだ。レオはその前に倒れてて、今はどこにいるのか分からない。グラナードは、今は気を取り戻したけど、後方で他の皆の護衛をしてる。梓達は、マーリスさんと一緒に後ろに下がってる。マモンが言うには、美咲さんと同じように悪魔の力を持ってないと、まず美咲さんの前に立てないみたいだし、梓達は体力的に無理そうだったから、俺だけでとりあえずは相手してた。ただ、やられないように逃げ回ってただけだけど……」


「なるほど……それで、どうしたら美咲さんは元に戻るんだ?」


『暴走を止める、という事なら、あの女を気絶させればいい。それでひとまずは落ち着くだろうさ。だが……』


 どうしたらいいのか智貴は健司に聞こうとしたところで、ルシファーが解決策を答えた。

 その言葉を聞いた智貴は、その後に続くルシファーの言葉を聞く前に動き出した、いや、動き出してしまった。


「っ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」


「智貴!? どうした!?」


『はぁ、話を最後まで聞かないからそうなる……。今日だけで何度も、そして長時間俺様と同調していたんだ、そりゃ限界にもなるだろう。まさか、俺様達の力をリスクなしで使える便利な力だとでも思っていたのか? それなら、愚か者だな』


 健司とルシファ―が何かを言っているような気もしたけれど、頭の中をかき混ぜられているような感覚に襲われている智貴には、意味のある言葉としては頭に入ってこなかった。

 頭だけでなく、酷使し続けていた身体も堰を切ったように悲鳴を上げ始めていた。

 身体中に痛みが襲ってきて、ついに智貴は立っていることすら出来なくなってしまい、地面に倒れてしまった。

 そうしている間にも、大蛇はこちらを認識して近付いてきていた。


「まずい、とりあえず逃げるぞ!」


 いつの間にか近付いてきていたフレアは、地面に倒れている智貴を脇に抱えると、とにかく大蛇から逃げるように距離を取り始めた。

 健司もそれについて、一度後退をし始めた。


「……この辺りの惨劇は、全部アレの所為か?」


 逃げている最中、地面にいくつもの赤いしみが出来ているのを見てフレアは顔を顰めながら健司に聞いた。


「……そうだ、仲間はなんとか逃がしていったから、全部帝国の兵士たちのものだけど、大蛇が出て暴れ始めてからは誰も何も出来ずに潰されていったんだ。何故かは分からないけど、あの位置からあまり動かないから、何とか逃げられてるけど、追ってこられたら逃げられないと思う……」


 フレアは健司の答えを聞き、渋い顔になっていた。

 魔族の中で、四天王と呼ばれてトップクラスに強いと自負していても、たとえ四天王が全員集まったとしてもあの大蛇をなんとか出来る気がしなかったからだ。


 そこからは、誰もが黙って他の皆がいるところへと走り続けた。




「梓! 竜太先輩たちも! 無事でよかった……」


 避難場所として後方にドワーフたちの待機していた場所まで来て、健司は梓達の姿を見つけた。

 久しぶりに見た皆は、少しやつれてはいたものの、元気そうで安心して健司は声を掛けた。

 健司の声でこちらに気が付き、こちらを向いた梓が、フレアに担がれている智貴を見てすぐにこちらに走り出してきた。

 近くにいたマーリスと竜太たちも顔色を変えてこちらに向かって走って来た。


「智貴! どうしたの、何があったの!?」


 合流してすぐ、フレアが智貴を下ろし、梓はその傍に膝をついて智貴の状態を確認し始めた。

 竜太たちも心配そうにしていたものの、すぐに顔を健司の方へと向けると、何があったのかを聞いてきた。

 健司は簡潔に、分かりやすくこれまでの経緯を全て話し始めた。


 健司の話が終わると竜太たちは何かを考え込むように黙り込んでしまった。

 そこで、フレアが何かに気が付いたように口を開いた。


「そう言えば、レオの奴はどこだ? 傷を負って後退したんならこの辺りにいるんじゃないのか?」


「ああ、レオだけはどこに行ったのか分からないんだよ。真っ先にどこかへ行ったから……。その後は俺も探してる余裕なくて、見つけられてないんだ」


 その問いに健司は自分の知りうる限りのことを言うと、フレアが何かを考えているのか少し黙ってすぐに口を開いた。


「レオは、美咲を連れて一度離れたんだろ? そのあと美咲が一人で出て来たなら、美咲の出て来た方向にレオがいるんじゃないのか? 正直、今はどうするのか方針も立てられないなら、レオだけでも探しに行った方がいいと思う。聞いた感じだと、かなりの深手を負ってるようだし、早く見つけて手当をしないと危ないんじゃないか?」


 フレアの言葉に、誰も異論は無かったのかとりあえずは美咲の現れた時のことを知っている健司と、まだ体力に余裕のありそうなフレア、ゴランの三人でレオを探しに動き始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る