第65話 脱出

「……さっきの女が、智貴の女か?」


 智貴と梓が手分けして皆を解放しようと背負っていたマーリスを下ろすと、気が付いていたのかマーリスに声を掛けられた。


「そうだよ、俺の彼女で、一番大切な人だ。……それで、どうだ? ここから全員を転移させるのは出来そうか?」


 質問に端的に答えつつ、聞かなければいけないことを聞き返した。

 マーリスは、少し考え込むようなしぐさを取ると、口を開いた。


「……そうだな、流石にこの人数は今の状態では厳しいかもしれない。とはいえ、ここに居るのは魔力を繊細に操るのが得意なエルフが多いから、協力してもらえれば、なんとかなる……と思う」


「分かった、解放しつつ、頼んでくる」


 智貴はそれだけ言うとすぐに近いところに捕まっていたエルフたちを解放し始めた。

 梓は既に動いていたようで、既に竜太たちも解放され、効率よく、それほど時間をかけることも無く全員を解放することが出来た。

 地下牢内にいたのは、全員で三十人近くにもなった。


「捕まっていったエルフの人たちはこれで全てですか?」


 目につく範囲の全員を解放してから、すぐ傍で座りこんでいたエルフの女性に智貴は聞くと、連れてこられたエルフは全員、この地下牢に入れられていたようで早速、脱出の準備をし始めた。

 エルフたちも、ここから出られるのならば協力を惜しまないと言ってくれていたので、マーリスを中心にエルフたちが補助をして大規模転移魔法を構築し始めた。

 そして、それを見届ける前に、智貴は上で戦っているゴラン達の元へと行くことにした。


「それじゃあマーリス、後は頼んだ。俺はゴラン達と合流して、そのまま城から抜け出すから」


 智貴の言葉に、魔法構築中で言葉が返ってくることは無かったものの首肯したのが見えたので、智貴は入って来た時の扉と同じ場所から階段を上り始めた。

 梓達は心配そうにしてはいたものの、今の状態では足手まといだと自覚しているのかついてこようとすることは無く、智貴は今度は一人で階段を駆け上っていった。


 そして、階段を上っている最中にとてつもない魔力の奔流を感じ、そちらに一瞬視点を向けて全員しっかりと脱出したのを階段を走り抜けながら確認するのだった。




「「ハハハハハハハハ!!」」


 そして、階段を上り切って真っ先に視界に入ったのは、何故か鎧も無くなって己の肉体のみで戦っているゴランとハロルドが笑い声を上げながら殴り合っている姿だった。


「……とりあえず、ムーナ、フレア! どっちに加勢した方がいい!?」


 一瞬、呆然としてしまったがすぐに頭を切り替えると、少し離れた場所にいたフレアとムーナに話しかけた。


「お! マーリス様もいないってことは、上手く脱出できたみたいだな! それなら、先に俺らの方を手伝ってくれ! 正直、聖域で魔力を使いすぎたせいか魔法勝負だと決定打が出せん!」


 するとすぐにフレアから返事が来たので、智貴は即座に置いて行った弓を拾うと、矢を番えて無数に魔法を放ってくるリリーへと放った。


 しかし、リリーへとあと一メートルも無いだろう距離まで飛んでいった矢は、見えない壁によって弾かれてしまった。


「防御の魔法があるに決まってるでしょ。そうでもなければ魔法使いなんてすぐにやられるんだから」


 流石にそんな簡単にはいかないだろうとは思っていたものの、フレアたちの放つ魔法ん相手もしながら余裕の表情で防御もこなすリリーに、智貴たちは少し顔を歪めてしまった。

 そして、次は矢に雷の魔法を纏わせて威力を高めて射ったのだが、先程と同じように弾かれるだけとなってしまった。


「マジか……。もう少し工夫しないとどうにもならなさそうだな」


 そう呟いて智貴はこれ以上無駄に矢を消費することを避けて、自分も魔法を放ちながら突破法を考え始めた。


(普通に矢を射ってもあたらない、魔法だけでも当たらず、迎撃されるだけ。魔法を使わせ続ければそのうち魔力切れになるかもしれないけど、ここまでで消耗している状態で競り勝てるか分からない上に、そんなに時間をかけてたら向こうの援軍が来そうだから却下。となると、リリーの防御魔法を破壊できる威力で攻撃するか、防御の無い場所から攻撃するしかない。けど、今できる最高の遠距離攻撃の魔法を纏わせた矢も弾かれる程度だから死角から攻撃するか、防御魔法の核を破壊するぐらいしかないんだけど、防御魔法も常にあるんじゃなくて、攻撃が当たりそうな時だけ展開されてるから、核を狙えない……。となると、防御を破るだけの威力を出せない俺には死角から狙うしかない。高威力で攻撃するにはフレアに任せるしかないけど、今の拮抗状態はフレアがいてこそだし、隙を作らせるのは無理、仮に出来たとしても、フレアの抜ける穴を埋める相手がいない……。さて、どうしたら……)


 そんな考え事をしていたせいか、智貴は見当違いな方向へと雷を放ってしまっていた。

 そのまま雷はリリーへとは向かわずにリリーのすぐそばを通って遠くの方へと飛んでいったのだった。


(くっそ、せめて防御させられれば魔力を使わせられたの、に……? あれ、今防御されずに通り過ぎていった? 今のは自分に向かってこないから反応しなかっただけなのか、それとも必要無いと見て防御しなかったのか? ……少し試してみよう)


 しかし、何か引っかかるものを感じた智貴はその違和感を確かめるために動き始めた。

 まずは矢にあるものを取り付け、リリーの足元へと飛ぶように矢を射ると、それに向けて雷魔法を当てるように、迎撃もされないよう複数の物を速度重視で放った。


 速度重視なだけあって、威力はそれほど無いのをリリーも見抜いたのか、一瞥するとそれ以上気にも留めずに他の、フレアの魔法に対して迎撃を続けていた。

 そのおかげで、智貴のたくらみは成功して、魔法が矢に当たると同時、大量の煙が噴出された。


 流石に、虚を突かれたのか双方ともに魔法の応酬が止まった。

 その瞬間、智貴は事前に番えてあった矢を構えつつ、先に魔法を一発、智貴だけは見えている中でリリーに向けて放った。

 そして、その直後に引き絞っていた矢を放ち、リリーを注視した。


 その結果、魔法には反応して防御魔法を展開したリリーだったが、その直後に飛んできた矢には反応出来ずに頬に一筋の赤い線が走っていた。


 それを確認すると、ムーナの方へと目を向けつつ、煙の中に向かって智貴は走り出した。

 ムーナと、そしてフレアも魔力の動きを見ていて状況が分かっていたのか、智貴のすることを察したのかそれまで以上に苛烈に攻撃を開始した。

 流石にリリーがどこにいるのかは分からないようで正しくリリーに向かう攻撃ばかりでは無かったが、智貴が目的の場所へと辿り着くまでの時間は稼いでくれて、リリーが急いで煙を風魔法で散らしたころには智貴はリリーの背後に到達していた。

 そのまま、走って来た勢いで智貴は刀を抜刀すると、未だ気が付いていないリリーへとその刃を振るい、その首を落とすのだった。


 そこからは、ゴランのサポートに即座に動き、それほど時間も経たずにハロルドも力なく地面へと倒れ伏すのだった。

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