第60話 嫉妬

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいレオごめんなさい私が気を失っていたせいでこんな傷を負う羽目になってしまって何で私たちが傷つかなければいけないの悪いことしてるのは相手の方じゃない何で私たちが何で私たちばかりこんな目に合わなければいけないのズルイ私たちじゃなくて向こうが傷つけばいいのに何でどんどん皆が気ずつついて行かなきゃいけないのズルイ痛いズルイズルイ痛いズルイズルイズルイズルイ痛いズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイ…………








 レオが美咲を連れて戦線を離脱していた頃、健司とグラナードは何とか立ち上がると、視線の先で暴れているミカエルたちへと向かっていた。


「それじゃあ、グラナード、任せた」


「おう、健司こそ作戦通りしっかりやって来いよ」


 二人はそう話すとそれぞれ動き出した。

 健司はまっすぐ、しかし慎重にミカエルたちの元へと、グラナードは一度戦場のただなかへと姿を消していってしまった。

 健司はそのままミカエルたちへと近づいていくと息を潜めて、隙をついて飛びかかった。


「バレていないとでも思ったのか? 愚か者め」


 そして一瞬の後にはすぐ後ろにはカシエルが既に剣を振り上げていた。


「そう来ることは分かっていたとも。想定通りに動いてくれて、ありがとよ!」


 しかし、それまでのカシエルの動きを散々見てきて、どう動くのかを想定していた健司からしたら予想の範疇から超えることの無いカシエルの動きに安堵していた。

 そして、そのまま振り下ろされる剣に、自らの腕を差し出すように割り込ませて刃を食いしばった。


「っ!!」


 既に散々使われていて切れ味も落ちてきていたのかカシエルの剣は健司の腕の中ほどまで食い込んでいたものの、そこで止まっていた。

 健司はすかさず残っている右腕をカシエルへと突き出し、何とか剣を握っている右腕を掴んだ。


「ってめえのその速さ、貰うぞ、うおおお!!」


 そして、健司は強欲の力でカシエルの力を奪おうとした。

 しかし、もちろんカシエルも何が起こるのか分かっていないにしても無抵抗でやられる訳もなく、空いている脚で健司を蹴り飛ばそうとした。


 当然、カシエルから力を奪うことに意識を集中していた健司は避けることも守ることも出来ずに受けることになり、そのまま吹き飛ばされてしまった。

 そこでカシエルは追撃をしようとして、身体に異変を感じた。

 それまでは息をするように行っていた、神速での移動が出来なくなっていたのだ。

 つい、足を止めて自分の身体に意識を向けてしまった時だった。


「カシエル! 避けろ!」


 ミカエルの焦ったような声が聞こえて来た。

 急いで周囲を確認すると、目の前には人一人程度ならゆうに飲み込めるだろうという大きさのブレスが迫ってきていた。


 そして、確認してしまった時にはもう手遅れだった。

 ミカエルの声が聞こえた瞬間に動いていれば、直撃は避けられたかも知れなかったが、もう既に神速は健司に奪われていて、いつものように動けず、そのまま業火にカシエルは飲み込まれるのだった。




「さっすがグラナード! タイミング最高だ!」


 かなりの距離から、しかもまだ攻撃中で健司の声など聞こえてはいないと分かっていても健司はそう叫んでいた。

 腕から伝わる痛みも、流れ出ている血も今だけは気にならないくらいに、ようやくかますことの出来た一撃への興奮が勝っていた。


 短時間しか作戦を練る時間は無かったので、あまり複雑な作戦を練ることは出来ていなかったが、それでも二人は作戦が上手く言ったことに歓喜していた。

 更に、左腕が使い物にならなくなったとはいえ、それを補って余りあるほどの速さを手に入れた健司は、着地すると同時に周囲で戦っていた兵士たちを蹴散らし始めた。


 先程まで健司たちが苦汁を飲んでいた、反応できないほどの速さで動く健司に、当然兵士たちは反応できることも無く、押され気味になってきていた戦況を盛り返すことに成功し始めていた時だった。


神の代行者ミカエルが命ず。


 その言葉が聞こえたかと思った瞬間、健司の身体が自分の意思とは反して動きを止めてしまっていた。

 なんとか食いしばって、すぐに身体を動かすことに成功はしたものの、一度止まってしまった身体はすぐには元の速さを取り戻すことは出来なかった。


「よくもやってくれたものだな……。正直、人間風情にここまで荒されるとは思っていなかった……。だが、それももう終いだ、私の権能には逆らえまい」


 何をされたのかはっきりとは分からないまでも、健司はこのままではミカエルを倒すことが出来ないと悟った。


『馬鹿野郎! 天使如きに負けてんじゃねえぞ! 貴様が自分の身体を奪われてどうする!?』


 マモンの言葉を聞きながらも、健司はどうしたらいいのか途方に暮れそうになっていた。




『ああ、まだこんなに元気でいるなんて……私はこんなにも傷ついているのに……。なんて、なんて妬ましい……』


 そんな時だった、まるでこの世のモノではないような声が聞こえたのは。

 その声は、さほど大きな声では無かったにも関わらず、その場にいたすべての存在へと聞こえていた。

 まるで自分の魂が声を声としてではなく、そういう現象と受け止めるかのように、誰一人として聞き逃したものはいなかった。

 その声を聞いたもの全ては、心から湧き上がってくる震えを抑えられず、誰もが戦闘を止めていて、まるで戦場とは思えないような静寂が辺りを包んでいた。


 そして、ようやく声がどこから聞こえたのかを確認した時、そこにソレは居た。

 ソレは、見た目はただの一人の女であった。

 身体中を痛ましいほどの傷と痣で覆われた、一人の女。

 しかし、その周囲はやけに暗く、いや、黒くなっていた。


『皆、私の痛みを知ればいい……私の憎悪を、悲哀を、私のを……』



 其は、嫉妬の権化。

 遍く存在の逃げられえぬ感情。

 全ての存在が等しく持つ罪。

 其は他を許せないが故に、他より優れることを欲す。

 其は他を許せないが故に、他を陥れんとす。

 司りし悪魔はレヴィアタン。



 彼女が、現界した。

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