第59話 神速と神の代行者
健司はここが戦場であることを忘れて、突如現れた獅子に呆けていた。
「あれは……なんだ? 味方、でいいのか?」
「何を言っている? あれはレオだ。おそらく、美咲が痛めつけられたのを見て獣化したんだろう」
健司のつぶやきをグラナードは拾っていたようで、知っていることを話し始めた。
「獣人たちには、俺たち龍人と同じように身体を獣へと変化させて戦うことが出来る。ただ、俺たちもそうだが、身体は強くなってより速く、より硬くなるが、単調な思考になるし、かなり消耗が激しいからあまり使わないんだ」
グラナードから話を聞いている間にも、レオの咆哮に当てられたのか至る所から同じ獣人たちの咆哮が聞こえ始めた。
そして、縦横無尽に跳ね回る獣が増えていた。
彼らも、レオほどとは言わないが、かなりの数の兵士たちを蹴散らし始めた。
それまではかなり押され気味であった戦況が、見る見るうちに兵士の数が減っていき、逃げ出そうとするものまで現れ始めて健司は希望を持ち始めていた。
「このままならいけるんじゃないか? 後はゴードン達さえ倒せば……」
「いや、確かにその通りだがあまり時間はかけられないぞ。獣化はかなり強いが、そのぶん消耗が激しいんだ、普通ならもって数分程度だぞ、急がなければ、獣人たちが力尽きてしまえば今までの拮抗も無駄、蹂躙されることになる」
二人はそう話すと、まだ暴れているレオに気を取られていたゴードンとアスターに目を向けた。
すると、ゴードンとアスターも気が付いたようで、動き始めた。
何をするのかと警戒していたが、二人は互いに近付いていき、触れそうなほどに近付いてからこちらに向けて目を向けて来た。
「仕方ない、あの獣たちを全て相手するには、このままでは流石に無理だ」
「兄上、覚悟は良いですか? 姉上は既にやっていることです、まさか出来ないとは言いませんよね?」
「誰に言っている、それよりやるぞ、三人ならすぐにでもこの場を制圧出来るだろう」
ゴードンとアスターはそう話すと、アリシアと同じように腕を自分の持っていた剣で切り裂いた。
その光景を見て、先程のアリシアのことを思いだした健司とグラナードは阻止しようと動こうとしたが、ゴードン達はその前に動いてしまった。
「「我が血を捧げます、力をお貸しください、
二人がそう口にしたとたん、それまでは空を覆っていた分厚い雷雲が裂け、赤く燃え上がる太陽が姿を現した。
ゴードンはその熱を浴び、炎を纏い始めた。
アスターはその光を浴び、渦を巻くような光を纏い始めた。
「さて、私は目の前の奴らを滅ぼす。カシエルよ、私の補佐をしろ。ラミエルよ、周囲の雑兵を全て片付けよ」
「「分かりました」」
天使たちはそう言うとついに動き始めてしまった。
真っ先に動き始めたのはラミエルだった。
ラミエルが帝国の兵士たちに近付いて行くと、それまで獣人たちに荒されて、混乱していたはずの兵士たちが正気を取り戻し、陣形を組んで獣人たちに対応し始めた。
流石に倒しきれてはいないものの、壊滅しないようになり、膠着し始めた。
それを確認すると、ミカエルとカシエルも動き始めた。
いや、健司たちがそれを認識したのは自分の身体が地面に叩きつけられてからだった。
「「ごはっ!?」」
二人は、天使たちから一度たりとも目を離していなかった。
しっかりと警戒をし、動き始めたところで反撃をしようとしていた。
しかし、視界からカシエルが消えたと思った瞬間には背中に衝撃が走っており、地面へと叩きつけられていたのだ。
「さて、こちらは終わったな。次は獣どもか」
カシエルはそう言うと、ミカエルと共に獣人たちを抑えに行くのだった。
「なんだ今のは……全く見えなかった」
「すさまじいな、何かする暇もなかった」
健司とグラナードは傷む身体を何とか起こすと、どうやって勝つのかを探るため、動き始めるのだった。
健司たちを無力化したと判断したカシエルたちが次に来たのは、最も派手に暴れているレオの場所だった。
カシエルたちが来てすぐ、レオは動きを止めていた。
思考の半分近くを野生に埋め尽くされている状態でも、この二人は危険だと警鐘を鳴らしてきたからだった。
そして、油断なく、二人を警戒していたのに、レオはカシエルの姿を見失った。
だが、そこで健司達と同じように倒されるのではなく、限界まで強化されていた感覚からカシエルの挙動を察知し、直撃を免れていた。
その時には、一瞬前までレオの立っていた場所にはカシエルの足が、地面に垂直に突き刺さっていた。
「ほう……獣風情が、私の速さについてこれるとは。少しは出来そうだな」
そう言って地面から足を引き抜き、それまでは鞘にしまって出していなかった剣を手に取ると、レオへと向けて構えるのだった。
それからは一方的な戦いとなった。
目にも止まらぬ速さで動くカシエルの攻撃を、見えていないにも関わらず勘だけでレオは避け続けていた。
とはいっても、いつまでも完全に回避することは出来ずに少しずつ、レオの大きな体には小さな傷が増えていき、しばらくしたころにはレオの身体は血で染まっていた。
「……ふむ、存外に粘るな。正直、とっくに果てるものだと思っていたが……。やはり亜人は危険だな、滅ぼすべきだな」
そう呟くカシエルに、今が好機と見たのかレオが飛びかかっていた。
助走を多くとれず、最高速度ではなかったが、それでも周りから見たら一瞬、姿がブレて見える程度には速いその突撃を、カシエルは何でもないような顔で避けていた。
そして、レオの目に映ったのは、それまで動きを見せないと思っていたミカエルが、美咲に剣を突き立てようとしている光景だった。
その光景が目に入った時には、レオはもう駆け出していた。
そして、何とかミカエルの剣が美咲へと到達する前に美咲の元へと駆け寄り、美咲を咥えて離脱することに成功した。
しかし、当然無傷では済まなかった。
レオの背中には、ミカエルの持っていた剣が深く突き刺さっており、傷跡からは一目で深手だと分かる量の血が流れ出ていたのだ。
何とか、少しでもミカエルたちから距離を離そうと崩れ落ちそうになる身体を𠮟責して少しの間走ったが、流れ出ている血の所為か、脚をもつれさせてしまい、そのまま倒れてしまった。
そのまま身体から力が抜けていくのを、背中からドクドクと流れ出ていく血を感じながら、レオは美咲に半ばのしかかる様に寄り添って目を閉じた。
何かに乗られているような圧力を感じて、美咲は意識が覚醒した。
同時に、身体中が痛みを覚えているのを感じ、顔を顰めた。
傷む箇所を見ようと身体を起こして、ようやくそれに気が付いた。
美咲を中心に、赤い水たまりが出来ていたのだ。
正確には今も徐々に広がっていく水たまりを見て、美咲は頭が真っ白になるような感覚に襲われていた。
そこで背後を振り向き、ようやく全身に傷を負って、背中には剣を突き立てられているレオの姿を見るのだった。
「!? レオ!? 大丈夫!?」
それから何度か声を掛けたものの、レオは反応を示さず、浅い呼吸を繰り返すのみだった。
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