第58話 獣化
美咲が横に動いたのは、本当に偶然だった。
一歩、たったの一歩右に動いたのは、特に何か意味があったわけではなく、強いて言えば真正面からラミエルに見られていることに恐怖を感じて、少しだけ動いただけだった。
しかし、それが美咲の命を救った。
直後、美咲のすぐそば、美咲が直前まで立っていた場所を雷が通り抜けていった。
ノーモーションからの雷撃に、背筋が凍るような気持ちになりながらも、美咲は動き始めた。
そのまま留まっていても雷のいい的だと思ったし、レヴィアタンからも逃げろと言われたことなので、早くこの場から動かなかければ、と動き出していた。
「逃がすと思うのか?」
しかし、ラミエルから離れようと動き出した方向には、既に多くの兵士たちが近付いてきていた。
「私は人徳のラミエル。その力を持ってすれば他者の力を使うことなど容易い。さて、これで逃げ場などない、それどころかこの数を相手にどれだけ耐えられるかな?」
美咲にそう話しかけてくるラミエルは兵士たちに周囲を囲ませながら、自分は空中を浮遊しながら美咲を見降ろしていた。
実際、美咲には無数に包囲している兵士全員を倒すことなどかなり困難で、それを操っているラミエルを倒そうにも手の届かない場所に居られてしまっては、手の打ちようが無かった。
そこからの戦いは、ラミエルは特に何かをしてくるわけでは無かったが、それでも全方位から美咲を囲んでくる兵士を美咲一人で相手取ることになった。
それからしばらく、美咲はかなり上手く立ち回っていた。
深入りすることは無いように、囲まれすぎないように、攻撃を喰らわないように常に動き続けて、確実に行ける、と判断した時だけ攻撃に転じるよう動いていた。
その動きは、美咲を囲んでいる、敵側の兵士でさえ素晴らしいと思えるようなものではあったが、それでも、圧倒的な数の暴力の前に美咲はついに捕まってしまった。
兵士たちが連携して、被弾を覚悟のうえで美咲に突撃してきた。
突撃自体は躱したが、その際に腕を掴まれて、躱しようもない殴打を美咲はついに喰らってしまった。
その中で、美咲は身体を丸めて殴打の終わるのを耐えようとしていたが、どれほど耐えようとしても、相手は無数の兵士、それも体格から力から、何もかもがただの高校生女子だった美咲とは違っていた。
殴打され始めてからすぐに美咲は動けなくなってしまった。
レオと戦った時も、以前アリシアと戦った時も負傷自体はしていた、しかし、そのどちらもまだ、終わりがあると分かっていたし、アリシアの時には何とか勝てたのだから、耐えている時間は短かった。
それに対して今は、自分よりも圧倒的に力の強い、そして無数にいる男たちから一方的に殴られ続ける、という状況は、美咲の心を砕くのに充分なほどの暴力であった。
美咲を殴打していた兵士たちが、美咲の身体に力が入っていないことに気が付いた時には既に美咲は気を失っていた。
身体中どこを見ても痣だらけ、血まみれになっている美咲を一人の兵士が髪を掴んで持ち上げた。
そして周囲の兵士たちを一度遠ざけて視界を確保すると、大きな声で叫んだ。
「貴様等! こいつが見えないか! この女を開放して欲しくば、武器を捨てて地に伏せろ!」
比較的近くにいた健司、グラナード、そしてレオはその声に反応して声のした方へと一瞬目を向けた。
グラナードは不快なものを見た、といった様子で嫌悪感を露わに、健司はどうすべきか悩んだような顔で美咲を掴んでいる兵士を睨みつけた。
そして、手に持っていた武器を手放そうとした時だった。
戦場を一筋の筋が通り抜けた。
それは、美咲の元へと周囲の兵士たちを吹き飛ばしながら一直線に飛んでいった。
土煙が晴れたそこにいたのは、金色の毛色をした、一頭の大きな獅子だった。
「グゥオオオオオオオオオオオオオ!!」
獅子は大きく吠えると、周囲の兵士へと目にも止まらぬ速さで突撃し始めるのだった。
「貴様等! こいつが見えないか! この女を開放して欲しくば、武器を捨てて地に伏せろ!」
その言葉が聞こえた時、レオはアスターを相手取りながらも嫌な予感が身体中を襲うのを感じていた。
そして、見たくないと思いながらもそちらへと目を向けた、向けてしまった。
そこには、身体中に傷を負ってぐったりとしている、最愛の人が、見知らぬ兵士に髪を掴まれて乱暴に扱われている姿だった。
その光景を視界に捉えて、理解した時にはレオは動き始めていた。
いや、正確には変わり始めていた、といったほうが正しいだろう、四肢はより太く力強く、牙はより鋭く凶悪に、身体はより強靭に、気が付いた時には身体は一頭の大きな獅子へと変貌していたのだ。
そのまま、感情の赴くままにレオはアスターを放置して美咲を掴んでいる兵士に向かって最速、最短距離で飛びかかった。
道中、雑兵を吹き飛ばしたがレオは気にすることも無く美咲の傍へと着地、美咲を掴んでいた兵士の身体に噛みつくと美咲から引きはがすように振り回した。
かなりの力を込めていたせいか、その兵士は胴体が二つに別れどこかへと飛んでいったが、それを気にするよりも美咲へと近付き、顔を近づけた。
美咲は、辛うじて息はしていたがかなり弱弱しく、身体のいたるところが痛めつけられていた。
レオは美咲を確認すると、内から湧き出てくる衝動を抑えきれぬと、大きく、大きく吠えた。
「グゥオオオオオオオオオオオオオ!!」
その目に浮かぶのは憤怒、憎悪、殺意。
自らの最愛の人をここまで傷めつけた存在を打ち滅ぼさんと、手当たり次第に近くの兵士へと飛びかかり始めるのだった。
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