第57話 天使降臨

 智貴たちが聖域に閉じ込められていた時、一方で健司たちは一進一退の攻防を繰り返していた。

 始めは、前回よりかは人数が増えているとはいえ、それは自分たちもレオがいることで同じ条件、しかも一度は勝った相手だからと少し驕っていたのかもしれない。


 攻撃においては後一歩踏み込めたら、防御に置いては間一髪、と表現されるようなことが多くなっていたのだ。

 いや、正確にはレオがいなかったら既に健司と美咲は地に伏していただろう。

 実際には何度も何度もこれで終わり、という場面があったのだが、その度に超人的な反応を示すレオが何とか引き寄せて、そのおかげで間一髪、という瞬間が多かったのだ。


 そして今も、健司が踏み込んでしまって、ゴードンの振るう剣の餌食になろうとしたところで、レオが自分の爪で迎撃してくれたのだ。


「レオ、すまん!」


 レオに声を掛けつつ、今のうちに健司はゴードンへと刀を振るうが、ゴードンは予期していたかのように後ろへと避けていた。


「やばいな……一人でも厄介なのに、そんなのが三人、正直今のままじゃ勝てる気がしねえぞ……?」


「そうね、レオのおかげで負けることだけはまだ避けていられるけど、それがいつまでもつのか分からないし」


 健司たちは、どのようにこの戦いに勝つのかを相談しようとしていたが、そんな隙は与えないと、まだ距離を取っていたはずのアリシアが断続的に魔法を連射してきていた。


「っち!」


 ひとまずはその魔法を避けると、その間に接近していたゴードンとアスターを、レオと健司で何とか抑えようと対峙した。

 しかし、レオは何とかアスターの相手を務めていたが、健司は目に見えて押されていた。


(ヤバイ、素の強さで行ったら圧倒的に負けてる、マモンの力を使おうにも何故か全く力を奪えてる感じがしない、レオはアスターと、美咲はアリシアと戦ってるから助けも期待できない、やばい、本当に負ける……!?)


 何とか、致命傷になりそうな攻撃だけ避けていたが、細かい傷は徐々に体に増えていき、息も切れてきた時だった。


「むっ!?」


 足をもつれさせて健司は地面に倒れてしまった。

 まさに怪我の功名なのか、転んだおかげで首元へと向けて横薙ぎに振るわれていた剣を避けることになったが、しかしすぐにゴードンは剣を持ち直すと、まだ倒れた姿勢のままの健司へと向かって剣を振り下ろしてきた。

 流石に避けられない、と刀を振り上げて身を守ろうとした時、健司の右側から火の玉が飛んできた。

 ゴードンは振り下ろそうとしていた手を止めると後ろに大きく飛んで火の玉を避けた。


 慌ててそちらに目を向けると、いつの間にか健司のすぐ傍にグラナードが立っていた。


「よう健司、無事か?」


「なんとかな……ありがとうグラナード、正直助かった。それより、なんでここに?」


「ん? ああ、どうやらピンチっぽかったからな。折角出来た友人が死ぬのは嫌だし、助けに来たんだ」


「なるほど……。ありがたい、グラナードが加わってくれるなら、少しは楽になりそうだ」


 グラナードが座り込んでいる健司に差し伸べてくれた手を掴み、起こしてもらいながら健司はそう口にした。


「それで、どうする? まずは目の前の男を二人がかりで倒すか? それとも一回集まって、四人で連携するか?」


 これからどうする、と聞いてくるグラナードに、健司は少し考えるとすぐに口を開いた。


「いや、四人で連携するのは慣れてないしやめておこう。ゴードンを俺とグラナードで早く倒して、各個撃破していった方が安全だと思う」


「そうだな、じゃあ、さっさとやろうか。俺とお前ならあんな奴すぐに蹴散らせるさ!」


 健司は先ほどまで劣勢だったこともあり、二人がかりでも勝てるのか自信は無かったが、元気にそう叫んでいるグラナードを見ていて、どこからか自分も元気が湧いてくるような気がしていた。


「よし! やるか! レオ、美咲! 少しの間頑張ってくれ、すぐに行く!」


 健司はそう叫ぶと、グラナードと共にゴードンへと向けて走り出すのだった。





 健司の声を聞いて、レオと美咲ももう少しは踏ん張ろう、と少し元気を出していた。

 しかし、レオは持ち前の運動能力でアスターと拮抗した戦いを繰り広げていたのに対し、美咲はアリシアに対して何の有効打も与えられず、むしろ自身の身体に徐々に増えていく傷を見て、歯噛みするような思いを感じていた。


 とはいえ、勝つことが目的ではなく、時間が経てばいずれ健司たちが来てくれるだろうと信じて、致命傷と、動きを阻害するような傷だけは負わないように逃げ回っていた。


「……流石に私だけでは貴女を倒しきるのは厳しいわね。何とか私の力だけでリベンジを果たしたかったのだけれど。でも、流石にゴードンも二対一では限界があるでしょうし、時間の問題、仕方ないわね……。


 アリシアが急に口を開いて、何かを呟き始めたので警戒して言葉を聞いていた美咲は、アリシアの言葉を聞いて不思議に思った。

 今のままなら、いずれ負けるのは自分だろう、健司たちが助けに来るまで耐えればいいとはいえ、正直なところ徐々に追い詰められているのは自分なのだから、ここから一気呵成に攻撃されると思っていたのだ。

 それが、急にアリシアの諦める発言である、驚くな、と言った方が無理な話であっただろう。

 しかし、その直後、美咲はもっと驚くことになるのだった。


 アリシアが急に自分の腕を剣で切り付けたのだ。

 切り付けられた手首からはかなりの勢いで血が出てきて、美咲があっけに取られているうちにもアリシアの顔色は血が抜けて徐々に悪くなっていった。


「……この程度流せばいいでしょ? ……我が血を捧げます、力をお貸しください、幻影の支配者ラミエル


 アリシアがそう呟くと同時に、いきなり周囲が暗くなってきた。

 空を見上げると真っ黒な雲が、それまでは見えていた太陽を隠しきり、時折雷光が光るようになっていた。

 ついにアリシアを影が覆い隠したと同時に、一筋の稲妻がアリシア向けて落ちた。


 間近に落ちて来た雷の衝撃に大地が震え、余波の電気が辺りを覆う中、雷の直撃したはずのアリシアは、何も無かったように平然と動き始めた。

 そして、美咲を視界に捉えると何かを確認するように頷き、口を開いた。


「なるほど、久方ぶりに私が下ろされるから何事かと思えば……レヴィアタンか、今度という今度は覚悟は良いな?」


 口調の変わったアリシアに美咲が困惑していると、レヴィアタンが話し始めた。


『美咲、アレはまずいわ。自らの命、血を代償にラミエルを降臨させて来た。流石に今の美咲がアレに勝つには、厳しいわよ。何とか逃げなさい!』


「さて、女。覚悟は良いな? 悪魔の力を使っているのだから、我ら天使に滅されても文句はあるまい?」


 ラミエルはそう言うと美咲に対して攻撃を開始したのだった。

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