第56話 聖域side智貴 そして……
マーリスがセシリアと対峙している間、アンリとアンネの相手を任された智貴たちは、かなりの苦戦を強いられていた。
聖域の影響で身体が重く、魔力も上手く扱えず、そしてルシファーの力も抑制されているのに対し、アンリとアンネは羽でも生えているかのように軽い動きと、息をするかのように魔法を放ってくることで、数の上ではこちらが勝っているはずの智貴たちは終始翻弄されていた。
唯一助かったのは、ゴランの耐久性までは影響がなかったので、フレアはゴランの陰に隠れて魔法を使えることだったが、それでもじりじりと身体に増えていく傷を見て、あまり冷静なままではいられなかった。
(このままだと、マーリスたちが間に合わなかったらじり貧になるだけ、何か手は無いのか!?)
何とか打開策を考えてはいるものの、焦りながらの思考ではなかなか良い方法は浮かばず、それが徐々に智貴を追い詰めていた。
そして、追い詰められたままの状態で智貴は動いた、動いてしまった。
それまでは、アンリとアンネの攻撃を耐え忍んでいたからこそ拮抗していたのに、智貴はついに自分から攻撃に出てしまったのだ。
連撃を終えて一度智貴たちから距離を取っていたアンリに、智貴は自分から突っ込んでいってしまった。
一瞬、アンリとアンネは虚を突かれた表情をしていたものの、すぐに立ち直ると、智貴に向かって二人がかりで飛びかかってきた。
(あ、やば……死んだかも)
そして、気が付いた時にはアンリ、アンネが手に握っている短剣が、左右から首筋向けて振られているのを見て、ようやく自分が失敗したことに気が付いた。
「ふんっ!」
「煉獄!」
しかし、その短剣が智貴へと到達することは無かった。
即座に近付いてきていたゴランに腕を掴まれて後方へと引っ張られて、智貴の目の前を空しく空振りするだけにとどまったのだ。
そして短剣を外して不安定な姿勢になっているアンリとアンネに向けて、フレアが急ぎ構築した広範囲魔法によって、距離を取ることに成功した。
「この馬鹿! 一人で突っ込んで何が出来る! 俺様たちが間に合わなかったら死んでたんだぞ!? 俺様たちがやることは何が何でもあいつらを倒すことじゃねえ、マーリス様達が聖域を崩すまで時間を稼げば勝ちなんだぞ!? それを、貴様が一人で突っ込むせいで俺様は無駄な魔力を使うことになり、ゴランも無駄な負傷を負うことになった! もっと考えてから動きやがれ!」
「っ! ……すまなかった、焦って周りが見えていなかった。ゴランも、申し訳ない」
「この程度の傷ならすぐに治るから気にするな」
ゴランが自分の所為で傷を負った、という事まで認識してようやく智貴も自分が焦りすぎていたことを認識出来た。
おかげで一度落ち着く時間が取れたことで、素直にフレアの言葉が頭に入ってきて、戦況を確認し始めた。
「ありがとう……。それで、今はフレアの魔法で足止めできているのはいいんだが、どれぐらい足止めできそうだ?」
「……限界まで魔力を絞れば、十分程度は出来るだろうけど、後のことも考えて、出来るだけ短時間にとどめたい。この魔法は、魔力をとんでもなく使うからな……魔力を使い切ったら、悔しいが何も出来なくなってしまうだろうしな」
「そうか……。それなら、準備が整ったら魔法を解除して、しばらくは牽制程度に抑えて魔力の回復をしててくれ。回復したら、もう一度魔法を使って、出来るだけ時間を稼ごう」
「……そうだな、ゴランには負担をかけることになるが、任せるぜ」
「任された。それでは、しばらくは我が身体であの双子を受け止め、智貴とフレアで出来そうなら隙をついてしとめる、これでいいか?」
「「応」」
今一度の作戦会議が終わり、ゴランと智貴が準備を終えたタイミングで、フレアが魔法を解いた。
「あれ? 折角の魔法だったのに解除してよかったの?」
「あのままでも問題は無かったけどね」
「正直、あの程度なら何とかなるけど、熱いのには変わらないし」
「消してくれたのは私たちとしてはありがたいけど」
「でも、そろそろ限界じゃない?」
「さっきの魔法もそんなに威力があるようには思えなかったし」
「「そろそろ、諦めてもいいんじゃない?」」
「……諦めるわけないだろ。マーリスたちも今頑張ってるんだ、それが終わるまではなんとしても食らいついてやる」
「「……じゃあ、死ね」」
双子の問いに、智貴が代表して答えると、余裕の表情をしていた双子は急に真顔になると声を揃えて口を開いた。
そして言い終わると同時に、再び攻撃を再開してきた。
智貴たちはその姿を見て覚悟を決め、双子へと再び相対するのであった。
その頃、城内で戦場にも智貴たちの所にも行かず、革命の最終段階へと入っていたルーカスは、ついに事前に潜ませておいた手勢を城内へと招き入れて、動き出そうとしていた。
「それではお前たち、時は満ちた。後は皇帝の首を取る、行くぞ!」
ルーカスが大きく声を掛けると、その場にいた者たちはそれぞれ、自らに与えられた役割を果たさんと動き出した。
ルーカスは、自分についてくるものたち以外の、別の場所でそれぞれ仕事のあるものたちが配置に向かうのを確認してから動き出そうとしていた。
「ルーカス兄、やはり貴方は敵でしたか」
その刹那、背後から掛けられた声にルーカスが手に持っていた短剣を声のした方向へと投げながら、距離をとり声の主を確認せんと顔をそちらに向けた。
「……リックか。何となく、僕の前に立ちふさがるなら君だと思っていたよ。家族の中で最も僕に対して警戒していたからね」
ルーカスが視線を向けたその先には、自分の家族の末の弟、リックが血に濡れた剣を下げてこちらを向いていた。
先程ルーカスが投げた短剣はどこへ、と視線をさまよわせると、リックが口を開いた。
「兄上、お探しのものはこれですか?」
リックは手に持っていた短剣をルーカスへと見せると、間髪置かずにルーカスへと投げて来た。
ルーカスは少し驚きつつも何とか躱し、姿勢を戻すとリックへと向けて口を開いた。
「それで、いつから気が付いていたのかな? 自分で言うのもなんだけど、かなり上手く隠しながら行動してきたと思っていたんだけどな」
リックは、ルーカスの疑問を聞くと何でもないことのように話し始めた。
「気が付いたのは、本当に今さっきのことですよ。……怪しんでいたのは、ずっと前からでしたけどね。兄上は、他の兄上、姉上とはいつも見ている景色が違う、と幼き頃から思っていたのですよ。それが、何を見ているのか明確に分かったのは、先日のエルフの集落へと攻め入った時でしたけどね。……まさか、それからあまり時間も経っていないのに、ここまで準備が出来ていたとは驚きましたが。そして、もしかしたら動き出すかもしれないと思い、戦場にも出ずに、セシリア姉の元へも行かずに兄上の後を追ってみたら、こんな状況だった。そういう事です」
「……なるほどね。それで、おそらく最後になるだろうから聞いておこう。リック、僕と共に行くつもりは無いかい? 僕は、今の腐った帝国を変えたい。そのためには一人でも多く賛同者が欲しい」
「……まさか、兄上に勧誘されるとは思ってもいませんでしたよ。そして、答えはノーです。正直、ルーカス兄のことは家族で一番好きですけど、それでも僕は今の帝国に不満は無いので、このままでもいいと思うのですよ」
リックの返答に、ルーカスは少し、寂しくなるのを感じた。
この革命がどういう結末を辿ったとしても、どちらかはおそらく死ぬことになるだろう。
そうなれば、今生の別れになる。
しかし、そんなことは革命を起こすと決めた時には覚悟していたことだった。
るーかすはすぐに気持ちを切り替えると、自らの腰に下げていた剣を鞘から抜いた。
「さて、リック、別れの時だ。せめて最期の時間を兄弟で過ごすとしようか」
「……そうですね。では兄上、行きます!」
リックもほんの一瞬悲しそうな顔をしたが、もう取り返しのつかないのだと分かっているのだろう、自分の剣をルーカスに向けて、走り出してきた。
それに対し、ルーカスも未練を捨て、リックへと走り出したのだった。
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