第61話 同調、そして破壊への道

 ソレはすぐに動き出した。

 いや、動いたというのも違うのかもしれない、女、美咲自体は動いていなかったのだから。

 だが、美咲が纏っていた黒いモヤのような、オーラのようなものが急激に周囲へと広がっていったのだ。


 黒いモヤは、戦場を埋め尽くすほどに広がると、すぐに消え去ってしまった。

 モヤが消えてすぐ、その場にいた兵士たちはすぐに動き出した。

 何があったのか分からないまでも、あの不気味な存在を一刻も早く排除しなければいけない、との強迫観念に襲われて。



 しかし、彼らの行動は、結果へとつながることは無かった。


「ぐふっ!?」

「あああああああああああ!?」

「痛い、痛いいいい!?」


 急に、それまでは普通に立っていた全員が、急激に身体を襲う激痛に襲われ始めたのだ。

 その症状は様々で、身体中に細かい傷が走り血まみれになっているもの、腕や足があり得ない方向へと曲がっているものなど、全く同じ怪我をしているものはいないまでも、全員に共通してこれ以上激しく動けないほど苦しんでいた。


 それは、敵味方関係なく全ての存在に平等に降りかかっていた、ただ一人を除いて。


「美咲さん!? どうしたんですか!?」


 ただ一人、苦しんではいなかった健司は、様子の変わっている美咲へと近づこうと重い身体を何とか動かして美咲のいる場所へと歩いて行った。


『……まだ動けるのがいるのね……。私以外に、私よりも自由に、強くいるなんて、許せない……!』


 しかし、は、美咲の姿をした存在はうつろな目をしたまま健司を視界に捉えると何かを呟き、ゆらりとした動きで健司へと向き直った。


『っまずい! 健司、構えろ!』


 その目を見て、健司に何か悪寒とでも言うような感覚が訪れるのと同時に、マモンから焦ったような声が聞こえて来た。

 反射的に構えた健司に、ソレはゆっくりと腕を振るった。

 すると、いつの間に握っていたのか、美咲の鞭が高速で健司へと襲い掛かって来た。


「くっ!? どういうことだ!? 美咲さんは今どうなってるんだ!?」


 瞬時に構えていたことで間一髪、鞭を回避できた健司はつい、そう叫んでいた。


『今、あの女は嫉妬に呑まれている、いや、呑まれ始めている、が正解か? それによって今、限定的ながらもレヴィアタンが現界して、極限まで力を引き出されている……。その力を自分で抑制出来ていればよかったんだが、おそらくあの状態だと我を失って、膨大な力で暴れるだけの存在になっている。おそらく、かなりの深度でレヴィアタンと同調したんだろう、今も健司にだけは影響がないように俺が抑えていられるが、このままなら俺にもどうしようもねえぞ……』


「同調して力が引き出せるなら、俺もマモンと同調したらアレを抑えられるのか!?」


『……理論的には可能だが、やめておいた方がいいぞ。悪魔と同調するというのは、お前自身にもだが、周囲への影響が大きい。それをいきなりやっても、お前も暴走することになるだけだろうよ。正直、このままあの女を放置して、時間切れになるのを待つのが一番楽に事が終わる』


「……その場合、美咲さんはどうなる? これだけの力で暴れて、何も無いことは無いだろう?」


『当然だな。死にはしないまでも、身体にも負担はかかる上、悪魔と同調してその精神がまともなままでいられるわけもない。最悪、精神が壊れてただ生きるだけの存在になるだろうな。……そこまで言ったら、いっそ死んだ方が楽だろうがな』


 絶えず襲ってくる鞭の猛攻をしのぎながら、マモンの話を聞き終えた健司は、ついに一つの結論を出した。


「……それなら、俺もマモンと同調する。そして、出来るだけ早く美咲さんを元に戻す、もしくは気絶させて、一度落ち着かせて、俺の同調も解く。これなら一番被害は少なく済むだろ? だから、どうしたら同調できるのか、教えてくれ!」


『……それがお前の出した結論なら、それでもいいだろう。よく聞けよ? ……』


 そして、健司は美咲を抑え込むため、マモンとの同調を始めるのだった。







「見つけた! ここから巻き返すぞ!」


 時を同じくして、マーリスとムーナはついに聖域の突破口を見出していた。

 セシリアの扱う聖域は、通常の物とは違い、空間魔法の得意なセシリアならでは、とでも言えるようなものとなっていて、存在している時空が、元の世界とは異なっていた。

 言うならば、ヒトの住んでいる世界と魔界が違う摂理であるのと同じように、セシリアは新たな空間を作り出し、その内部を自分たちの都合の良い摂理で覆う事で聖域としていたのだ。

 故に、聖域を乗っ取ることをせずとも、世界を破壊することで聖域を突破することが可能、これがムーナの出した結論だった。


 当然、通常の聖域と同じように敵対しているマーリスたちへの阻害効果はあるので、簡単には出来ることではないのだが、それでも聖域を塗り替えて自分たちのフィールドとするよりかは可能性が高いと判断し、マーリスとムーナは世界を破壊することを暫定的に目標と定めた。

 その結論を、アンリ、アンネを相手取りながらも聞いていたフレアたちも聞いていたが、話を聞いただけではむしろ絶望するような気持ちになっていた。

 何故ならば……


「そうは言っても、世界を壊すって何したらいいんだよ!? 何を攻撃したらいいのか、全く分かんねえんだけど!?」

「確かに、形あるものならば我が殴れば何とかなったかもしれませぬが……流石に世界ともなると、何を殴ればいいのか、見当もつかぬ。我はお手上げですな」


 フレアとゴランの言う通り、形ある物体に対してはかなりの破壊力を誇る二人でも、形の無い、世界といったような物を壊すことは、そもそもの話で何をしたらいいのか分からなかったからである。

 マーリスとムーナも二人が特に役に立たなさそうだというのは分かっていたのか、特に落胆した様子もなく淡々と話を進め始めた。


「フレアとゴランには、今まで通りそこの二人を抑えることに尽力してもらう。基本的には私とムーナ、それに智貴にも力を借りたいと思っている」


「え? 俺も? 俺はあんまり魔法得意じゃないんだけど……」


 そして、いきなり話に上がったことに智貴は驚いて聞き返した。


「当然だろう? 以前、私の魔法を破っただろう? 原理的にはあれと似ているだろうから、同じ要領、もしくは何かヒントが欲しいのだ」


「なるほど……確かにそうだな、やれるだけやってみよう……ただ、それだとフレアとゴランの負担が大きくなりそうじゃないか?」


 智貴がそう口にすると、フレアとゴランはすぐに口を開いた。


「あまり四天王を舐めるなよ? 確かに厳しくはなるかもしれないけど、しばらく抑えておくぐらい、訳は無い」

「ただ、おそらくかなり消耗することになるから、その後で負担がかかるかもしれないから、余力は残しておいてもらえると我らも助かるがな」


「……そうだな、それじゃあ、しばらくの間、任せた!」


 そしてついに、智貴たちは聖域を破るため行動を始めるのだった。

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