第45話 地獄を見るside智貴

 死んだ。生き返った。死んだ。生き返った。死んだ。生き返った。死んだ。生き返った。…………


 それから智貴は何度も殺され、生き返るのを繰り返した。

 ずっと同じ殺され方なら、いずれ慣れたのかもしれないが、ルシファーは同じ殺し方はせずに、無数の殺し方で智貴を延々と殺し続けた。

 途中からは、ただ殺されるだけでいてたまるか、となんとか避けようと動いたが、ルシファーはそれを全て読み切り、確実に智貴を殺し続けた。


 しばらくの後、智貴はいつの間にか殺されていないことにようやく気がついた。

 ルシファーが智貴を殺す事を一旦止めていたのだ。


「気がついたかァ?」


「……止まってたのか」


「一回休憩だ。このまま殺し続けても意味がねェ」


 一度休憩をはさんだことで、智貴は崩れ落ちてしまった。

 今は殺されないという事に、心の底から安堵したのだ。

 生き返っているとはいえ、実際には死んでいないとはいえ、死んだという感覚は身体に残っていて、そのことを思い出して身体が震えるのを抑えられずに身体から力が抜けてしまったのだ。


「早く何かを掴まないと、何も出来ずにここで過ごすだけだぞ? 仲間を助けに行くことも出来ずに、俺様にここで殺され続けるだけ。何も俺様に勝てと言ってる訳じゃないんだ、俺様が貴様を殺すから、死なないようにすればいいだけだ。……とはいっても、必ず殺すつもりでやっているのだから、貴様が力を使えないと死ぬだけだがな」


「……分かってる、けどまだもう少し休ませてくれ。流石に連続で殺され続けて、気が狂いそうだ」


「……仕方ねえなァ」




 休憩も終わり、訓練が再開してからもしばらく、状況は何も変わらずにルシファーは智貴を殺し続けた。

 智貴も抵抗することも出来ずに死んでいくだけだったが、少しは落ち着いてきたのかなんとか避けられないかと、何も出来ずに殺されていくだけではなく、ルシファーが何をして来るのかを読み切ろうとルシファーに集中していた。

 その甲斐もあってか、休憩前よりは確かにいい顔になってはいた。


 だが、


(そうじゃない……貴様如きに俺様が何をするのかを先読みしようだなんて出来るわけも無い。気概はいい、目もまだ死んでいない、だがそれでは何時まで経っても変わらない)


 ルシファーは智貴が何をしているのか分かったうえで、それが間違いだという事も知ったうえでアドバイスを出すことはしなかった。

 教えられただけで出来るほど、自分の権能を扱うことは易しいものではないと知っていたからだ。

 教えたところで出来るかどうか分からないなら、初めから自分で掴ませないと意味が無いと、それまではまだ智貴の精神を気遣ってゆっくりとしていた訓練をさらに苛烈なものにし始めた。


(果たしていつまで精神が持つのかだなァ。まあ、ダメだったらその時か)


 苛烈になった訓練で先ほどよりも凄惨な目の前を眺めながら、ルシファーは無駄な考えを止めて智貴をしっかりと視るのだった。




 休憩が終わって訓練が再開してから、智貴は何とかルシファーとその周囲、更に自分の変化を見逃さないようにして、反応できるように構えていた。

 しかし、方法が違うのか、変化に気が付いたところでそれを回避することは出来ずに、分かるのは自分が死んでいくという、変わりない未来が見えるのみだった。


 しかし、それを続けていくうちに、智貴は些細な、本当に僅かなことだったが、未来が見えるようになってきていた。

 ……それでも自分が死ぬ光景には変わりないのだが。


 とはいっても、それまでは自分が死ぬ方法も分からずに死んでから分かっていたことが分かるようになって、少しだけ心に余裕が出来るようになってきていた。

 そして頭の中を流れていくのは、梓達のことだった。

 今どうなっているのか分からない、捕まってしまった梓達、協力を得るためにそれぞれ獣人と龍人の元へと向かっていった美咲と健司のことだった。


(クソ、俺だけこんなところで足踏みしてる暇なんて無いんだ……! なんで俺だけこんなところで何度も死んでなきゃいけないんだ!?)


 智貴が心の中でそんなことを考えながら次の死に襲われた時、それまでとは何か違う感覚を感じた。


(今、これまでの死とは何か違う感じが……これまでと比べてやけに弱くなかったか……?)


 その様子をルシファーも視ていて、ようやく進歩があったことに顔を緩ませていたのだが、今の感覚に思考を取られいた智貴には気付く余裕は無かった。


 とはいえ、ほんの一度、何か違和感を感じた程度では何か分かる訳も無く、それからまた、何度も殺され続けた。



 そして、ようやくその時が来た。


「げほっ! ごほっ!」


 身体にかなりの重傷を負い、激しく咳き込みながらも智貴はついに死なずにその場に立っていた。


「……よくやった。ついに今成しえたその力が、俺様の権能の一つ、だ」


「……虚飾?」


「そうだ。傲慢の一つの側面としても力だ。傲慢とは、己が誰よりも優れている、他の何者にも劣らない、という事。虚飾はその中で、他の事象における、自分に不都合であることを覆す力だ。己の望まぬことならばそれを認めない、その力で、貴様は自分が死ぬ、という未来を否定して今生き延びた。その力を使えば、ひとまずはここから向けだすことが出来るだろうよ」


「……なるほど。つまり、俺を殺していたのも、生き返らせていたのもその力か」


「そうだ。別の力でも貴様程度を殺すことは容易いことだったが、どうせなら今、身に付けようとした力を目の前で見せたほうが分かりやすいだろう?」


「……そうだな、おかげで何とか少し分かった気がする」


「ああ。だが、あまりその力を過信するなよ? 使えるようになったとはいえ、貴様は今、何とか死ぬ、という結果のみを否定できただけだ。本来なら傷も負わずに立っていられた。それに、自分でもわかっているだろうが、精神への負担が大きいから、一度使うとかなりの隙が出来ると思ったほうがいい。今は精神体だから軽く済んでいるだろうが、現実で使えば、ここでの反動が可愛く思えるようになるだろうよ。……さて、話はこれで終わりだ。早く目を覚まして、元の世界へと戻れ」


 そうして、何とか権能を手に入れた智貴は疲れ果てたまま、夢の世界から現実へと、魔界へと戻ったのだった。



「よし、準備は出来た。早速魔界から出るとしよう」


『そうだなァ、ここに居てもいいことなど、貴様には何も無いのだから、急いだほうがいいだろうなァ』


「……? まあいいやとりあえず、早く出ていこう」


 ルシファーの言葉に少し引っかかることはあったが、智貴は特に気にすることも無く、新しく手に入れた虚飾を使って、魔界から出ていったのだった。




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『貴方、ついにやらかしたわね……?』


 彼女は、目の前で尊大そうに座っている相手に、呆れたような目を向けながら声を掛けた。


『アァ? なんだよ、俺様が悪いかのような言い方をしやがって。それに、アレは不可抗力だろォ? あの状況をどうにかするなら、アレしかなかった』


『……そうね、その通りだわ。けれど、貴方ならもう少し上手く出来たはずよ? 何故、あの方法を選んだの? 気が付いていないわけじゃないでしょう? どんな影響が出たのか』


『……もちろん、俺様に分からないことなどあるはずがないからな』


『そのうえで、そんな態度をとっているのね……。ホントに呆れたわ。あの子は私の相棒の番なのよ? 壊れないように気を付けて頂戴』


『ふん、俺様に命令とは、貴様も偉くなったものだな? まあいい、壊れないようにだけは気を付けてやるよ。俺様もあいつのことは気に入っているからな』


『……はぁ。偉そうなのはどっちよ、あんまりふざけているようなら、私にも考えがあるのよ?』


『……ククク、分かってるとも。俺様とは言え、貴様を無傷では倒せんからな。少しは遊ぶのは控えるさ』


 そう言って、椅子に座っていた相手はいつの間にか消えていた。

 その様子を見て、ため息を吐きながら彼女もいつの間にかその場から消えていったのだった。

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