第10話 無自覚の目覚め

 智貴が目を覚ますと、そこには真っ白な天井があった。


「……これは知らない天井だ、って言ったほうがいいのか……?」


 そんな馬鹿なことを呟くと、誰かが傍にいたようで、ため息をつく音が聞こえた。


「そんなことを言うってことは、元気はありそうね」


 声が聞こえた方を向くと、リリーが呆れたような、こちらを気にするような顔を向けていた。


「それで、身体はどう? 一応すぐに回復魔法をかけたから怪我は無いと思うけど、治療に体力を持ってかれてるはずだから、身体が怠いのは我慢して頂戴」


 言われて身体の調子を見てみると、確かに痛みは特に感じずに少し身体が重いぐらいで他におかしなところは無さそうであった。

 そのことを伝えると、リリーは問題ないことを確認するためだけにいたのか、一日は安静にするように言ってさっさと部屋を出て行ってしまった。


(……あ、お礼を言うの忘れてたな。まあ、どうせ訓練の時に会うだろうし、その時に改めて言うか)


 感謝の言葉を伝え忘れたが、後日伝えることにして今はもう一度眠ろうと思って布団をかぶろうとした時に、何か違和感を感じた。

 布団が引っ張られるような、少し重いような感覚がして見てみると、布団の端に梓がいた。

 梓も疲れていたのか寝てはいるが、起きたときに備えていたのか果物や水などが用意されていて、智貴は嬉しい気持ちになった。

 しかし、そのまま寝かせておくのは悪い気がしたので、梓を起こすことにした。


「梓、起きて」


 声をかけながら揺り動かしていると、少しまだ眠そうにしながら身体を起こした。

 まだ頭が働いていないのかトロンとした目を智貴に向けて、こちらを眺めてくる梓を見て、


(やっぱ可愛いな……抱きしめたいな……)


 そんなことを考えて智貴も呆けていた。

 すると、智貴が呆けているうちに頭が冴えてきたのか、梓が抱き着いてきた。


「智貴! 良かった、怪我していきなり倒れるから心配したんだよ……全然起きなかったし……ぐすっ」


 抱き着かれていて梓の顔は見えなかったが、身体を震わせて泣いているようで、心配をかけてしまったことに申し訳なく思いながら、背中を撫でて落ち着かせて智貴が倒れてからどうなったのかを聞くことにした。



「そっか、他に怪我する人いなかったみたいで安心したよ……」


 話を聞いて、他に誰も怪我することも無く終われたことを聞き、智貴はひとまず安心した。

 智貴が倒れてから、他の全員で残りのコボルトを倒し終わってから、駆け付けてきていたハロルドとリリーに回復魔法をかけられて訓練は中断、そのまま帰ってきたらしい。


「それにしても、俺だけ怪我したのか……もっと訓練して怪我しないようにしなきゃな」


「そうだね、もう怪我しないでよ……大丈夫ってリリーさんに言われたけど、もう起きないのかと思って怖かったんだから……」


「ごめんな……もう怪我しないようにするから」


「うん……」


 そのまま梓の背中を撫でて落ち着かせていると、梓は泣きつかれたのか寝息を立て始めてしまったので、自分が寝ていたベッドに横にして、一緒に寝ることにした。

 照明を消して智貴もベッドに入り、横で眠る梓の寝顔を眺めながら、智貴は明日からはより訓練に励むことにすると決意をして、目を閉じるのだった。




 翌日、智貴は一応様子見でその日の訓練に参加させてもらえなかったので、それなら今日は一日図書館に籠ろうと考えて部屋を出ようとした時だった。

 部屋の外から扉をたたく音に気付き、扉を開けるとそこにはルーカスがいた。


「やあ、怪我をしたって聞いてきてみたけど、案外元気そうだね?」


「ああ、来てくれたのか。心配かけて悪かった、おかげさまでもう元気だよ」


「それなら良かった、ところで本題に入りたいんだけど……ちょっといいかな?」


 真剣な顔でルーカスがそう言うので、大事な話なのだろうと思い部屋に入って話を聞くことにした。

 部屋に入り、ソファに対面して座り、ルーカスが口を開くのを待った。


「それで本題なんだけど、僕からの話じゃなくて、皇帝からの連絡で僕はメッセンジャーになっただけなんだけど、来週に隣国に嫁いでいった僕の姉さんが帰国することになったんだ。それで、まだ智貴たちと顔を合わせていない皇族、つまりは僕の家族たちと顔合わせのために食事会でも開こうって言ってるんだけど、どうかな? まあ、どう、って言っても顔合わせは必要だからしなきゃいけないんだけど。食事会が嫌なら別の形になるだけで」


「ああ、なるほど。俺は別に食事会でも構わないからいいんだけど、他のやつらにも聞かなきゃだよな。今からルーカスが聞きに行くのか?」


「いや、そうしたいところなんだけど、僕もこれから公務をしなきゃいけないから、そんな時間が無いんだよね……全員いたら話が早かったんだけど」


「ああ、そうなのか。じゃあ、俺に聞いといてくれってことかな?」


「悪いけど、頼めるかな? また後でどうだったか聞きに来るからさ」


「分かった。じゃあ、また後でな」


 ルーカスは本当に忙しいのか、それだけ話すとすぐに戻っていってしまった。


「さて……じゃあ、図書館に行く前に皆に聞いてみるか」


 そう独り言を呟いて、おそらく今は訓練しているだろう皆のところへと向かった。




 そしてその日の夜、晩御飯を食べた後にもう一度図書館へと来て、昨日倒れた後に見た夢に出てきた相手が何なのか分かる資料は無いか調べていた。


「智貴、こっちにいたのか」


 そう声をかけられて顔を上げるとルーカスがこちらに近付いてきていた。


「ああ、ごめん。もうそんな時間だったか」


「いや、構わないよ。どうせこちらにも来たかったところだ」


「それなら良かった。それで、食事会に関してだけど、皆、食事会でいいらしい」


「そうか、それは良かったよ」


 そう言ってルーカスも椅子に座ると持っていた本を開いて読み始めた。

 智貴も調べ物の続きをしようと書物に目を戻そうとして、ふと、ルーカスなら何か知っていないだろうか、と思った。

 智貴よりも長くこの図書館を使っていて、知識も豊富なルーカスなら手がかりぐらいは教えてもらえるのでは、と思ったのだ。

 そして、ルーカスに聞こうとしてルーカスの方を向いて声をかけようとして、声を出すことが出来なかった。

 声を出そうとした時に何か寒気を感じたのだ。

 何故なのかは分からないが、ルーカスに、いや、自分たち以外の物に伝えてはいけない、と感じた。

 聞いてしまったら危ない、と頭のどこかでそう叫ぶ声が聞こえた気がした。

 寒気が強烈になってきて、さすがに諦めることにして、その日はそのまま部屋に戻ることにした。



 部屋に戻りベッドに入ってから、どっと汗が出てきた。


(あの時の寒気は何だったんだ……あの野郎が邪魔してきたのか……?)


 そう考えながら、智貴は変な疲労感に襲われてそのまま眠りに落ちるのだった。

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