天道流居合抜刀術 修羅の型

『くっ。派手にやってくれたな…。』


体全体が痺れて動けない。

しかし、早く戻らねば。

ハナビとグラースが獣に食い殺されてしまう。


動け!動け!動け!


『よし、少しずつなら体が動かせる。』


拙者は力の入りきらぬ足と刀を使って

なんとか立ち上がる。


『二人はどうだ?』


吹き飛ばされた方を見やると、

ハナビがグラースの体を揺すっていた。


『早く向かわねば。』


まだ痺れの残る体を引きずり二人の元へと向かう。


(グラースのやつ獣を前にしてうつつを捉えることが

出来なくなったか。無理もない。)


一歩、また一歩。歩は遅くとも近づいてゆく。


(頰をぶつ事により虚無になったグラースの精神を

無理やり引き戻したか。

さすが、ハナビだ。)


確実に二人の元へ近づいている。

だが拙者は気付いていた。

このままでは間に合わない。


『くっ!ハナビ…!』


拙者の目に、

胴を締め付けられ、痛みにもがくハナビの姿が映る。

グラースはただ、無力に涙を流している。


捨て置いても誰も責める者がいないのにも

かかわらず、拙者を救ってくれた恩人。


そしてその恩人のため、

命を賭けて共をする事を

選んだ友人。


拙者はどちらも守りたい。

そのためならばこの命、賭ける意味がある。


せんせい。申し訳ありません。

師と交わした約束、

果たせそうにありません。

弟子が先に逝く事をお許しください。

ですが、後悔はありません。

これが人として一番の死に様ですから。)


拙者は刀を鞘に収め

腰を落として居合の態勢をとる。


これは人の道を外れし限界を超えた技。

まさに修羅。


拙者の目はもう獣しか捉えていなかった。

色も、音も、血も、肉も、心も。

何もかもを捨て、ただこの一太刀に込める。



『天道流居合抜刀術 修羅の型 終極 賭命葬とめいそう。』



足に力を込め、大地を蹴飛ばすと

先程獣に吹き飛ばされた時よりも数段速く、拙者の体が弾かれる。

そしてそれと同時に体の至る所から鮮血が溢れ出ていく。


『………ッ!』


体を赤く染め上げながら

みるみる内に獣との距離を縮める。


拙者は鞘から刀を引き抜くと獣を一閃。

毛むくじゃらの獣の胴は紙切れのように容易く裂けていった。


そのまま勢い余った拙者の身体はさらに前へと進む。

あっという間に二人と獣を超え、

拙者は湖の中へと吸い込まれた。


拙者の重さで身体は水底へと沈んでいく。

意識が途絶えそうになる中、

最後に見えたのは拙者の元へとやって来る二つの影だった…。

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