ウォータサイド

『うわぁ!広いねー!』


水の匂いがすると言っていたシオンちゃんに

連れられ、進むとそこは大きな湖だった。


『私の村より、広いかも。』


『こ、ここならきっとパナシアが咲いてますっ。』


『うんうん!だよね!それじゃ、さっそく探そーう!』


『は、はい!』


『うむ。』


水辺に咲く花なので湖の形に添いながら

三人ひとかたまりで

進む。


私とグラースちゃんはパナシアを探し、

シオンちゃんは周りを警戒。


それぞれ役割を全うしながらしばらく進んでいると

勢いよく水の落ちる音が聞こえて来た。


『見て見て!シオンちゃん、グラースちゃん。

大きな滝があるよ!』


『ほ、ほんとですね。森の木々なんか目じゃないくらい大きい…。』


『滝行を思い出す…。』


私たちが滝の壮大さに圧倒されていると、

ふと、滝の水が落ちて来ている所の

すぐそばにある

岩場に、赤い花のようなものが見えた。


『ねぇ。グラースちゃん。もしかしてあれパナシアかな?』


『え?どこですか?』


『あそこだよ。滝が落ちて来ている場所の近くの岩場に生えてる

赤いやつ。』


『そ、そうかもしれないですっ。

行って見ましょう。』


『まて、拙者が先頭を行く。獣が出るかもしれない。』


『うん。ありがと。頼りにしてるよ、シオンちゃん。』


『うむ。』


私とグラースちゃんはシオンちゃんの

小さくて頼もしい背中の後ろをついていく。


滝の水飛沫が大音量で響いてくる。

だいぶ近づいて来た。

この距離からならはっきりとわかる。

赤い花だ。

血のように真っ赤な花。

それが一輪だけ岩に突き刺さっていた。


『グラースちゃん。どう?』


『間違いないです。あれ、パナシアです!』


『やったぁ!』


私は嬉しさのあまり、グラースちゃんの手を取って

跳ねた。


けれど、グラースちゃんは一緒に跳ねてくれなかった。

というか、喜んでもいない。


…私の頭上を見上げて顔を強張らせている。


嫌な予感がする。

だって今は時間的にはお昼になったかそのくらい。

さっきは森の木のせいで薄暗かったけれど、今は木から離れた湖の近く。

当然、お日様を遮るものが存在しないので

私たちは照らされているはずなのに、なぜか周りが暗い。


グラースちゃんの後ろに広がる湖に大きな影が見える。

私が恐る恐る振り向くと、

そこには腕を六本も生やした

毛むくじゃらの二足で立つ獣が、

口から涎を垂らしていた。


『〜〜〜〜ッ!』


私の上げた悲鳴は声にはならなかった。

だけど隣にいたシオンちゃんはすぐに私たちの前に出てくれた。


『すまない。気配に全く気付かなかった。』


そう言いながら腰の刀を握る。


『はっ!』


シオンちゃんの短い掛け声が聞こえたと思ったら、

いつの間にか獣の一番下の右腕が斬り落とされていた。


『やった!すごい!シオンちゃん!』


『さ、さ、さすがです…。シオンさん。』


『うむ。』


獣は腕を切り落とされた痛みからか、呻き体をよろつかせた。

その隙を突くようにシオンちゃんが飛び上がり刀を振り下ろした。


だけど、聞こえて来たのは獣の悲鳴ではなく、

強い衝撃音だった。

私から見て左側、滝とは反対の方向に

何かが勢いよく飛んで行った。


『え?』


一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

でもすぐに気づく。

シオンちゃんが吹き飛ばされたんだ。


左側を向いたがシオンちゃんは見えない。

ただ、森の中にある天然の草垣に

穴が空いているのが見えたので

そこまでとばされている事は分かった。


『グラースちゃん。逃げよう。』


『………。』


グラースちゃんは涙を流して呆然と地面にへたり込んでいた。

目は虚空を見ているかのように焦点が合わない。


『グラースちゃん!逃げよう!このままじゃ私たち殺されちゃうよ!』


何度も呼びかけるが返事はない。

その間にもジリジリと獣との距離が詰まっていく。

…仕方ない。


『グラースちゃん!ごめん!』


私は勢いよく彼女の頰を引っ叩いた。

パシンッと甲高い音が響く。


『きゃっ!痛!』


『ごめんね!グラースちゃん。でも今は一大事だから後でまた謝るね。

早く逃げよう。ほら立って。』


『は、はい。』


私はグラースちゃんの手を取って駆け出す。

しかし、急に両横から物凄い圧力を体に感じた。


体中の骨がミシミシと音を立てている。

獣に胴体を掴まれたんだ。


まずいと思って抜け出そうとするも、

強く締め付けられていて、ビクともしない。


そして私は浮遊感に気付く。

どんどんと体が上へ上へと上がっていく。


『ま、まさ、か…。』


私の体はみるみると獣の頭を超えていく。

この獣、私を投げる気なんだ!

私はさっきよりも激しく体をよじらせて

必死に抵抗する。


しかし、そんな悪あがきが通用するはずもなく

獣は私を投げ飛ばす体制になっていた。


(ここまでかな…。

シオンちゃん、グラースちゃん。それからシズ。

ほんとにごめんね…。)



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