パナシア

赤星

パナシアを求めて

私は全速力で森を走りながら叫ぶ。


『はぁ、はぁ、シオンちゃん!たすけてー!』


『承知。』


私の声を聞いた目の前の女の子が短く呟いて

腰に付けている刀の柄を握った。


私は速度を緩めずにシオンちゃんを通り越した。

その後、間髪入れずに短い獣の悲鳴が聞こえてくる。


走るのをやめて振り向くと、私を追ってきていた

頭が四つくらいある四足歩行の獣は真っ二つに裂けていた。


『ありがとー。シオンちゃん。』


『用心棒を生業にしている身だ。

これぐらいは朝飯前。

あと、抱きつくのはやめろ。』


私を引き剥がしながらそう言うと、シオンちゃんは

笠という肩幅ほどの広さを持つ大きな帽子を

目が見えないくらい深く被った。


『もう、恥ずかしがりやさんだなぁ。シオンちゃんは。』


『それ以上からかうなら次は守ってやらないぞ。』


『えー。それは困る!ごめんね。シオンちゃん。』


『分かればいい。』


一区切りついたところで私は周囲を見渡しながら

シオンちゃんに問いかける。


『ねえ、グラースちゃんは?』


『グラースならそこの草陰に隠れてる。』


シオンちゃんが私の後ろの方を指差す。

その方向にある草垣の裏を見ると、

頭を抱えて震えている女の子がいた。


『グラースちゃん!もう大丈夫だよ!』


『きゃあー!…ってハナビ、さん?』


『ごめんね。驚かせちゃって。大丈夫?怪我とかない?』


『は、はい。特に怪我とかはしてないです。』


私は右手でグラースちゃんが起きるのを手伝いつつ

空いてる方で土埃を払ってあげた。


『ありがとうございます。』


『いいよ、いいよ。元はといえば獣に追いかけられた

私のせいだろうし。』


『いえ、違います。

私が弱気でトロくさいせいですよ。』


『いやいや、私がおっちょこちょいなせいだって。』


『いえ、私が…。』


そんな問答を続けていると後ろから声が聞こえる。


『おい、先に進まなくていいのか?』


『あ、そうだった!早くしないと日が暮れちゃう。』


シオンちゃんに指摘された私たちは急いで

彼女の方へと近寄った。


『お待たせ、シオンちゃん。』


『すみません。シオンさん。』


『うむ。』


シオンちゃんは一言だけ相槌を打つと

さっき私が逃げてきた方へと歩き始めた。


『私たちも行こう!』


『は、はい!』


私たち三人は自分の背丈よりも遥かに大きな木々の中を

進んでいく。


まだ午前中だっていうのに森の中は薄暗かった。


『パナシア、どこにあるのかな。

グラースちゃん。この森にあるのは間違いないんだよね?』


『はい!私の父が何度かこの森で採取した、と言ってました。』


『どの辺にあるとか言ってなかった?』


『い、いえ、何も。ごめんなさい。お力になれなくて。』


『いやいや、気にしないで。付いてきてくれただけでとっても嬉しいし。

グラースちゃんのおかげでパナシアの判別ができるんだもん。

むしろ私の方がごめんだよ。戦えないし知識もないからね。』


『そ、そんなことないです!妹さんのために危険な森に

入ろうとするなんて勇気がなかったら出来ませんよ。』


『ありがとー!グラースちゃん!

あーもうほんといい子だねグラースちゃんは!

ギュってしてあげるね!ギューッ!』


『わっぷ。

お、お胸で息が…。くるし…。』


私が胸にグラースちゃんを埋めていると

先頭を歩いていたシオンちゃんがいつの間にか近づいて来ていた。


『どうしたの?シオンちゃん。

あっ。もしかしてシオンちゃんも埋まりたいの?

もう、しょうがないなぁ。

いいよー。

はい、おいでおいでー。』


『違う。あと、お前はもう守ってやらん。』


『えー!ひどいよシオンちゃん!』


『そんなことより、この先で水の匂いがする。』


『え!?ほんと!?』


『うむ。』


『やったぁ!もしかしたらそこにパナシアがあるかも。

ね!グラースちゃん!』


そこには白目になって気絶している三つ編みおさげの女の子がいた。


『あっ、ごめん!

グラースちゃん!

しっかりしてー!

死んじゃだめぇ!』


私が必死に訴えかけながら肩を揺らすと

なんとか目を覚ましてくれた。

すごく、青い顔をしていたけれど

二本足で立てているし問題ないとはず。

…フラフラしてるけど。


………。


『ほんとにごめんね!グラースちゃん!』


私は体を綺麗に折り、

口と心で誠意いっぱい謝った。

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