神の意志

「……それで私が必死に祈りを捧げている間にあなたたちはイチャラブデートをしてきたという訳ですか」


 俺たちが神殿に戻ってくるとなぜかイリスはご機嫌斜めであった。

 せっかくまじめな調査をしてきたのに、あまりにあんまりな言いようなのでさすがに抗議する。


「俺たちもまじめに調査してたんだが? ていうかイチャラブどころかむしろ嫌な気持ちになったぐらいだ」

「その割に帰って来たときは満ち足りた雰囲気でしたが? 痴話喧嘩の話なんて聞きたくないです」


 神殿で祈りを捧げているのがよほど退屈だったのか、イリスは少し拗ねている


「違うって! 私たちの間にイチャラブ要素何て一ミリもなかった! これっぽっちも!」


 リアが珍しく声を荒げてイリスに迫る。それはそうなのだがそんなに念を押して否定されるとちょっと傷つく。


「本当ですか? 本当に一ミリもこれっぽっちもラブ的な雰囲気はなかったって言うんですか?」


 イリスがジト目で俺を見る。


「そ、そうだよ、なかったよ」


 俺は我慢して肯定する。するとなぜかリアがこちらを睨みつけてくる。何でだよ。お前がさっきそう言ったからこうなったんじゃねえか。


 という一連の流れが終わり、ようやくイリスは真面目な表情に戻る。


「こほん、失礼いたしました。それで何か収穫はありましたか?」

「まああったと言えばあったしなかったと言えばなかったが……」


 俺は村で聞いた内容を適宜端折りながら説明する。真相をそのまま告げても嫌な気持ちになるだけだろうし。


「なるほど、それならおそらく彼女は神族と人間のハーフですね」

「え、神族?」

「はい、神の使いを便宜上そう呼びます。天使という呼称が一般的ですが、この前のあれも天使なので区別のためです。私もお二人に先ほど嫌味を言おうとしただけあって仕事をしていたんですよ」


 イリスは得意げに胸を張る。というか嫌味を言うな。


「いや、俺は別に仕事をまじめにしていたことは疑ってないんだが」


 イリスいちいち面倒くさい。


「そうですか? ならいいのですが。では私もお話しますね」


 こうして、ようやくイリスが俺たちが出かけていた間にしていたことを話してくれる。


「さて、私も神様にお伺いを立てるに当たって色々考えたんですよ。どういう聞き方が一番無礼にならないか。そこで神様のお手伝いをするに当たりどうすればいいか尋ねたんです」


 神官として神の意志を疑うのに妥当な質問の方法だと思う。


「そしたら数日の祈祷の末、神は来るべきカタストロフは人類の選別である、それまでに人類の質を少しでも上げよ、とおっしゃいました。神様自身も地上に使いを派遣して残すべき人類を選別しているとのことですよ。おそらく、リアさんの母上はその存在でしょうね」


 淡々と話しているようで、イリスの指先はかすかに震えていた。仮にも今まで信仰してきた神が人類を選別しようとしていたのである。驚かない訳がない。


「へえ」


 スケールが壮大過ぎてリアもリアクションに困っているようだ。

 生まれながらにある「ランク」という概念。

 その概念から外れたリアという存在。

 天使の不可解な言葉。

 リアが未来視で見た光景。

 衝撃的な事実ではあるが、それらがきれいに一本につながったように感じられ、逆に驚きはなかった。

 ただ、すでにリアの気持ちは決している。


「なるほどな、ランクが神が地上の事物につけた記号だとすれば、神族の子供にランクがないのは納得だ」

「でも、親が誰であろうと、結局私は人として生きるって決めたから」

「おや、すでに意志は固いようですね」


 もうちょっと驚くと思っていたのか、イリスが逆に驚いている。


「だから言っただろ、遊んでた訳じゃないって」

「私が孤独に祈っている間に二人は仲良く決意を固めていただなんて……」


 そう言ってイリスは泣き崩れる演技をする。面倒くさい性格だなと思ったが、恐るべき事実を知ってしまい孤独感を覚えたというのも嘘ではないのだろう。むしろしょうもない演技をする精神的余裕が残っていることに安堵したぐらいだ。今だけはイリスがこういう性格であることに俺はほっとする。


「悪かったって。でも大丈夫だ、俺がついててやる」

「ありがとうございます」


 珍しくイリスが殊勝な態度を見せる。

 が、なぜかリアは冷ややかな目でこちらを見た。


「傷心のところで口説くなんて……」

「全く口説いてないが?」


 そんな訳で二人が元のテンションに戻るのに少しの時間を要した。


「こほん、話を戻すがそもそもこの教会はどんな信仰だったっけ」

「基本的にはランク至上主義なんですが、私たちの宗派では魔族は不当な進化を遂げてランクを吊り上げているから討つべし、となってしますね。魔族の中にはランクが高ければ魔族も人間も最高、みたいな宗派もあると聞きますね」


 人間に広まっているから仕方ないとはいえ都合がいい考え方だな。俺はふとしょうもない疑問が芽生えたので口にしてしまう。


「イリスはそのランク至上主義を心から信仰しているのか?」

「当たり前じゃないですか私は神殿の頂点に君臨するSR神官ですよふざけたこと言ってると勇者様と言えど容赦しませんよ」

「お、おう」


 やはり好奇心で変なことを口にするのは良くないということを学んだ。というかここ神殿だし。

 しかしそう考えると、イリスがこういう性格でSR神官なのはかなり納得のいく事実でもある。


「こほん、何にせよ神様は選別のためにランクを与えたと。だが、ランクっていうのは神聖不可侵で後天的に変更するのは不可能なんじゃないのか?」


 俺はふと先ほどの神託(?)に違和感を覚える。


「基本的には。でも光の環の件をお忘れではないですよね? 他の聖遺物を研究すれば似たような作用の物がないとは言い切れません」

「あー……」


 確かに聖遺物が神が遺した物であるならばそういう機能があっても不思議ではない。ということは。


「神はカタストロフを察して人間に自発的にそういうものを使って“進化”することを促してると?」

「まあそう考えるのが妥当ですよね」


 イリスが疲れた声で肯定する。さすがに神様だけあって壮大なことを考えている。それなら最初から人類皆SSRとかで創造してくれればランクの高い低いでくだらない争いが起こることもなかったのに、と思う。


「ということは方法は大きく分けて二つか。一つは聖遺物を研究してカタストロフで人類が全員生存することを目指す道。もう一つは神を倒す道だな」


 俺はごくりと唾を飲んだ。

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