リアの出生
「リアは拾われたと言っていたが、誰かの家で育てられたのか?」
「そうだね。村には孤児院とかないし、一応村長の家で育てられてたかな。まあ、育てられてたというよりはこき使われてたって感じだったけど」
出会ったときの扱われ方を見るにリアの前半生は悲惨そうだった。真実に関係ありそうなところ以外は出来るだけ聞かないようにしよう。
教会から借りた馬車で数日間かけてたどり着いたフリント村はどこにでもありそうな田舎の小さい村だった。
村の周りに広がる畑を抜けていき、村に入っていくが小さいのですぐに村長のものと思われる家が見つかる。
「こんにちは」
今までこういうときは基本的に外面が良くて社会的地位があるイリスを先頭に立て、俺たちは後ろでぼけーっと突っ立っているだけである。そのためイリスがいないことに困ったが、リアを前面に出すのは酷すぎるので俺が前に出る。
「こんな村に一体誰だ……て勇者様!?」
出てきた村長らしきおじさんは俺の姿を見て腰を抜かした。本当にその場に尻餅をつきそうな勢いである。俺の顔が有名で良かった。正直顔は知られてないかもと思っていたが、知られているなら話が早い。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「は、はい、何でしょう」
村長は引きつった表情で答える。こんな辺鄙な村に何も起こっていないのにわざわざ勇者がやってくることはあまりないことなので、おそらく何かやらかしたと思っているのだろう。まあ、当たっていなくもないが。
「あなたはこの娘を養育していたと聞いただが本当か?」
俺はぐいっとリアを前に押し出す。一応育ての親だが散々こきつかってきた相手を前にリアは嫌そうな表情をしている。
一方の村長は幽霊でも見たかのような、嫌悪と恐怖が入り交ざった表情になる。それを見て俺は不快な気持ちになる。が、今は話を聞かなければならない。せめて、と俺は再びリアを下げて自分が前に立つ。
「本当のようだな」
その表情はどんな言葉よりも雄弁に肯定を物語っていた。
「や、やはり彼女は呪われた子か何かなのでしょうか?」
村長は動揺のあまり本人の前でそんな失礼なことを口走っている。やはり何か心当たりがあるのか。俺は苛々しながらも話を続ける。
「それを今調べてるんだ。だが、そう言うってことは何か心当たりがあるんだな?」
「う……いえ、見間違えかもしれないのですが……。三歳ごろのとき、突然野良猫を消したのを見たんです。いえ、ただ猫がどっかに行ったのを見間違えただけだと思っていたんです、すみません!」
村長はどうやら呪われた子を育てたことを問責されていると思っているのか、しきりに「見間違え」を連呼した。俺とリアはどんどん嫌な気持ちになるが、とはいえこれはリアの力を見たというだけのことだろう。まだ核心には触れていないので我慢して事務的に話を続ける。
「では次だが、彼女はどのように拾われたんだ」
「う……」
またやましいことがあるのか村長は言葉に詰まる。
「別に罪とかには問わないから話してくれ」
俺が一言言うと、村長はまるで砂漠でオアシスを見つけた旅人のように顔を輝かせる。そんなに俺に怒られると思っていたのか。まあ、忌み子の伝承とかありそうだしな。とはいえ、その反応はその反応でまた不愉快だが。
「分かりました、お話します。と言っても拾ったのは私ではないのですが。オズウェルという男が村の北の共同墓地で見つけてきたんです。ただ一つ疑問だったのは、こんな小さな村で誰かが妊娠していれば分かると思うんですよね。ということは誰かが外からやってきて捨てたと思うんですが、共同墓地は一応塀で囲まれていて、そんなに簡単に入れるところではないんですよ。なぜわざわざその人物がそこに捨てていったのかは疑問ですね」
村長は罪に問われないと知ってか、急に雄弁になっている。まとめると、拾われたときの状況にも不自然なことがあったということか。
「そのオズウェルという奴は今も存命か?」
「は、はい! 早速ご案内いたします!」
村長はようやく自分が尋問の矛先から逃れられると思ったのか、積極的に案内する。俺たちは村の中の何でもない一軒の家に案内される。
「オズウェル、勇者様がお話があるそうだ」
「ひぇっ、一体勇者様が何を……」
そんな疑問の声を上げながら出てきたのは白髪の老人だった。もうすっかり腰が曲がっている。オズウェルのリアクションに俺は若干面倒くさくなりながら尋ねる。
「面倒なので単刀直入に聞くが、あなたは十五年ほど前に捨て子を拾ったと聞いたが、どういう経緯だったんだ?」
「ひぃぇっ」
オズウェルの口から変な声が漏れる。一体どんな怪しい経緯があったらそうなるんだ? そしてこんな反応を見せられるリアがひたすら可哀想になる。置いてこればよかったような気もするが、彼女は性格的に真実を知りたいと思うだろう。
「もう罪とかには問わないんで正直にしゃべってくれ」
「は、はい」
俺の言葉にようやくオズウェルは話始める。
「十五年前、まだ若かったわしは村外れでとある女と会ったのです。今となっては絶対普通の存在ではなかったのですが、当時はただの美しい謎めいた女としか思っておりませんでした」
ちなみに、この世界には普通に魔物とかが闊歩しているのでそんな美しい女が一人で辺りをうろうろしている訳はない。
「で、色々あってわしらは男女の仲になったのです。が、あるとき急に女は姿を現さなくなったのです。残念とは思いつつも、元から秘密の仲。諦めもついていました。ですがそれから一年ほど後……またその女が現れて、わしに子供を託したのです……。私とて当時は妻も子もいた身、真相を話すことも出来ず私は捨て子ということにして村長に届けました」
「何!? そんな話だったのか!?」
「ええ、じゃあ父さんなの?」
村長は今初めて知る真実に怒りと驚きが混ざった表情に、リアの方は単に嫌悪感を浮かべている。
「やっぱリアは何かすごい生まれなんじゃないか?」
「そう……だったんだ」
とはいえ、リアは実感が湧かないのかぽかんとしている。無理もない。生まれたきり一度も会ってない母親のことなど言われてもどう思っていいか分からないだろう。
「気にすることはない。リアはリアだ」
「ありがとう」
そう言って俺がリアの手を握ると、少しだけ彼女は安心したようだった。
「すいません、すいません」
一方のオズウェルは村長に平謝りしているが、村長は怒り心頭だ。まあ他人の隠し子の養育を押し付けられたのだから当然だろう。俺は罪に問わないが村長は問うかもしれないからな。そういうごたごたを見せつけられる身としては単に不愉快なだけだが。
こうして、俺たちはかなりの嫌な気持ちと引き換えにリアが何か超常存在と人間の間に生まれた子であることを知ったのである。
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