VS神

カタストロフ

「ふう……恐ろしい敵でしたね」


 戦闘後、そう言ってイリスは“光の環”を拾う。

 あそこまでの恐ろしい存在を生み出したマジックアイテムだが、今はただのきらきらした輪っかである。これがあの天使を生み出したのかと思うと、にわかには信じられないものがある。


「それどうするんだ?」

「とりあえず研究に回すところからでは? まあ、ろくなものじゃないとは思いますが。でも神殿の偉い人にこれを渡すのもどうなんでしょうね」


 確かに、神殿の偉い人が悪い奴だった場合、これを使って強大な存在を生み出そうとするかもしれない。神官であるイリスがそれを危惧するのはどうなのだろうと思うが、やはり彼女は根はいい人なのだろう。


「それよりカタストロフって何?」


 リアがぽつりとつぶやく。


「いわゆる終末ですね。昔から稀に予言者と呼ばれる者が現れ、そういう現象が起こるという予知をしていました。とはいえほとんどは眉唾物でしたよ」

「でも、あの天使が言ってたってことはそうとは言い切れないんじゃ」


 ランクが高いということは、それだけで未知の力を持っている可能性が高いということでもある。


「そうですね。ではどうします?」

「すごい箱をもう一つください。私の力でカタストロフが何なのか予知してみせる」


 リアは真面目な顔をして頼む。予知まで出来るというのは本当に万能な力だ。

 一瞬だけイリスは嫌そうな顔をしたがすぐに真顔になる。


「あなたたちは知らないと思いますが聖遺物というのはとても貴重なもので、いくら私と言えどそんなに容易に持ち出せるものではないんですよ」

「えー、聖遺物がどんなものか知らないけどカタストロフの方が重大じゃないか?」


 むしろすごい聖遺物があるならこれまでの局面で何かやることがあったのではないか。俺とリアのそんな視線に耐え兼ねたのか、イリスはしぶしぶといった様子で口を開く。


「……分かりました。そんなに言うならこの“光の環”でやればいいんじゃないですか? これなら戦闘の際に壊れたとか言えば申し訳も立つでしょう」


 確かに名案だ。ついでにこの危なさそうなアイテムを葬ってしまえるところも高評価だ。もしかしたらこれを調べたら重大事実が分かるのかもしれないが、それならリアの力で使ってしまっても同じことだろう。


「イリスさん! 実は私、最初イリスさんをレアリティをかさに他人にマウントをとる嫌な奴だと思ってたけどやっぱいい人だね!」


 リアが感動して握手を求める。するとイリスは性格を褒められることに耐性がないのか、顔を真っ赤にする。いや、今のは総合的に見ると褒めてなくないか?


「べ、別にあれを倒したのは二人の力ですし? 戦利品をどうしようとあなたたちの勝手ですが? というか最初そんなこと思ってたんですか、消し炭にしますよ」


 何かこのやりとり定期的にしてないか?

 そんなことを言いつつも、リアは光の環を手にする。


「わあ、これも単体でSR級のアイテムだね。さて、カタストロフとは何だ」


 そう言ってリアは目を閉じて祈るように光の環を持つ。すると光の環がふっと消滅し、リアの身体が光のオーラのようなものに包まれる。

 リアは目を閉じているもののまるで何かを見ているように表情を変化させている。最初は驚きの色が大きかったが、次第に表情は恐怖や嫌悪に染まっていく。

 そして十数秒ほど経ったころだろうか。光のオーラが消えてリアは目を開けた。


「はあ、はあ、はあ」


 目を開くなりリアは荒い息を吐く。能力を使ったことによる疲れだろうか。それともあまりに衝撃的な光景を見てしまったせいだろうか。俺はよろめくリアを抱き留める。


「大丈夫か?」

「うん……平気。最初に浮かんだのは空から降ってくる流星。でも、その流星は加護を受けた人々や魔族には当たらない。流星は加護を受けていない人々を殺す」

「加護とは……信仰ですか?」


 イリスが聖職者らしい質問をする。

 が、リアはゆっくりと首を横に振る。


「いえ、加護が高い人はみんな……高ランクの人です」

「何と……」


 イリスが絶句する。信仰は救いにならない。ランクはすでに絶対的な力の強弱の概念として存在していたが、まさか生死そのものにまで直結していたとは。

 だが、俺はそこで奴の台詞を思い出す。奴の台詞ではランクが低い者はカタストロフを生き延びられないと言っていた。裏を返せば、光の環を使って高ランクの存在の一部になればただのCやUCの人類でも生き延びることが出来るのではないか。

 もしそれが本当だったならばと考えると、俺は背筋が震えるのを感じた。


「そういえばイリスは神官だろう?」

「そういえば? 私のアイデンティティをそういえば程度にしないでもらえますか」


 めっちゃ不服そうな顔をしているが、言動が全く神官じゃないからな……

 とはいえ、衝撃的な事実が発覚したからか、いつもの覇気はない。


「神官だったら神の声とか聞こえるんじゃね? 神が本当にそんなカタストロフを起こそうとしているのか、訊いてみることは出来ないのか?」


 この世界の世界観がよく分からないので俺はイメージで口にしてみる。するとイリスは雷に打たれたような表情になった。


「…………と、当然ですよ! セレスティア教会の頂点に君臨するこの私が神の声程度聞き取れない訳ないじゃないですか!」


 イリスは一拍の間を開けてそう言った。本当に聞きとれるのか、という疑問よりも色々突っ込みどころがある。


「今神の声を程度とか言ったよな」

「こほん。では私は斎戒沐浴して祈りを捧げて来るので」


 そう言ってイリスはそそくさとその場を離れる。何かこの前も似たようなパターンを見た気がするが、まあいいか。


「勇者様って意外と鬼畜だね」


 リアの口から不似合いなワードが飛び出す。


「え、俺何か言ったか?」

「うん。神官でも神の声なんて滅多に聞こえるものではないので。まあでも本当に一切聞こえない訳ではないからイリスさん無理って言えなかったんだろうけど」


 リアが同情的な表情を浮かべる。そうか、俺の神官に対する雑な認識は誤っていたのか。言われてみればマリナが神の声を聞いたということを聞いたことがない。


「……ああ、まあでもそれで聞こえるんなら儲けものだし」


 イリスは性格は悪いが能力は高いしやる気を出せば大概のことは成し遂げるイメージがあるので、とりあえず乗せておけばいいというところはある。


「その間また暇になるな」

「本当だね。ところでカタストロフのことを知って疑問に思ったんだけど」

「何だ?」

「私ってカタストロフではどうなるんだろうね。そしてこれは前からなんだけど、私は一体何者なんだろう」


 リアはかなり重々しい口調で言った。


「あー」


 リアは何気ない表情で言うが、根本的な疑問だろう。しかもカタストロフで神がランクで人を選別しようとしている以上、ランクにはやはり何かの意味があると思われるし、ランクの存在しない人物の存在というのは偶然ではないのだろう。


「何か手がかりとかはないのか?」

「さあ……。二人と出会うまでは主体的に何かをしようっていう気持ちにならなかったからね」

「そう言えばリアの御両親は?」

「ああ、私捨て子だからその辺よく分からないんだよね」

「悪い、変なこと聞いて」

「いや、重要なことだから」


 リアには悪いが、捨て子ということは生まれで絶対何かありそうなんだが。むしろ今まで誰もそれを解明しようとしなかったのか、と思ったがランク不詳をランク最弱か何かと思われていたんだろう。


「何か調べる方法はないだろうか?」

「じゃあ、せっかく暇だし私の拾われた村行ってみる?」

「そうだな」


 もしかしたらリアの存在に何か重大な意味があるのかもしれない。イリスがまた文句言いそうだな、と思いつつイリスが祈っているらしい部屋のドアに書置きを残して俺たちは神殿を出発した。

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