遠征

 アルトニアは率直に言えば、農地に適した地がない、荒れ地が広がる貧しい国である。これまで豊かとは言えないまでも、そこまで生活に不自由しなかった教会領ばかりを見ていた俺とイリスは眉をひそめた。


 国内を歩いていくと、村の人たちは痩せた土地で細々と穀物を作ったり、隣国や教会領に出稼ぎに向かったりしてどうにか暮らしているという状況であった。いや、どうにか暮らしている者はまだいい方だろう、中にはこちらを見て物乞いをしてくる者もいる。イリスはそういったものに律儀に小銭を分け与えていた。


「ちょっと試しに聞いてみましょうか」


 そう言ってイリスは途中の村で村人に話しかけた。村人は突然現れた高位神官に困惑する。


「こんなところによそ者が来るのすら珍しいのにそれも教会の方だなんて……」

「まあ、世論調査のようなものですよ。突然ですが、あなたは今の生活に満足していますか?」

「いや……裕福と言わずともせめて普通ぐらいの生活を送りたいが」


 農民はイリスの意図をはかりかねて困惑している。確かに村人は痩せているし、服もぼろぼろ、すぐ近くにある家は木造だが屋根が傾いて見える。


「では、もしアルトニアが戦争して豊かになるとしたらどう思いますか?」

「うーん、別にして欲しいとは言わないけど、豊かになるならいいかな……いや、やっぱりいい、戦争なんてしなくていいです」


 農民は相手が神官であることを思い出して慌てて否定する。イリスは困ったように首をかしげる。おそらく農民の本音は先に口走った方なのだろう。

 そんな民が多数もしくは一定数いるから天使もあのような考えになっているのではないだろうか。


「うーん、これどうするべきなんですかね」

「教会って金持ちなのか?」


 イリスの問いに俺は素朴な疑問を口にする。


「まあ、そこそこじゃないでしょうか?」


 ざっくりした問いなのでざっくりした答えしか返ってこない。


「じゃあ、お金か食糧を配ればいいんじゃないか?」


 教会の持っているお金とアルトニア王国の国民数などはよく分からないので実行可能かは不明だが、とりあえず口にしてみる。


「なるほど。確かに確実な解決策ですね」


「え、お金配ってくれるのか!?」


 俺たちの会話を聞きつけた農民が食い気味で尋ねてくる。その勢いにはさすがのイリスも一瞬狼狽するほどだった。


「ま……まだ決定ではありません。最近、この国に不穏な軍事行動がみられます。それがなくなることが前提です」

「そうか、そういうことなら平和にしていて欲しいものだな」


 おそらく農民は本心からそう言った。誰だってただでお金か食糧がもらえるというのであればわざわざ戦争などしたくはないだろう。解決の糸口が見えたようで俺は少し安堵する。


「よし、これであいつが消えたら配ろう」

「他人のお金だからって好き勝手言ってくれますね……とはいえ、最悪あれを消せればその後から話はどうとでも……」


 イリスが何か不穏なことを口走っているが、とりあえずの方向は決まった。


「さて、この私がわざわざ来て演説するからにはたくさんの人を集めないといけない訳ですが」


 イリスはアルトニア王城前の広場を見てため息をつく。そこにはすでに閉められた屋台の残骸がいくつか転がり、暗い顔の人が座り込んでいる沈んだ雰囲気の空間が広がっていた。

 活気がないのはまあいいとして、そもそも人がまばらである。ここで何か話したところで意味があるとは思えない。


「やっぱりよそに出稼ぎにいってるからか?」

「そうですね。ちょっと人を集めてもらえませんか」


 イリスが投げやりに無茶振りをしてくる。しかし俺はふと人を集める手段を思いつく。天使の登場や、純粋な戦闘能力では解決出来ない事態で忘れていたが、俺とてSSSR勇者である。


「ちょっと誰も広場の真ん中の方に行かないか見ていてくれ」

「うん」


 リアも頷く。俺は杖を天高く掲げて唱える。


「レインボーフレア」


 一筋の炎が上空に打ち上がり、そこで炎は七色に変色しながら上空で幕のように広がった。その様子は滅多に見られないオーロラのように幻想的で、たまたま空に気づいた人たちは、指さして声を上げる。


「何だ今のは」

「ついに終末を迎えるのか?」

「いや、神からのメッセージかもしれん」


 しばらく広場の上空でそれを続けていると、徐々に街の人々が様子を見に集まってくる。広場の空気も陰鬱な雰囲気からざわざわした騒がしさに変わる。それを見てイリスが満足げにほほ笑む。


「ありがとうございます、聞いている方が多いとやる気が出ます」


 イリスは街の人々が遠巻きにしている広場の中央へ歩いていき、俺たちもイリスについて移動する。


 人々は一千人ほど集まってきたころだろうか。イリスは自身の周りに魔法で聖なる防壁を展開する。その様子はまるでイリスが聖なるオーラに包まれているかのように見える。奇襲に対する備えだとは思われるが、視覚的効果も抜群で、聴衆は次々と「聖女のようだ」「きれい」などと声を上げる。


 十分に注目が集まったところで、イリスは満を持してしゃべり始めた。


「皆さん! 私はセレスティア教会最高レアリティのSR神官、イリスと申します! 今日は皆さんにお伝えしたいことがあってはるばるやってまいりました」


 イリスは大げさに手を振り回したり、ぐるっと周囲を見渡したりしながらしゃべる。ざわざわ、最高神官がなぜ、と人々はざわめく。


「皆さん、私たちの平和を脅かす魔王はこちらの勇者と魔術師の手によって無事討伐されました!」


 イリスが俺の手を掴んで持ち上げる。


「あ、どうも」


 俺はちょっと照れながら群衆に手を振る。そしてサービスがてら、小さい「レインボーフレア」をもう一度上空に打ち上げる。

 群衆はさらにざわつく。


「勇者もこの場に来ているのか!」

「勇者も意外と普通の人間だな」

「いや、あれで恐ろしい魔力を持っているのだろう」


「さて、平和が訪れた今、次にすべてきことは皆さんの生活の改善です。教会は対魔王軍用に備蓄を進めてまいりましたが、いったんその余った分を放出しようと思います!」


 俺の存在をアピールしたのは単に注目を集めるだけかよ。とはいえ俺にはそのくらいしか出来ないので何となく群衆に手を振ったりしてみる。一方の群衆はイリスのばらまき政策に目の色を変える。


「おお、俺たちももらえるのか!?」

「さすが聖女様、何とすばらしい」


 群衆は沸き立つ。しかしなぜだろう、理由は分からないがなぜかイリスが悪徳政治家とダブって見える。……単に欲深いからか。当のイリスは群衆から送られる称賛の言葉に気持ちよさそうにしている。


「そのために皆さん、神に祈りましょう! 全ては神の御心のままに!」

「全ては神の御心のままに!」


 群衆が大合唱で復唱する。こうしてイリスが話している間にも人々の数は増えていく。気が付くと、王城の中から兵士や騎士たちも様子を覗いていた。


「平和が第一! 戦争は終わり!」

「平和が第一! 戦争は終わり!」


 イリスの言葉に人々は深く考えずに復唱する。何というか、ちょっとつなぎ方が強引じゃないか? 俺はそう思うが、割れんばかりの復唱が起こっている。もしかして洗脳魔法とか使っていないだろうな、と密かに疑問に思う。

 が、その強引な作戦は功を奏したようだった。


 ドカーン!


 まばゆいばかりの光を放つ魔力の塊がイリスの足元に着弾した。その衝撃で、パリン、とイリスが張った防壁にもひびが入り、瓦礫がいくつも俺をかすめて飛んでいく。

 そして、群衆の奥からゆっくりとこの間の天使がこちらに歩いてくる。その姿は前に会ったときよりも輝きが増していた。もしや力が増しているのだろうか、と俺は警戒する。


「あーあ、そういう強引な手段を使うなんて興ざめだな。そんなことするくらいなら私と直接雌雄を決してくれればいいのに」

「あの時逃げたのはお前だろ? 今度は逃げられないよう、お前の国まで来てやったからな」


 俺も天使と雌雄を決するべく、イリスたちの前に出る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る