平穏 Ⅱ

「それで何を買いに来たんじゃ」

「そうそう、彼女のローブとか杖とか。めっちゃ魔力が上がると嬉しい」

「おぬしのクラスは?」

「……さあ」

「そんなことがあるのか? 全く、今までどうやって生きてきたんじゃ?」


 老婆は呆れたようだが、リアも概念魔法が使えますなどとは言えず、肩をすくめてみせる。


「まだよく分からない魔法なの」

「それすらも分からずに装備を見繕えと言われても困るわい」


 老婆も肩をすくめる。とはいえ、無責任に「この宝石を買ったら威力二倍ですよ」などと言われるよりも逆に信ぴょう性がある。


「それでも何かない?」


 リアが純粋な瞳で見つめる。

 すると老婆は根負けしたように、はあっとため息をついた。


「仕方ない、適当に見繕ってやろう。少し待っとれ」


 そう言って老婆はしばらく店の中をごそごそとあさる。少しして、隅の方に埋もれていた全身タイツのような形状の服を取り出した。ちなみに白い布地にはびっしりと魔法陣が刻まれており、確かに魔力は高そうに見える。

 が、それを見たリアの表情は固まる。


「……私初めて服にこだわりを持ったかもしれない」


「何でじゃ。確かに雑魚が着ると服の魔力負荷に耐え兼ねて発狂することもあるが、おぬしなら大丈夫じゃろ」

「違うよ。こんな服で外歩くのなんて……恥ずかしい」

「ほう、魔術師が魔力よりも外見を重視するとは。世も末じゃな」

「とにかく嫌ったら嫌。次出して!」


 ここまでリアが自己主張しているのを初めて見た。そう考えるとこの店主はリアに成長をもたらしたと言えるかもしれない。これをきっかけにリアはおしゃれにも多少の興味を持ってくれれば嬉しい。

 すると老婆は次の服を取り出す。が、それを見たリアが再び絶句する。


「何その破廉恥な服は! というか服とすら呼べないし!」


 老婆が取り出したのは極小スカートとほぼブラジャーと変わらないぐらいの表面積のトップスである。俗に言うビキニアーマーだ。


「まあでも、めっちゃ魔力が上がりそうじゃね」


 俺は棒読みで言う。ぶっちゃけこれでなぜ魔力が上がるのかは俺も分からない。


「馬鹿!」


 顔を赤くしたリアに頭を小突かれる。


「全く、最近の若者はわがままじゃな。それならこれは……」


 今度老婆が取り出したのはボンテージのような衣装である。リアはそれを無言で床に叩きつけた。俺もそういう系はそこまで趣味じゃなかったのでスルーする。


「もういい、こうなったら見た目だけで選んでやる!」

「そんな……わしの品物にはそれぞれ魔術的な相性や効果があるというのに……」

「どうせ私には関係ないんでしょ!」


 お互い最初と言ってることが逆になってる気がするが。ともあれ、リアは嘆く老婆を無視して(むしろあてつけるように)服を物色する。それでも老婆はことあるごとに微妙な見た目の装備を勧めたが、リアは完全に無視するようになった。


 リアは店の中から勝手に装備一式を選び終える。


「どう?」


 結局リアが選んだのは白を基調として胸元の宝石や裾のフリルでアクセントを入れたトップスと淡いピンク色のフレアスカート、そしてピンク色の裾の長いフード付きマントである。手に持っている杖もワンドのようなごついものではなく、タクト型のちょっとおしゃれなものだ。


「おお……似合ってるな。見違えるようだ」


 俺は素直な感想を口にする。例えるならこれまでおしゃれに関心がなかった女子が急におしゃれし始めたときのような感じだ。いや、例えじゃなくてそのままか。

 俺の言葉にリアは相好を崩す。


「良かった。選んだ甲斐があったよ」

「そんな……ピンクなど魔術師には邪道だというのに」


 老婆は悲しそうに何か言っていたが、俺はリアが満足そうだったので良しとすることにした。


「お代は教会につけておいてくれ」

「ふん、もう来なくていい!」


 こうしてよく分からない感じで俺たちの買い物は終了したのであった。ちなみに俺も魔力が一番高い杖をくれ、と言ったところ黒々としたごついワンドをくれた。値段を聞いた限りかなりぼったくられたような気もするが、それも教会につけたので気にしないことにした。


「……楽しかったですか」


 教会に帰るなり、俺たちはジト目のイリスに出迎えられた。彼女は俺たちが買い物をしている間もずっと古文書の解読をしていたようで、少し疲れて見えた。


「うん、楽しかった」


 が、そんなイリスの空気に気づいているのかいないのか、無邪気に答えるリア。そしてご丁寧にも一回ターンして新しく買った服を見せつけている。女子っぽい感性を手に入れたのはいいが、空気は読んで欲しい。


「私がずっと古文書を解読している間に二人でしていたショッピングは楽しかったですか?」


 イリスも通じていないと思ったのかわざわざ言い直してくる。


「いや、だってほら、リアももう大魔術師なんだからいつまでも借り物の装備って訳にもいかないだろ」


 俺は建前的な言い訳を口にする。嘘ではないが、最後は全くそういうのを考えずにおしゃれを楽しんでいた気がする。


「確かに……魔法耐性を上げる装備とは選ぶ目がありますね」


 イリスはリアの服を見てぐぬぬと歯ぎしりする。そうか、これは魔法耐性を上げる装備なのか。全然気にしていなかったが、リアの魔法が強化出来るようなものなのか不明な以上、防御を装備で補うというのは理に叶っている。


「まあいいでしょう。今度私とも行きましょうね」

「へ?」


 何気なく漏らしたイリスの一言に疑問を呈すると、イリスもへ? と返してくる。


「イリスもそういうのに興味あるのか?」

「……私だって一応女子なのに失礼じゃありません?」


 イリスは不本意とばかりにこちらを睨みつけてくる。俺の中でこいつは女子というくくりにカテゴライズされてなかったのだが。


「いや、いつもローブだし、てっきり権力と名誉にしか興味がないものかと」

「それは仕事中だからです。私だって私服ぐらい持ってますよ。それに権力と名誉ほどじゃないですがおしゃれにも興味があります」

「そ、そうか」


 そうかとしか言いようがないんだが。とはいえ、イリスは常に神官ローブなので私服姿を見た記憶がない。


「ちなみに私服っていつ着るんだ?」

「……宿舎に帰ってから」

「部屋着じゃねえか」

「……地位がある人間ほどプライベートは少なくなるんですよ」


 何か悲しい現実を知ってしまった。


「何かごめん、私ちょっと浮かれすぎてた」


 唐突にリアが同情する。


「それはそれで傷つくんですが。……まあいいです、今度一緒に買いにいきましょう。それで許してあげます」

「分かった分かった、一緒に行ってやるよ」


 俺の言葉にイリスは少し嬉しそうな顔をする。


「本当ですか!? みんな私のレアリティに気を遣って正直な感想を言ってくれないので、率直な感想が聞けると嬉しいです」

「お前も大変なんだな」


 今まではいい性格としか思っていなかったが、彼女は彼女で色々苦労があるらしい。そしておしゃれの楽しみを知ったリアも盛んに同情している。


「大丈夫、今度私も協力するよ」

「ありがとうございます」


 こうして俺たちは不穏な影のことも忘れて穏やかなひと時を楽しんだのである。

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