平穏 Ⅰ

「……いや、そんな話されても信じる訳ないじゃないですか。ていうか湖の水全部なくなってしまったって本当ですか? 困るんですけど」


 戻って来た俺たちは血相を変えて報告したつもりだったが、残念ながらイリスは全く信じてくれなかった。

 俺たちの報告に若干不機嫌そうな表情で答える。まるで、忙しいのに仕事の邪魔をしてくれるなとでも言いたげだった。


「大方、はしゃいで湖の水を生贄に魔法を使ってしまったから天使とかでっちあげたんじゃないですか?」

「さすがにそんなことしないって。本当にいたんだけど」


 リアが食い下がるが、イリスの表情は冷たかった。


「何なんですかそいつ。大体今になって何で現れたんですか。今まで何してたんですか」


 正論ではあるが、世の中説明がつかないことが起こるのも事実である。


「そんなの俺が知りたい。とにかく本当にいたんだって」

「全く、お二人とも多大な功績があるから、別に湖の水全部なくしたぐらいじゃ責められたりしないんだから正直に言ってもらえればいいのに」

「だから……」

「すみません、私今古文書の解読に忙しいんです。ああ、もう少しで光の環の効果が分かるのに!」


 完全に取りつく島もなかった。とはいえ、俺の話が仮に信じられたとしても特に対策があるとは思えない。


「天使さんもわざわざ警告に来てこの反応じゃ浮かばれないな」


 わざわざ警告しろと言われたからしたのにしたらしたでこの結果というのは浮かばれないだろう。次会ったら目的とか尋ねよう。そうしないと信じてもらえない、と。

 結構恐ろしいことだったはずなのに、イリスの態度のせいで一気に危機感を失ってしまった。


「まあいいんじゃない。いざとなったらイリスさんに責任とって生贄になってもらえば」


 リアが小声で恐ろしいことを言った。


「……お前もしかして信じてもらえなかったの怒ってる?」

「……うん」


 とはいえ光の環の研究も大事と言えば大事なことである。俺たちは古文書とにらめっこしているイリスを置いて外に出た。



「そう言えばリアってそのローブ気に入ってるのか?」


 今まで色々あってそこまで気にしていなかったことを改めて尋ねる。

 リアはボロ布のような服しか持っていなかったため、神殿から服を借りているが、いつも同じローブを纏っていた。


「いや、別に。というか服にこだわりなんて持ったことなかった」

「せっかくだし魔力とか上がる系のローブ買いに行かないか?」

「なるほど、そういうのもあるんだ」


 リアは俺が斬新なことでも言ったかのように反応する。お金がないと最低限以外の服を買うという発想自体にならないからな。

 とはいえ、俺がそんなことを言いだしたのにも理由がある。街を歩いていると時々マジックアイテムなどを売っている店を見て、興味をそそられるためだ。これまでは冷遇されていたこともあってあまり高い装備を買えなかったが、今なら何を買っても許される気がする。

 別に勝手に見にいってもいいのだが、どうせなら見るだけより買う方が楽しいし、買うのなら元の世界に帰る俺よりもリアの方が有益だろう。


「それにリアももう押しも押されぬ大魔術師な訳だからいつまでも神官と同じ格好じゃ恰好がつかないって」

「まあ、確かに」


 そんな訳で俺たちは冒険者用の商店街に向かった。一般人が買うものと兵士や冒険者といった職の者が買うものは当然違う。そのため、商店街も二つに分かれていた。


 冒険者用商店街には武器防具の店やポーション・薬草の類の店、そして魔法のアイテムを売る店などが並んでいる。店主も昔は現役だったと思われる一癖も二癖もありそうな者たちが多い。


「お、そこの兄ちゃんにはこの魔剣が似合うね」

「こちらのポーション、実験に失敗して出来た粗悪品なので九割引きだよー」

「ただいま新しいアイテム、“呪われた指輪”が入荷したよ! 私も効果は分からないけど!」


「……なかなか楽しそうなところだね」

「そうだな」


 リアは初めて来る商店街の様子に若干引いている。これは思いのほかいいものを探すのも大変そうだ。

 俺たちはどの店に入っていいのか全然分からないのでしばらく通りをうろうろしていた。客の方もなじみの店がある者もいるが、俺たちと同じように困惑している者もいた。


「ねえ、あれとかどうかな」


 そんな商店街の中でリアが指さした店は“黒魔術の饗宴”というおどろおどろしい看板を掲げていた。店頭にも怪しげな水晶や髑髏といったよく分からないものが並んでいる。中にいる店主らしき魔術師も怪しげな宝石がついたネックレスやブレスレットをじゃらじゃらさせている。こいつ、やっぱ中二病の気があるような気がするんだが。とはいえ、そういう店に入るのも買い物のだいご味である。


「入ってみるか」


「いらっしゃい……ひうっ」


 店主らしき老婆は俺たちの姿を見てそう言うと、そのまま椅子から落ちて盛大に尻を打った。悪気はないと信じたいが、そんな反応をされると多少悲しい。


「おやまあ、何ということだ……噂の勇者様をこの眼で見ることになるとはねぇ。SSSRランクと言えば小国と同じぐらいじゃないか」

「小国と同じ?」


 俺はランクを国と比べるという発想がそもそもなかったので首をかしげる。とはいえ、リアの魔法はリオス防衛軍という組織自体を生贄にしたものだった。


「そうか、最近はランクは人にしか使わないんじゃったな。忘れてくれ、それで何を買いに来たんじゃ」



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