奇襲
さて、実質的な指揮官に任じられたロスガルドは水を得た魚のように指揮を開始した。指示している内容が軍事的・政治的に適切なのか俺にはよく分からなかったが、異論をはさもうとする者がいるとイリスがいちいち睨みつけて封殺するのでスムーズではあった。
こういう状況では正しいかどうかよりもスピードが大事そうなので適切な判断の気もする。
そんなことをしているうちに夜空が白み始めた。その間に俺は五回ほど敵地から飛んできたファイアーボールを撃墜した。俺は途中で、苦手な防御魔法を使うよりも攻撃魔法で撃ち落とす方がやりやすいと気づいた。
まだ昼まで間があるためか、やってくる魔族もまだ弱小である。そこで仕事が一段落したイリスが戻ってくる。
「ありがとう、防いでくれて。私はいったん仮眠でももらおうかしら」
イリスの顔から緊張が抜けて疲労が勝ち始める。確かに昼までにどこかで休息をとった方がいいだろう。
が、非常時というのは予期せぬことが起こるから非常なのである。突然、教会の祭壇に置かれていた水晶が震え始めた。
「何だそれ」
「違います。本教会との通信用です」
イリスが水晶に触れると通信が繋がる。
通信用の水晶はかなり高価だった気がするが、魔王軍の最前線だけあって配置されているらしい。
「はい、リオス防衛軍総指揮官のイリスです」
イリスはちょっとわくわくしながら名乗る。が、その興奮は次の相手の言葉に一瞬で吹き飛ばされる。
『まずい、緊急事態だ。魔王軍主力の一部が本教会付近にテレポートしてきた』
「へー……は?」
イリスの表情が固まる。現在、王国の主力はほとんどがこの地に集まっており、国の内側は無防備であった。
魔王単独ならともかく、軍勢ごとテレポートなどという大技を使ってくるとは。
『こちらは魔法的な防御力はあるが、屈強な魔族の軍勢を防げるほどの兵力はいない!』
向こうの人物の声からは切迫した響きが伝わって来た。
「それで私にどうしろと言うんですか?」
イリスは少し苛々しながら答える。何せこちらは夜からすでに交戦状態に入っているのである。
『頼む、勇者をこちらに貸してくれ』
「冗談はやめてください」
切迫した懇願であったが、イリスは即座に一蹴した。
「今リオスから勇者を抜いたらどうやって魔王軍を防ぐんですか」
『魔王軍主力はこちらにテレポートしてきている。防ぎやすくなっているはずだ』
「そういう陽動では? そんなに大軍をテレポートできるとは思えませんが」
『いや、リオスこそが陽動だ。奴らは本協会を潰す気でいる!』
「そっちこそ」
『そっちが陽動だ』
醜い言い合いが始まるが、相手の主力が本当はどちらにいるか確認するほどの時間的余裕はないのでどうしようもないのだろう。完全に敵軍の術中であった。
「埒が明きません。そちらへの攻撃はどれほどですか?」
『昼頃には』
「くそ、完全な計画的奇襲じゃないですか。とりあえず住民だけ避難させ、お互い情報収集に努めましょう」
『いや』
相手は何かを言おうとしたがイリスは乱暴に通話を切った。
「さすが魔王、こんな隠し手があったとは。陽動と分かっていても万に一つがあるのなら本教会を……」
イリスは悔し気に唇を噛む。
「ちなみに本教会を落とされるとどうなるんだ? 住民を避難させてこっちの魔王軍を撃破してから奪還ではだめなのか?」
素人考えだが、ここで戦力を分割することは良くないと思われた。本教会が落とされるのは神官でプライドの高そうなイリスには耐えがたい屈辱だろうが、それでも負けるよりはましだろう。
「私たちのプライドや面子という問題を差し引いたとしても、本教会は信仰のよりどころ。神の加護に影響が出るかもしれません」
「神の加護への影響?」
「私たち神官は神の加護を受けて魔法を使っています。教会が滅びればそれもなくなるかもしれません」
さすがに国中の神官全員が力を失うと大変なことになる。病気や怪我を治すことが出来なくなってしまう。
「とりあえず次なる報告を待ちましょう。それに、こっちにも切り札はありますから」
そう言ってイリスはリアの方を見る。イリスの鋭い視線にリアはびくりと体を震わせる。イリスは疲労もあってかなり気が立っているようだった。
が、更なる知らせが俺たちに追い打ちをかけた。疲弊するイリスの元にもう一人の斥候がやってくる。
「申し上げます、たった今魔王軍から一通の文が届きました」
「文? 魔王軍が交渉を持ってきたなんて有史以来聞いたことないですが」
「いえ、内容は交渉ではありません」
そう言って斥候はイリスに文を手渡す。それを見たイリスの表情は凍り付いた。イリスは震える手で俺とリアにも文を見せる。
『弱小なる人間の者共に告ぐ。我が軍主力が本教会に奇襲をかける準備が整った。もし防がなければ捕まえた住民を一人一人拷問して殺す』
確かに内容は交渉というよりは一方的な通告であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。