リオス防衛軍

「何だよ……まだ夜中じゃねえか」


 まだ外は暗かったが、周囲は騒がしく、時折外はぴかっと何かが光る。

 俺を起こしたリアはすでに覚醒していた。彼女はすでに寝間着から教会からもらったと思われるローブに着替えている。


「魔王軍、来たみたいよ」

「何でまた。それにこっちが討伐に行く流れじゃなかったっけ?」


 寝起きのところに重大なことを言われて頭が追いつかない。


「あのあんなすごい魔法撃ったから焦ってるんでしょ」

「まじか」


 言われてしまえばその通りだと思う。こちらから攻撃した以上いつ向こうが反撃して来ても文句は言えない。


「うっ」


 急に窓の外からまばゆいばかりの光が入ってくる。そしてすぐに外は元の夜闇を取り戻す。これも何かの魔法だろう、確かに起きないとまずそうだ。仕方なく俺は手早く着替える。


「こちらに」


 神官と思われる人物に案内されて俺とリアはリオスのセレスティア教会に入った。



 教会の広間はすでに祈りや懺悔の空間から臨時司令部となっていた。中央の祭壇にイリスがいて、周囲には街や軍の有力者、報告に来た見張りなのでごった返している。


「勇者様、ようやく来ていただけましたか」


 俺の姿をイリスが目ざとく見つける。俺を召喚してイキっていた彼女とはまるで別人で、この場で指揮をとるのにふさわしい貫禄をまとって見える。


「悪い、俺のせいでこんなことになったのに遅くなって」

「いえ、あれについては私が軽率でした。ちなみにあの魔法は?」


 俺はメテオが撃てるか念じてみる。が、まだだめそうだ。

 おそらく一日ぐらいの間隔が必要になるのだろう。


「悪い、まだ無理だ」

「そうですか。とはいえ魔王軍も本隊はまだ到着していません。多少の猶予はあります」


 そこへばたばたと足音を立てて斥候の兵が駆け込んでくる。


「すみませんイリス様、またファイアーボールが」

「はいはい、セイクリッド・バリア」


 また外がきらっと明るくなるが、特に何も起こらない。会話の間に平然と敵の魔法を防ぐイリスに俺は感心する。


「それで魔王軍本隊でしたっけ。到着してからまとめて薙ぎ払ってもらいたいんです」

「その切り替えの早さすごいな!?」

「まあ、SR神官ですからね。大したことないですよ」


 そう言いつつも彼女はかなり鼻高々である。おそらく自分の力を誇示出来る絶好の機会に興奮しているのだろう。性格はあれだが、むしろこのくらい図太い人物じゃないと非常時の指揮官にははなれないのかもしれない。


「とりあえず勇者様は待機でお願いします。敵のファイアーボール使いが私より高い魔力を持っている場合、大変なことになるので」

「いや、そのくらいの防御魔法なら今でも使える。俺が代わるからイリスは集まった軍勢の指揮とかを優先してくれ」

「ありがとうございます」


 俺は防御魔法はあまり得意でないが、SSSRに覚醒した今ならそこそこの攻撃なら完全に弾くことが出来そうだ。

 が、俺がリアをちらりと見るとリアは表情を硬くしている。


「緊張しているのか?」

「そうだけど、違う」


 リアはよく分からない答えをした。


「?」

「別に魔王軍に負けることを恐れているんじゃない」


 リアは辺りをはばかるような小さい声で言う。


「じゃあ何を」

「私の力が必要となったとき、一体何を、いや誰を、生贄に捧げさせられるのかって」

「……」


 思わず俺は沈黙する。俺の力は攻撃にしか役に立たない。もしイリスの魔力がつきてリアが防御魔法を使わなければならなくなれば。


「いや、大丈夫だ。その前に俺が何とかする」


 あと何時間だろうか。しかしそんなに遠くないタイミングまでにメテオストライクに必要な魔力が戻ってきそうな気がする。俺はそのタイミングを待ちわびた。


「うん、そうして欲しい」


 リアは懇願するような目で俺を見た。




 一方、俺たちが話している間にも広間では話が進んでいた。


「さて、皆さんお集りいただいたところで一つ話があります!」


 イリスが決して大きくはないがよく通る声で叫ぶ。するとがやがやしていた広間は一瞬でしんと静まる。真面目な時のイリスにはそうさせるだけの威厳があった。


「今ここリオスの街には街の守兵、本教会から派遣された駐留兵、さらには志願してくれた方や冒険者の方など色んな方がいます。いつもならそれでいいのですが、非常時となるため彼ら全員の指揮系統を統一しなければなりません。そのため、皆さん暫定的に“リオス防衛軍”に所属していただきたいのです。そして防衛軍の総指揮官には不肖私イリスが就かせていただきます」


 イリスは有無を言わせぬ口調で言うが、特に異論は出なかった。先ほどから何度も片手間にファイアーボールを防いでいるのを目の当たりにしたからだろう。


「とはいえ私は軍事については素人なので“防衛”“出撃”ぐらいしか命令出来ません。そこで実際の指揮官にはロスガルド殿についていただきたい」

「お役目全力で全うさせていただく」


 ロスガルドは光栄とばかりに頭を下げる。彼は王国軍を率いてここリオスの救援に訪れた将軍であり、軍事においては第一人者であった。


「いや、しかしここリオスの街の長は私……」


 すかさずリオス領主のモルドから異論の声が上がるが、イリスがぎろりと睨みつける。


「先ほど私が総指揮官に認められたはずですが」

「……」


 イリスが低い声で言うと、白髭の老人は沈黙せざるを得なかった。あいつ、自分より下位のレアリティには容赦ねえな。ちなみに老人もロスガルドもRである。


「ロスガルド殿、それ以下の軍の編成はお任せします。他の者もロスガルド殿の命令には従うように」

「あい分かった」


 こうしてイリスの独裁の元、“リオス防衛軍”が誕生したのである。

 どんなやり方であれ、街に集まった雑多な軍勢を一声でまとめたのはすごいと思った。

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