宿舎

「では今度こそ泊るところに案内しますね」


 俺たちはイリスに連れられて街に戻っていった。ここリオスの街は魔族との最前線にあるだけあってよくいえば質実剛健、悪く言えばぼろい街であった。

 教会も最低限の装飾に留められた地味な建物なのだが、俺たちが連れられたのは教会の隣に建っている大きな建物だった。


「こちらは魔族討伐軍などが派遣されてきたときに幹部クラスが宿泊するところです。ちょっと広いですがご自由にお使いください」

「それはどうも」


 ふと俺は建物の近くに人だかりが出来ているのを気づく。人々は最初はただお互いに談笑されているだけだったが、一人が俺たちに気が付いたのを皮切りにこちらに熱狂的な視線を送ってくる。


「勇者様だ!」

「さすがイリス様! 召喚に成功したんだわ!」


 俺は情報伝達の速さに驚く。今日呼ばれたばかりなのに早くもこんなに人が集まっているのか。すでに百人はくだらないのではないか。


「見てください。皆さんSSSR勇者のあなたに期待しているんですよ!」

「そうか」


 確かに、強さがランクという形ではっきりと可視化されてしまっているからな。

 とりあえず俺が適当に手を振って応じるとキャーとかワ―とか喚声が上がる。が、そんな喚声に混ざってひそひそとささやくような声が聞こえてくる。


「ところで神官様と勇者様とあともう一人いるのは誰だ?」

「一人だけみすぼらしい恰好だな」


 近づいていくにつれてリアにも注目が集まり始めるが、明らかにこの場にそぐわない外見の彼女は悪い意味で注目を浴びてしまっているようだった。俺はさすがに不愉快になってイリスを見る。


「とはいえ生命魔法なんて下手に公開したら逆効果になりかねませんよ」


 リアの力は考え方によっては恐ろしい禁忌、邪術の類だろう。とはいえリアがせっかく頑張ろうと決心してくれたのに、俺たちと一緒にいるばかりに心無い言葉を浴びるのは不愉快だった。


「別に私は適当な安宿でも……」


 リアの提案は妥当と言えば妥当だったが、ここで退けば野次馬に屈したようで悔しい。それに彼女はもう仲間だ。

 ただ彼女が実は伝説の剣士だ、というような嘘は余計に事態を悪化させるだけだ。仕方がないので俺は比較的無難でかつ彼女を守れる説明を考える。

 そして俺は息を吸い込むと大声でその台詞を叫んだ。


「お前たち。彼女は俺の恋人だ! 適当なことを言うと許さねえぞ!」


 俺の言葉に群衆にどよめきが広がる。そして最初は軽蔑寄りだった視線や言葉が次第に好意的なものに変わっていく。


「そ、そうだったんですね! 申し訳ありません」

「言われてみれば結構美人だな」

「確かに身なりは粗末だが、どことなく高貴な感じがする」


 俺はいつらの手首のドリル加減にうんざりしたが、悪口を言われるよりはまだいい。こうして俺たちは無事に宿舎に入ることが出来た訳なのだが。


「「……」」


 なぜかイリスとリアの様子がおかしい。イリスは何かおもしろくなさそうな感じで、リアは顔を赤くして俯いている。やはり先ほどの群衆の態度に思うところがあるのだろうか。


「どうした?」

「別に。さっき出会ったばかりなのに軽薄過ぎじゃないかと思っただけですが?」


 なぜかイリスは取り付く島もない。

 言葉の端々から棘が感じられる。


「いや、だってあんな風に言われ続けるのも嫌だろ」


 今度はリアの方を見る。

 すると彼女は恐る恐るといった様子で口を開く。


「い、いいの? 私のような怪しい者がその……こ、恋人だなんて」

「いや、今のは無関係な奴らにあれこれ言われるのがうっとおしいから言った方便で」


「「……」」


 俺の言葉に心なしか周囲の気温が数度下がる。


「そう。随分言葉が軽い勇者様のようね」


 リアの言葉は氷のように冷たい。おかしい、俺はリアを助けるために嘘をついたはずなんだが何でこうなった。


「女性に向かってそのような嘘を言うのはどうかと思いますが」


 いや、俺はあくまでリアが悪口を言われるのが嫌でだな……と言おうとしたが、二人が放つ刺すような空気が俺にその言葉を発させることはなかった。


「ではこの辺りの部屋を適当に使ってください。たくさんあるので好きな部屋で構いませんよ。食事は用意出来次第係の者が声をおかけさせていただきます。それでは私は色々仕事があるので、ごゆっくりくつろいでください」


 イリスは事務的な調子で言うと一礼して去っていった。

 見た感じ、一人用の部屋なのに数人は暮らせそうな広々とした部屋ばかりである。しかも調度品もきれいで家具も掃除されている。改めて、俺たちは丁重にもてなされているのだな、と実感した。


 すると後に残されたリアはこちらを少しだけ恥ずかしそうに見つめる。


「で、でも、さっきのこと、私を一度抱きしめてくれたら許してあげないことも……ないかも」

「わ、分かった。悪かった」


 そう言って俺はリアの華奢な体を抱きしめる。するとリアも安心感を抱いたのか、俺に身を任せる。やはり野次馬の好奇の目に晒されたのはストレスだったのだろう。

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