第一章②
夜は気付くと明けていた。枕元のデジタル時計は私たちの住む跡見市が土曜日の朝の七時だと教えてくれる。狭い私のベッドで二人で眠りこけてしまったせいだろう、枕が変な位置にあって、首が痛い。
頭痛が痛い。
さて、未来に予告して昨夜私と姉妹になったばかりのアオハは、結局どちらが姉で妹かという議論に決着はついていない、壁の方に体を向け私の横でスヤスヤと寝息を立てている。下着しか纏っていない彼女の体に毛布を掛け直し、私は洗面所に向かい顔を洗う。鏡の中の私は、割に可愛い少女に見える。猫のように吊り上がった楕円の瞳と、色素の働きが不安定な赤茶色の髪の毛を除けば、顔のそれぞれのパーツに欠点はほとんどない。鼻筋もきちんと通っていて、唇の形も大きさもアオハに褒められるくらいには魅力的だ。しかし、可愛い少女はものの数十秒で鏡の中から消えてしまう。私の顔なんて、しっかりと見てしまえば酷くちぐはぐとしていて、どこまでも凡庸。正真正銘の美人に創り上げられているアオハと比べれば、自分の醜さに果てしなく嫌になる。
やめよう。
とどまることを知らない劣等感に朝から嫌になっていてもしょうがない。
アオハは美人で私は凡庸。ずっとそうだった。そして、これからも同じこと。
私は乱暴に歯磨きをして、赤茶色の髪を二つに縛り上げ、一階に降りる。
一階はしんと静まりかえっていて人気がない。それもそのはずで、私の母は、昨夜からすでにお隣の谷崎家に住処を移していた。母の荷物はまだまだこの家にたくさん残っているけれど、とにかく、元寺田家は私とアオハ、二人の家になった。今までもずっとこの家に住んでいたのだから、特別思うこともないのだろうけど、ここが私の家だ。
私はこの家を、姉妹二人の家を守っていかなくちゃいけない。
私はリビングのカーテンを開け、外の明かりを家の中に取り込み、掃除を開始する。休日の朝に掃除をするのは私の日課だった。小さな頃から掃除と洗濯は母から任せられていたから、自然勝手に体はそのモードに入っていく。ルーティンは欠かすことは出来ない。端末とイヤホンをワイヤレスで接続し、お気に入りのロックミュージックを再生する。私の体は動き出す。
BGMはコレクティブ・ローテイションのブリージング・フォー・ニュー。
私が愛用するのは海外メーカーの武器みたいな掃除機で、卒業祝いに最新式を買ってもらったばかりだった。従来よりバッテリーが半分以上も長持ちして、パワーも三段階に調節出来て、モーターヘッドの性能もかなり上がっている。若干重くなったのが少々難点だが、この春から女子高生になる私には丁度いい。
「へっきゅち!」
と、私は大きなくしゃみをする。そして水っぽい鼻水が際限なく溢れてくる。くしゃみは掃除をしているときには仕方のないことで、年中慢性鼻炎気味の私の整った鼻はどうしても舞い上がって踊る微細な埃たちに反応してしまうようだった。
「へっきゅち!」
さて、リビングの掃除が終わり、台所周りに取り掛かろうかとしたときに二階から、アオハが起きてきた。オーバーサイズのパジャマの上だけ、羽織るように着ている。
「あ、おはよ」と私はすっかり覚醒した顔で、彼女の朝を向かえる。「よく寝れた?」
アオハは返事をしないで眠そうな、あるいは不機嫌そうな顔をして冷蔵庫を開けて牛乳を取り出してパックに口を付けてゴクゴクと飲む。「ぷはぁ!」と声を発して、牛乳を冷蔵庫に戻してドアを閉める。
そしてアオハは額を片手で押さえ、私のことをギロッと睨み、私の左耳のイヤホンを引っこ抜く。
「うるさくて起きちゃったじゃないの、私が十二時まで寝たいタイプだって知っているでしょ? 土曜日の朝っぱらからそんなバズーカみたいな掃除機かけないでよ、低血圧なの、知ってるでしょ?」
アオバは昨日の夜のキスを否定するほどにきつい顔をして怒鳴った。唇は牛乳で白い。「ああ、頭痛が痛いわ、とにかくこれから、朝の掃除機禁止だからね、いいわね、アケミ?」
「へっきゅち!」
埃でくしゃみも鼻水も止まらない、怒られてちょっと涙も出そうな、そんな姉妹になって初めての朝でした。
Dust And Girl(s) / 恋のほこり 枕木悠 @youmakuragi
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