第一章 彼女はシスター

第一章①

 彼女はシスター。


 私の十五年間慣れ親しんだ苗字が変わるという宣告を受けたその夜、私と恋人の谷崎アオハはいつもの金曜日の夜のように、間もなく元寺田家になる二階の私の部屋で作戦会議をしていた。私たちは二人の未来のために部屋に集まって話し合うことを、暗号を使うように会同と呼んだ。一見パジャマパーティーのように見えるが、そうじゃない。そんなふわふわとした、色の着いた綿菓子のようなものじゃない。

一応、真剣なお話。

「予感は確かにしていたの」アオハは私の左手に指を絡めたりしながら、微睡むような目をして淡々と言う。「最近、お父さんの様子は明らかに不自然だったから」

「うん、確かにママだって、今考えれば、なんだか、おかしかったな」

「まるで間もなく時効を迎える殺人犯のようにね」アオハは目を細め不適に笑う。「しかし、そう簡単に娘の直感を欺くことなんて出来やしないわよね」

「あー、でも素直に祝福出来ないのはなんでだろう」私は先ほど両家の娘に結婚報告を終え、どこか若返ったようにも見える二人を脳裏に思い浮かべながら大きく息を吐いた。「なんか、なんていうか、現実的に……」

「受け入れられない?」

「うん」

「受け入れたくない?」

「うん」私は頷き、すぐに首を横に振る。「いや、しょうがないっていうか、仕方ないっていうか、おめでとうっていう気持ちはあるんだけど、こうなることはなんとなく、分かってたし」

「そう、分かってた、随分前から、そして幼き日の私たちが望んでいたことでもある」アオハは小川のせせらぎのように淀みなく言う。「そうでしょ?」

そうなのだ。幼き日の私とアオバは互いの一人親の結婚を望んでいた。アオバのパパが私のお父さんならいいのに、と確かな言葉にして伝えたこともあった。私のママを、アオバは言葉に出さずとも母親のように慕っているのも事実だった。私たちが姉妹ならいいのにと思い合っていたのも、揺るぎない真実。けれどいざ、現実が思い描いた未来に追い付くと、正直複雑。

「正直複雑」私はお風呂上がりのきちんと乾ききっていない自分の髪を乱暴に掻き乱す。「バランスが上手くとれないっしょ」

「そうね」すぐそこにあるアオバの横顔はとても冷静に見える。「でも、とにかく、私たちは晴れて姉妹になった、それは私たちが望んでいたことでしょ、もう現実的に私たちは他人じゃない、ただのお隣さんじゃない、ただの幼馴染なんかじゃない、ただの友達なんかじゃない、キチンと繋がりが認められる関係になれた、戸籍にはアケミと私の名前が並んで一枚の紙に書かれるってことよ、最高じゃない?」

アオバはそう言って私の腕を引き寄せ、首に左手を回し力を入れ、長いキスをした。特別なキスだった。アオバの唇は熱く、そして甘く、私の脳ミソを完全に溶かした。何時間でも、夜が明けてもずっと半永久的に続けていられるキスだった。

呼吸が苦しくなって少し隙間を開けると、アオバは小さく言った。「アケミが妹だなんて、なんて最高なの」

「おい、その件に関してはまだ、決まってないからなっ、アオバが姉さんになるなんて容認出来ません」



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