第8話 思いの丈

 監視付きなら学院行ってもいいんじゃないかなと思って王妃に聞いたら許可が貰えたのでビアンカと共に学院に行くことにした。

「休んでたのは一週間ぶりぐらいかな?まぁ学ぶ内容は全部解ってるし大丈夫だろう。実技はちょっと不安だが」

「殿下は魔法も使えて記憶力も良いんですね。尊敬します」

 ビアンカは今日も俺への敬意を忘れない。流石近衛騎士。不敬な連中が多い中でビアンカとロッテさんは俺のことが好きなんじゃないかな?と勘違いするぐらいに丁寧に接してくれるが、それは自己評価の低さ故の勘違いで、丁寧な人は全員に丁寧なだけなんだよな。前世の記憶が無かったら勘違いするところだ。


 俺達が学院に到着すると貴族の子息達と令嬢達がざわついていた。あーそういえば俺って婚約破棄&王太子退位&謹慎中だったっけ?まあいいや、知らんぷりして笑顔で軽く手でも振るか。王家の秘技アルカイックスマイル。


「やぁ諸君、ご機嫌いかがかな?」

「でっ殿下、アストリッド様と婚約破棄されたと聞きましたが本当ですか?!」

「殿下!王太子ではなくなっても王族なんですよね?!」

「殿下、拘束されたと聞きましたが許されたのですか?」

 何で誰も敬意を表してくれないのか?叱る人がいないからだ。ちなみに俺は嫌だしビアンカは無言だ。令息令嬢達の質問は全てその通りなので一言肯定だけする。

「ああ、その通りだ」

 その瞬間令嬢達がキャーと黄色い悲鳴を上げた。キャーと言われると自己評価の低さからこのおじさん変なんですと言われるのかと思って身構えてしまう。


「殿下!じゃあ私と婚約してください!」

 令嬢の一人が俺の左腕にしがみついた。もちろんおっぱいが当たっている。

「いいえ!殿下は私と婚約するの!」

 別の令嬢が俺の右腕にしがみついた。もちろんおっぱい。

「違う!殿下は私と婚約するの!」

 また別の令嬢が俺の正面にしがみついた。あっ、おい、やめろ。俺のムスコが起きちゃうじゃないか。

「ちょっと!君たち離してくれ!」

 俺が拒絶の意を表したらビアンカが始動した。

「クラウス殿下に不敬だぞ!速やかに離れよ!」

 令嬢達がピタッと止まった。びっくりした顔をしてビアンカの方を見ている。

「離れろ!」

 令嬢達はビアンカの一喝でサッと離れた。ふぅ……助かったぜ。もうちょっとで大惨事になるところだった。

「ビアンカありがとう」

「はっ!」

 そう、これなんだよ?みんな見た?ビアンカを見よう見真似して王族への敬意を学んでくれたまえよ?でももうちょっと早めに止めて欲しかったけど。




 昼休みは王族用ラウンジには行かなかった。アストリッドと婚約破棄したからどうせ誰もいないしな。学食で飯を食った後は校舎内をビアンカとぶらぶらしていた。

「殿下、前方で言い争う声がします」

 ビアンカが事件を発見した。何が起きてるんだ?あっミリアムが令嬢達に囲まれている。俺達は陰に隠れて様子をうかがうことにした。


「ミリアムさん、私の婚約者と随分と仲が良かったみたいだけどどういう事なの?」

「私の婚約者もよ!」「私のダーリンも!」

 これは魅了されたミリアムの元取り巻きの婚約者がミリアムに詰め寄っているところか。魅了魔法は地獄しか生まないな。

「彼らとは友達になってもらっただけです!何も悪いことはしていません!」

「友達?随分と仲が良かったように見えましたが、男女の仲だったのではないのですか?複数の男性とね」

「そういういかがわしい事は無いです!健全に勉強を教えてもらってました!」

 イケメンを侍らすのが趣味なだけなのか。まぁ迷惑だな。

「男性を侍らして勉強ですか。一体どこの王族なのでしょうか?」

 ん?俺に歳の離れた妹がいるがまだ男を侍らしてはいないな。……あっちょっと前まで俺がハーレムクソ王子だったか。

「クラウス殿下とも友達です!最近は会えてませんけどね」

 異性を侍らせているのは俺、というのは共通認識のようだ。

「クラウス殿下も?ミリアムさん、あなたもしかしてクラウス殿下の婚約破棄の原因なのでは?」

 直接の原因は俺なんだけど、ミリアムが目の前で不幸になるのは嫌だったし仕方ないね。

「……やっぱり私が原因なのでしょうか?」

 ミリアムがしおらしくなっている。ミリアムらしくないな。

「でもクラウス殿下が友達になってくれるって!詳しい話は言えないですけど……」

 王家とエッカート侯爵家と学院長とミリアムしか知らない事件で箝口令があるから説明するのは難しいな。これは俺が助けてあげないとエンドレスかもしれない。いつ出ていこうか。

「クラウス殿下から友達になった?嘘でしょ!どうせあんたが殿下を誘惑したんでしょ!許せない!私がここで成敗して差し上げますわ!」

 げっ!何をする気かわからんがすぐに止めに入った方がよさそうだ。


「おい君達「おやめなさい!あなたたち何をしているのですか!」あっ?」

 俺が出てミリアム達に声をかけようとしたら誰かが被せてきた。誰だ?

「あら、クラウス。婚約破棄ぶりね」

「アストリッド?!」

 元婚約者のアストリッドが俺に微笑む。隣にロッテさんもいる。

「アストリッド様は王族用ラウンジにいた時間が長かったので居場所がないので校舎内をうろうろしてるんですよ」

 そういえばそうだったな。俺がいないと入れないし。令嬢達は俺達の登場にびっくりしている。


「それであなたたちは何をしているのですか?」

 アストリッドが仕切ってくれるそうだ。俺はこういうの苦手だからよかった。

「ミリアムさんがクラウス殿下を誘惑したのではないかと問うておりました」

 アストリッドが溜息を吐いて俺の方を一瞬睨んだ。

「クラウスはそういう色恋沙汰は苦手だから誘惑というのは無いわ。私が言うのだから間違いないでしょ?ただこの男は優しいのよ。無責任な優しさを垂れ流すの。だから私は婚約破棄したの」

「……無責任な優しさですか?それはどういう……」

「そうね、ミリアムさんや私の侍女が勘違いするぐらいの優男ということよ」

「ああ、それは罪な男ですね。なんとなくですが言いたいことはわかりました。女難の相なんですね」

 うっ、一斉に俺を見る。ビアンカとミリアムとロッテさん以外は残念な奴を見るような目だ。今の説明はちょっと苦しいのではないか?と思えるが、それを否定して話をこじれさす気にはなれない。俺を悪者にして早いとここの話を終わらそう。

「殿下は女性に優しいですけど、その後に何が起こるか考えてないのでしょうね」

 アストリッドが言うと令嬢達は「あぁ……」と頷いている。俺は前世では非モテで今世だと女の敵なのか。俺はもう外を出歩かない方がいいんじゃないか?俺はショックで口を開けたまま呆然と立ち尽くしていた。


「殿下に不敬ですよ」

 ビアンカが口を開いた。いや皆の言う通りだと思うよ。いや不敬ってのは事実とは関係ないのか。

「私とロッテは殿下とビアンカさんが抱き合っているのを見ましたのよ。あなたが不敬では?」

 アストリッドがそう言うとビアンカは黙ってしまった。アストリッド最強。

「それは俺が悪いんだ。魔法が成功したのに嬉しくてワルツを踊ったんだ」

「まぁ情熱的、私なんてクラウスと一度も踊ったことなんてないのに」

「それは踊る機会が一回も無かったからだろ!俺が会いに行っても会ってくれないし!」

 痴話喧嘩が始まってしまった。俺達には喧嘩する機会も無かったのに。俺が怒気を含んだからかアストリッドは目を一瞬だけ丸くした。

「そうですね。会うようになったのは学院で王族用ラウンジに集まるようになってからでしょうか」

「そうだな。なんというか俺達はついてなかったな。もうちょっと仲良くなれると思っていたんだが」

「私がもうちょっと我慢すればよかったのに、とは思わなかったのですか?」

「いや、仕方ないよ。俺なんてクソ王子だし」

 実際に乙女ゲーのクソ王子だしな。悪役令嬢がアストリッドでヒロインがミリアム。


「……なんですか?そのクソ王子というのは」

「なんでというかそういう事なんだよね。俺が言うんだからクソ王子なの」

 説明が難しいというかできないな。ここが乙女ゲーの世界だなんて言ったら狂ったと思われるかもしれんし、俺はクソ王子ということでごり押しするしかない。ああクソ王子なんて言わなきゃよかった。

「私を…!馬鹿にしているのですか!」

「えっ」

 アストリッドが顔をしかめている。説明不足かもしれないが無理だ。

「私が…!クラウスを……!婚約者を蔑ろにする女だと……!馬鹿にしているのですね!うええええぇぇぇぇん!」

 アストリッドが泣き出した。これはどういうことなんだ?どうやら俺が泣かしたっぽいんだけど。貴族特有の超解釈か?貴族社会の嫌味地獄から想像力が豊かになり過ぎたってところか。

「私だってクラウスの優しいところは好き!でも他の女に優しくするのは嫌!だから婚約破棄したんだけど……やっぱり心の奥底ではクラウスの事が好き!この数週間で好きになってしまったのよ!」

 アストリッドは感情を曝け出すように愛の告白をしてきた。いつ頃からだろう?

「だから!クソ王子だなんて!言わないで!」

 アストリッドが抱きついてきた。

「いいのか?婚約破棄した男に抱きついても」

 首肯するアストリッド。これはもう、そういうことだな。俺がヘタレでもわかるよ。ここまでお膳立てされたらね。

 俺とアストリッドはキスをした。公衆の面前で。


 長めのキスだっただろうか、元王太子とその元婚約者がお互いの存在を確かめ合っていて、それを眺めるギャラリー。ミリアムと令嬢達は皆涙を流し、令息達は拍手をしていた。

「お嬢様、おめでとうございます……ぐすん」

「殿下、おめでとうございます……」

 ロッテさんとビアンカも泣いていた。

 ……これはめでたしめでたしということでいいのだろうか?


「じゃあ王妃に復縁の報告に行こうか?」

「うん」

 アストリッドは憑きものでも取れたかのように晴れ晴れとした顔をしていた。

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