片想いのタンデムとオマケのマスコット
ある日の夕方。
アキラが訪ねて来た事もあり、その後の予約もなかったので、リュウトは珍しく早く仕事を上がらせてもらえた。
部屋で着替えを済ませ、リュウトはタバコに火をつける。
「なぁ、最近トモに会ってる?」
アキラもタバコに火をつけて尋ねた。
「この間会ったのはいつだっけか……」
リュウトはタバコを吸いながら卓上カレンダーを手に取る。
「姉貴が熱出してオレがハルを送ってった日の朝だからな……。もう、3週間は会ってねぇな……」
「そろそろ次のライブの事とか考えたいんだけどさ、最近アイツ、連絡取れなくね?」
「ああ……。確かマナもそんな事言ってたな。連絡取れても忙しいって。学校はともかく、バイトも増やしてるって言ってたみたいだし……」
「リュウは連絡取らねぇの?」
「取らねぇな、基本的に。必要な時だけだ」
「そうなんだな。会った時、どうだった?」
「ひどかった」
「ひどかった?!何が?」
「トモの放心ぶりがハンパなかった。ぼんやりして、心ここに在らずだ」
アキラは訝しげに眉を寄せる。
「なんでまた?」
「彼女と幸せ過ぎてだよ。アイツ、おそらく今は彼女の事しか見えてない」
「そうか。色惚けだな」
「まさしくそんな感じだな。落ち着くまで、しばらくはあんな感じなんじゃねぇか」
リュウトはタバコの火をもみ消して、ため息混じりに煙を吐き出した。
「マナが言ってた通りじゃん。一途なヤツが本気になると、周りが見えなくなるから怖いんだって」
「オレもそれが気になってたんだよな……。だから、一応釘刺しといた」
「ふーん……。で、トモはともかくさ、リュウはあれからどうよ?」
アキラは口元がゆるみそうになるのをこらえながら、リュウトの方を見た。
「何が?」
「気になるって言ってた子とは……」
「なんもねえよ。お互い住んでる場所は知ってるけど、連絡先も知らねぇからな」
「そうなのか?」
「付き合ってるわけでもねぇし……用もなく急に訪ねて行くわけにもいかねぇだろ?」
「なんで?会いに行けばいいじゃん」
事も無げにそう言うアキラを、まるでハルのようだと思いながら、リュウトは首を軽く横に振る。
「バカ言うな。ストーカーみたいでヤバイだろ?それに、彼氏と仲良く帰って来るところに鉢合わせとかしたくねぇよ」
「リュウって、意外と繊細なんだな」
「そんなんじゃねぇよ。用事があれば向こうから来るし……」
「用事?」
「うちの店。一応、常連になるくらい来いって言っといたから、何か月に1回かは来るんじゃねぇか?下手したらもう来ないかも知んねぇけどな」
アキラは信じられないと言いたそうな顔でリュウトを見た。
「なんか、気が長い話だな……」
「いいんだよ。元々、好きとか恋とか、そんなんじゃねぇから」
リュウトは無理やりこの話題を打ち切ろうと、元々出掛けようと誘いに来ていたアキラを外に連れ出す事にした。
「ホラ、出掛けんだろ。さっさと行こうぜ」
洋服を買いたいと言うアキラに付き合って、それぞれバイクに乗り、いつもはあまり行かないショッピングモールまで足を伸ばした。
アキラのよく行くショップで買い物をした後、どこかで食事をする事になり、場所を変えようと駐輪所へ向かい掛けた時、おとなしそうな小柄な女の子が、見るからに柄の悪そうな男たちに囲まれているのを見掛けた。
(なんだ、アイツら?)
執拗に声を掛ける男たちに、女の子は後退りながら、困った顔をしている。
よく見ると、柄の悪そうな男たちは、リュウトのヤンキー時代の後輩だった。
(いい歳して、どうしようもねぇな……)
バカな後輩たちをたしなめようと近付いた時、声を掛けられている女の子が、彼女だと言う事にリュウトは気が付いた。
(酒井……?)
リュウトは慌てて、アキラを置いて走り出す。
「あっ、おい、リュウ?」
「すまんアキ、飯はまた今度!!」
「なんだ?リュウのヤツ……」
走って行くリュウトの背中を見ながら、アキラは首をかしげた。
彼女に声を掛けていた男のうちの一人の肩を掴み、リュウトは低く呟く。
「おい、オマエら」
「あ?」
振り返ったその男が、リュウトの顔を見るなり青ざめて頭を下げた。
「……リュウさん!!お久し振りです!!」
「オマエらな……いい歳していつまでもバカな事やってんじゃねぇよ」
「ハ、ハイ!!すみません!!」
「わかればよし」
男たちがそろってリュウトに深々と頭を下げるのを見て、彼女は目を丸くしている。
「コイツな、オレの連れ。って事で、オレが連れてくから」
「ハイ!!」
リュウトはため息をついて、彼女の方を見た。
「……って事だから、行くぞ」
「えっ、あ、うん……」
リュウトは彼女の腕を掴み、スタスタと歩き出した。
遠くからその様子を見ていたアキラが、楽しそうに口元をゆるめる。
「なんだ、リュウのヤツ……。あんな事言ってたけど、けっこう熱いんじゃん。ホントに素直じゃねぇな」
リュウトは駐輪所まで彼女の腕を引いて歩いて行くと、彼女の方を振り返った。
「彼氏は一緒じゃなかったのか?」
「うん……。今日は学校の友達と買い物に来てたから。さっき友達と別れて帰りかけたら、あの人たちに声掛けられて……」
「そうか……。時間、あるか?」
「うん」
「飯、食いそびれた。付き合え」
リュウトは彼女にヘルメットを被せ、自分もヘルメットを被る。
「嫌か?」
「ううん……。嫌じゃないけど、私、バイクって乗った事ない……」
「そうか。じゃあ乗せてやる」
リュウトは彼女を抱き上げシートに座らせると、自分もバイクにまたがって声を掛ける。
「しっかりつかまってねぇと落ちるぞ」
「こう……?」
彼女が遠慮がちにリュウトのシャツを掴むと、リュウトは彼女の手を取って引き寄せ、自分のお腹の前でその手を重ねた。
「こう」
「う、うん……」
バイクが走り出すと、彼女はそのスピードに驚いて、リュウトにギュッとしがみついた。
「やればできんじゃん」
「は、速い……!!」
「当たり前だ。しっかりつかまってろよ」
腰に回された手と背中に密着する彼女の肌の温もりを感じながら、リュウトはバイクを走らせた。
ずっと会いたかった。
彼氏がいるとわかっていても、毎日、彼女の事を考えずにはいられなかった。
本当は、他の男より自分を選んでくれたらと何度も思った。
このまま彼女を連れ去って、奪ってしまいたい衝動にかられながら、リュウトは行く宛もなくバイクを走らせる。
(彼氏には悪いけど……今だけは、オマエを独り占めしてもいいか……?)
しばらく走った後、ドーム球場のそばにあるファミレスで食事をしようとバイクを停めた。
シートから彼女を下ろし、ヘルメットを外してやってから、自分もヘルメットを外す。
「初めてのバイクはどうだった?」
「最初は怖かったけど、だんだん楽しくなってきた」
「気持ちいいだろ?」
「うん」
それから二人でファミレスに入り、席についてメニューを広げた。
今日は球場で野球の試合やイベントが行われていないせいか、店内は空いていた。
「腹減ってるか?」
「うん」
「好きなモン頼め。今日はオレの奢りだ」
「えっ……でも、この間も……」
彼女が遠慮がちに呟くと、リュウトは彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「遠慮すんなよ。それくらいの金はある」
「ホントにいいの?」
「ああ。オマエと違って、オレは毎日働いてるからな」
「じゃあ……ご馳走になります」
「おぅ、どんどん食え。食わねぇと大きくなれねぇぞ?チビッコ」
「ひどいなー、もう……」
軽口を叩きながら、料理を選んで注文した。
なんでもない事なのに、彼女と一緒だと楽しくて、自然と笑みがこぼれる。
「ねえ宮原くん……。さっきの人たちって……」
「ああ。中学時代の後輩だな」
「そうなんだ。宮原くんって、怖い先輩だったんだね」
「まぁな……。そんなとこだ」
お互いの事は、深くは聞かないし、多くは語らない。
それがやけに、リュウトにとっては心地いい。
会っていなかった頃の事を知らなくても、今、目の前にいる彼女に惹かれている。
それが他の男の彼女であっても、その気持ちに嘘はつけなくなっていた。
その想いは抑えつけようとする気持ちと反比例して、どんどん大きくなって行く。
ただ、ほんの少し一緒にいられるだけで、その時は彼氏ではなく、その瞳に自分を映してくれていると思うだけで、リュウトは幸せだった。
(今だけでいい……。オレの事だけを見ていてくれたら……)
食事を終えた後、二人でドーム球場のまわりを歩いた。
しばらく歩いた後、二人でベンチに座って一休みした。
「よく食ったから、いい運動になったろ?」
「うん」
少し間を空けて、並んでベンチに座り、リュウトはタバコに火をつけた。
(こういう時、彼氏だったら肩抱いたりすんだろうな……)
そんな事を思いながら、リュウトは煙を吐いて自嘲気味に苦笑いする。
(わかってるって……。コイツにはちゃんと、オレなんかとは違って、優しい彼氏がいるんだって事くらい……)
自分を戒めるように、リュウトは心の中で呟いた。
しばらくベンチに座って、どうでもいい話をした。
小学校の遠足でリュウトが彼女のお弁当のおかずを取ったとか、一生懸命練習したのに音楽会の日に彼女が熱を出して参加できなかったとか……。
懐かしい思い出話をして、二人で笑う。
ひとしきり話した後、少しの沈黙が流れ、リュウトはポツリと呟いた。
「なぁ……。オマエの彼氏って、どんなヤツ?」
「えっ……。なあに、突然?」
「いや、別に深い意味はないけど……。やっぱり大学生か?」
「そう」
「優しい?」
「うん」
「そうか。愛されてんだ」
「うん……。すごく大事にしてくれる」
「ふーん……そうか……。幸せなんだな」
こんな事を聞いてどうするんだと思いながら、リュウトは彼女の言葉を聞いていた。
(最初から、オレの付け入る隙なんてどこにもねぇんだな……)
「でも、宮原くんも優しいよね」
「オレが?」
「うん。なんか、頼りになるし……。いいお父さんになりそうだし」
笑ってそう言う彼女の言葉を聞いて、リュウトの口から、思わず本音がこぼれ落ちた。
「じゃあ……彼氏と別れて、オレんとこに来るか?」
「え……?」
リュウトの一言に、彼女は驚いて言葉をなくした。
我に返ったリュウトは、今の言葉が本気だったと悟られないように、わざと笑い飛ばす。
「冗談だよ。冗談に決まってんだろ」
「……だよね。ビックリした」
「本気にしたか?」
「そんな事ないけど……ちょっと驚いただけ」
「バーカ。オレは人の彼女を口説くほど、女には不自由してねぇよ」
「モテるんだ」
「まぁな」
「ふーん……。だったら尚更、そんな冗談、タチ悪いよ」
「そうか。じゃあもうやめる」
「うん、そうして」
(二度と言わねぇよ……。本気にもしてもらえねぇんだから……)
「さて、そろそろ帰るか」
「うん」
ベンチから立ち上がり、バイクを停めた場所まで並んで歩いた。
(冗談だって言ったけど……ヘンに思われなかったか……)
リュウトは思わず本音を口にしてしまった事を、激しく後悔していた。
(だっせぇな……。フラれるってわかってるのにあんな事言うなんて、どうかしてる……)
「宮原くんには、ご馳走になったり、助けてもらったり……いつも何かしてもらうばっかりで申し訳ないな……」
歩きながら、彼女が呟く。
(それは、オレの事はあくまで『友達』だって、牽制してるつもりか?)
「そんな事、気にすんなよ」
「何かお礼したいけど……宮原くんの事だから、そんなの要らないって、言うんでしょ?」
「わかってんじゃん」
(ホントは……オマエといられたらそれだけでいい……なんて言えねぇしな……)
リュウトは小さく苦笑いをして、ポケットからバイクのキーを取り出した。
「あっ、そうだ」
何か思い付いたのか、彼女がカバンの中をごそごそと漁り始める。
「なんだ?」
「ん?あのね……あった、コレあげる」
彼女はボールチェーンの付いたマスコットを手のひらに乗せて差し出した。
「は?なんだソレ?要らねぇよ」
「えー、もふもふしてかわいいでしょ?今日、ペットボトルの紅茶買ったら付いてたの」
「しかもオマケかよ!!」
(オレは彼氏のオマケって言われてるみたいな気分だ……)
「だって……今、渡せるもの、他に何も持ってないもん……」
マスコットをリュウトに受け取ってもらえず、彼女はシュンとしている。
(コイツに悪気はねぇんだよな……。素直にお礼がしたいって思っただけで……)
そんな彼女の事がたまらなくかわいくて、リュウトは笑って彼女の手からマスコットをつまみ上げた。
(なんかちょっと、コイツに似てる……?)
「まったくしょうがねぇなぁ……。もらっといてやるよ。だから、そんな落ち込むな。まぁ……よく見たらコイツ、面白い顔してるし」
「かわいいでしょ?」
「かわいいかどうかはともかく……愛嬌はあるよな。なんか和むわ。ありがとな」
リュウトがマスコットをバイクのキーに付けると、彼女は嬉しそうにうなずいた。
それからリュウトは、彼女を自宅まで送り届けた。
背中にしがみつく彼女の温もりや柔らかさを少しでも長く感じていたいと思いながら、リュウトはバイクを走らせた。
次はいつ会えるのかわからない。
もしかしたら、もう会えないかも知れない。
信号が赤から青に変わる時、リュウトは『しっかり掴まってろよ』と言って、彼女の手を握った。
彼氏のように手を繋いで歩く事はできないけれど、小柄な彼女の小さな手を、せめて一瞬だけでも握りたかった。
そして彼女にも、自分の事を覚えていて、時々は思い出して欲しい。
他の女の子には感じた事のない淡い感情に戸惑いながら、リュウトは自分の柄でもないと、どこか幸せそうに苦笑いした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます