18eme. 目の前の彼女は決して……


 俺とアオさんは、コンビニのイートインスペースに並んで腰かけた。


 大丈夫かな。って思ったのは、全面ガラス張りのお店なんだ。外から丸見えだから、クロが見たらどう思うか。


 いや、クロなら大丈夫か。従兄はそんなことに目くじらを立てたりしないし、まず誤解すらしないだろう。俺と違ってちゃんと話を聞いてくれる、出来た従兄なんだ。


「ソラくん、ソラくん」


 アオさんが今さっき買った袋をゴソゴソし、ペットボトルを二本取り出した。


「どっちがいい?」


 ペットボトルを握った両手を、笑顔と共に差し向けた。


 右手は緑茶、左手は紅茶だった。おごりだったので、まず俺は頭を下げた。その後にレディファーストと、アオさんから選んで貰うように言った。


「やっぱ、クロくんの弟だけあって。紳士なんだ」


 アオさんは小さく笑い、紅茶のペットボトルを俺に渡した。


 何となく、予想はついていた。彼女は地元が京都だからか、緑茶の方が好きだ。そして、こっちは紅茶派だ。


 これを分かっていてやっているんだから、したたかな人だなって思う。


「それじゃ……」


 アオさんは再び、膝の上に置いたビニール袋をゴソゴソやった。


「これは?」


 次の二択は難問だった。アオさんの手のひらには、右左それぞれ違うケーキが乗せられていた。


 俺は甘いものが大好きなのを隠してはいるが、アオさんにすらバレていたとは。


 って、そんなのは今はどうでもいい。問題は、この二択。左手のモンブランか、右手のショートケーキ。


 モンブランはフランス生まれのケーキで、白い山という意味らしい。原産国では栗は乗せないらしいので、日本人で良かったと俺は思っている。


 ショートケーキはイギリス生まれのケーキで、語源の説は一杯ある。短い時間で作れるとか、日持ちしないからとか。原産国ではビスケット生地らしいので、本当に俺は日本人で良かった。


 それはともかく、今俺はイギリスかフランス。ドーバー海峡を挟んで、最大の二択を強いられていた。


 これぞ史上最大の作戦。っていったら、フランスになってしまうな。モンブランに上陸って感じに。


「さぁ、どっち?」


 アオさんは愉快な声を出し、満面の笑みで言った。その様子を見て、俺が選べないのを分かってて言っているんだと確信した。


 でも、こういう場合。一つだけ裏技があるのを、俺は知っている。


「……は」


 絞りだした声が、裏返っているのが分かった。ケーキを目の前にして、食欲が暴走してる。


「半分こ、しませんか?」


「そう言うと思った」


 アオさんは満面の笑みで、二つをカウンターの上に置いた。慣れた手つきで包装を剥がし、開けたフタの上に半分にしたケーキを置いた。


「イチゴと栗はどうする?」


 そこは盲点だった。どっちも物理的には半分に出来るけど、獲物がプラスチックのフォークだもんな。栗は固くてやりづらいし、イチゴは潰れる危険がやばい。


「どっちも、あげてもいいけど」


「それはダメです!」


 彼女の提案をばっさり切るように却下した。ただでさえ奢りなのに、そこまで気を遣わせてしまったら、剣道未経験者およそ千段のクロが黙っちゃいない。


 アオさんも二択で悩んだ結果、イチゴを選んでくれた。イチゴが好物、って言ったけど。本当はどこかで俺が栗が良かったっていうのが、バレていたのかもしれない。


 ケーキは半分こに出来るけど、それが出来ないものもある。


 半分のモンブランを口にしながら、俺はそんなことを考えた。世の中って割り切れないものが沢山あって、こないだまでの自分がそうだった。


 俺はアオさんの方を盗み見る。ショートケーキを美味しそうに口にしていた。


 本当は和菓子のが好きだって、聞いたことはある。でもやっぱり女子だし、甘いものは大好きなんだろう。これはこれ、それはそれ。割り切れないものの一つなのかもしれない。


 今のところ、俺は前世を一応は割り切るのは出来ている。でもアオさんは、知ったらどうなるんだろう。


 そこが想像つかないから、クロも二の足を踏んでいるんじゃないかって思う。


 そう思うと確かにもどかしい、何か俺に出来ないのだろうか。


「そういえばソラくん」


 アオさんの声に顔を上げる。彼女は面白いものを見つけたような表情をしていた。


「こないだの子って、結局どういう関係なの?」


 どこかで見た表情だと思ったけど、あの時と同じ顔か。こないだっていうのは、初めて天をクロに紹介した時だ。


「天ですか、あいつは……」


「そらって名前なんや! えっらい偶然!」


 せやね、って関西弁が伝染しそうになった。


「彼女?」


 アオさんの問いに、大きなため息で答えてしまった。そう思われても仕方ないにしろ。断定されるような関係でないのが、もどかしくって駄目だ。俺は首を左右に振った。


「ソラくんは好きなの?」


「……なんとも言えません」


 自分が思った以上に、重い口調になってしまった。苦くなってしまったような口に、ケーキを入れて誤魔化してみる。甘苦くなっただけのような気がした。


 ここでハッキリと言えないのは、相手がアオさんだからだ。


 前世がどうのこうの知らない彼女にとって、何て説明していいのか分からない。自分の感情ですらハッキリしてない今、無関係のアオさんを巻き込むような気がしたんだ。


「……好きなんやね?」


 アオさんが柔らかい微笑みで、イチゴを口にした。


 この動作を俺は、何処かで見た記憶がある。


 そう思った瞬間、俺の脳裏に何処かの光景が浮かんだ。


 暖かい日差し、心地よい風。光るように茂った草原にテーブルが置いてあり、そこには三人の人影が椅子に座っていた。


 テーブルには皿が三段のスタンドが置いてあり、サンドイッチやスコーン。そして、イチゴが置いてあった。


 金髪の少女が、ティーカップを片手に微笑んでいる。その隣には、鳥のような見た目の人が居た。何故か知らないが此処にいる俺は、その鳥人間について何の疑問を持っていない。


 それより正面に座る、金髪の少女の顔が気になった。青い瞳、水色のドレス。イチゴが好物の、心優しい動物好きの少女。


「ソラくん?」


 誰かの言葉で俺は我に返る。眠りから覚めたような気分で、辺りを見回す。


 コンビニ、イートインコーナー。空になったケーキの容器、手には紅茶のペットボトル。隣に居るのは誰だ、って思ってしまった。


 落ち着けソラ、彼女の名前は大丸アオさん。クロと梨花の友達で、それから。それから。


「どうしたの?」


 アオさんは俺を心配するかのように、顔を覗かせた。この人は、誰だって思ってしまった。


「体調、悪い? 雨に濡れたの?」


 優しい言葉を掛けられても、俺はこの人が誰か分からなくなってしまっている。彼女は大丸アオさん、クロと梨花の友達だ。


「……そう、かも。です」


 彼女は大丸アオ、クロと梨花の友達。決して、バロン・ド・ボンベイの娘なんかじゃない。


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