17eme. その空は晴れたから。


 雨は既に上がっていた。


 今度の空には虹が無くて、代わりに真っ白な雲が一面に広がっていた。空に限ってはコーヒー牛乳と違って、濁っても元に戻せる。まるで俺の心と同じようだ。


 青い空は天、黒い空は俺。太陽は相原だったら、雨雲はジャッカスさんか。さて、白い空は誰の支配領域なのだろうか。誰が何と言おうと、宇宙が一番凄いに決まっている。


 少し歩いてから、傘を相原家に忘れてきた事に気が付いた。取りに戻るのも面倒だし、それで相原に連絡するのも何か悪い気がした。


 荷物はこの紙袋と、わかばさんの言葉だけでいい。家までの坂道を、俺は軽い足取りで進んでいく。


 携帯電話が震える。メッセージの相手は相原で、要件は思った通りだ。


「傘を忘れてる」って来たから「今度取りに行く」って返した。


「分かった」と返事がきたのを見て、俺は携帯電話をしまった。


 一人でさジメジメしてても、良い事なんて無いな。


 毎日の片隅に小さな文字で丸をつけて、足跡に花が咲く。そんな感じが理想だけど。辛いことも切ないことも、全てがハッピーエンドに向かうって。前向きな気持ちが、大事なんじゃないかって。


 考えてみれば自分の周りって、良い人が多すぎるって思った。出会いとは宝くじだって考えたら、俺と天は前後賞付きだな。


 もしかしたら、わかばさんもクロもジャッカスさんも、今の自分と同じように頭がグチャグチャになった経験があるのかもしれない。


 その度に今の俺みたく、周りの人に助けて貰ったんだとしたら。今度は自分の番だという感じで、手助けをしたのかもしれない。


 俺も高校生になれば、きっと今の自分みたいなのが現れて。その時は、あの三人みたくカッコ良くなれたらいい。


 考え事をしていたからか、家を通り過ぎていた。


 俺の今の家はマンションで、十字路に差し掛かる部分にある。


 信号を渡って目の前がイタリアンレストランで、左の信号を渡ればコンビニだ。


 無意識に信号を渡ってしまっていたので、目の前にはレストラン。ここには用はないけど、ついでだからコンビニでも寄っていこうかな。


「ソラくん!」


 信号待ちをしていると、背後から誰かが俺を抱きしめてきた。


 桃の香りがしたから、梨花かと思ったが。今日は仕事で居ない上に、くん付けは絶対に無い。今しがたの声を、脳内で再生してみる。該当する自分が一人思い浮かんだ。


「アオさん?」


 振り向くと、大丸アオさんが笑顔で俺の背中に頬ずりしていた。


 アオさんは時々、こうして過剰なスキンシップをしてくる。俺が男ではなく、小動物に見えるんだろう。


 何で姉と同じ香りがしたのか、考えてみた。彼女は梨花のファンだから、同じシャンプーを聞いて使っているのかも。


 それはともかく、彼女の前世はクロの想い人かもしれない。


 こんな姿を従兄に見られたら、要らぬ誤解を与えてしまう。見慣れてるかもだけど、それはそれ。俺はアオさんに離れるようにお願いした。


「えらい大きいの着てるねぇ」


 手を離したアオさんは、俺の服を指して言った。


「……ええと、クロの借りたんですよ」


 説明が面倒なので、そういう話にしておいた。だけど、アオさんには全く通じなかった。


「嘘やん。そないな服、持っているわけがない!」


 クロだとしても、サイズがおかしいのに俺も気が付いた。アオさんは腹を抱えて、大笑いしていた。彼女は笑ったり、感情的になったりすると、地元の言葉が出るらしい。


「……っ!」


 そして、自分が方言を話していたのに気が付くと。


「……なまってた」と、顔を真っ赤にする。


 こういう所がきっと、アオさんの魅力なんだろうなって感じる。彼女の方が年上なのに、俺ですら少し可愛いと思ってしまう。


 何でか知らないけど、なんとなくバツが悪くなってしまった気分だ。閑話休題っていうんだっけか、俺は別の話題を出してみる。


「そういえば、アオさんは何でここに?」


 以前クロから、彼女の家は神奈川サイドだと聞いていた。


 同じ東京でも俺の住んでいた所とは違い、この街は神奈川の県境に位置する場所だ。


 高校には学区というものが無く、神奈川住まいの人も東京の学校に通えるらしい。ここいらの人間は線路を挟んで、北が東京サイド。南を神奈川サイドと呼んでいる。


「傘を忘れちゃって。相合傘できのみちゃん家まで行って、雨宿りさせて貰った」


 そう話しながら、アオさんは自分の手首を見る。女子っぽくて小さな可愛い腕時計がついていた。


「ソラくん、時間ある?」


「……いま、何時です?」


 聞いてみたら、まだ夕飯には早い時間だったから、俺は大丈夫と答えた。


「お姉さんと、お茶しませんか?」


 アオさんが指さしたのは、向かいのコンビニだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る