15eme. キスまでのカウントダウンはもう。


 わかば先輩が注いでくれたコーラを飲みながら、俺は天の話を始めた。瓶のコーラって初めて飲んだけれど、ペットボトルのより数倍旨いんだな。


 もちろん前世なんて言ったところで信じて貰える訳が無いから、その辺りは伏せて話した。


 でもキスをする理由がすぐには思いつかなかったので、そういう病気だって話にしといた。


 それでも俺だったら、信じられないのに、わかば先輩もジャッカスさんも馬鹿になんてしなかった。


 高校二年生だと言っていたけれど、クロより年上なら俺より大人に決まっているんだ。


「治療の為ってんなら、ソラっちの為ってんじゃねえの?」


 ジャッカスさんが、ペンを回しながら言った。


 わざわざ俺の話を分かりやすく、ノートにメモしてくれていた。イカツイ見た目の割には、勉強が出来る人のように思えた。


「ナルホド。ソラっちはファーストキス奪われたのに、それが治療の為ってのが納得いかんのか」


「いや、ファーストじゃないですけどね」


「ん? じゃあ、前に付き合ってた子が居るんだ」


「いえ。子供の時に、イトコと遊んだ時」


 俺のファーストキスは、従兄であるクロだ。子供の時、梨花と三人で結婚ごっこをやっていた。


 姉と俺は、どっちもクロの嫁になると聞かなくて。渋々、従兄に重婚させる羽目になったんだ。


 それで順番に誓いのキスを唇にした筈で、こっちが先に従兄とキスししたんだ。


 確かに初恋の相手も従兄だけど、自分は決してホモじゃない。


 イトコなら結婚出来るって聞いて、子供なりに相手はクロがいいって思っていただけだ。梨花は今でも従兄が好きだろうけど、俺は何も知らなかっただけだ。


「……イトコって、回数に計算しないんじゃないか?」


 ジャッカスさんが呆れた声を出すと、何故だか、わかば先輩が驚いた顔をしていた。


「……しないのか?」


「いや、本人次第だ。うん」と、ジャッカスさんは慌てて取り繕う。


 つまり、俺が天とのキスが初めてと思ってないのなら、それまでという話になる。


「ともかく、俺は気にする必要はないと思う」


 むしろ、ばんばんキスしなさい。というのが、ジャッカスさんの意見だった。正直どうかと思ったのは、問題を先送りにしているだけみたいに思えたからだ。


 この人、本当は恋愛マスターなんかじゃあ無いのかもれない。適当というか、考えるのが面倒みたいに思ってしまう。


「おい、ジャッカス。ソラくんは、今どうしたらいいかって思ってんじゃないのか?」


 わかば先輩が口を開いた。的確な内容だったので、俺は少し驚いた。もしかしたら、この人の方が恋愛経験値が多いのかもしれない。


「じゃあ、みぃなチャンはどう思うよ?」


「……オレは」と、わかば先輩は暫く考えるようなポーズを取る。


「……逆に聞きたいんだけど、ソラくんは相手の気持ちが知りたいって……こと、なんだよね?」


 わかば先輩のセリフに、俺は小さく頷いた。


「でもソラくんが、それを相手に聞けないのって。……怖いから?」


 想定外の言葉に、俺の胸がざわめいた。


「だよな、怖いよな。自分の思っているのと、違う事……言われるの」


 言葉に詰まってしまった。


 まるで俺の心の中を、覗かれたような気分になった。


 もしかしたら、この人もクロと同じような魔法を持っているんじゃないかって思った。状態なんたらって奴。


 そこまで考えた所で、自分が現実逃避しているのに気が付いた。


 こっちが相談している立場にも関わらず、相手のせいにしようとしてどうする。


 わかば先輩の柔和な笑みに、思わず目を逸らしてしまった。


「みぃなチャン、言い過ぎ……」とジャッカスさんがため息交じりに言った。


「わ、わるい……。ごめん、ソラくん」とわかば先輩が言った。


 でも、わかば先輩は何一つとして、悪くなんてないんだ。俺が心の中に咲いた小さな花を、ダメにしたくなかっただけの話だ。


 でも確か植物って、過保護がダメだって聞いたような気がする。


 俺はきっと、天を心から信用してなかったのかもしれない。


 失うのが怖くて、傷つくのも傷つけるのもおっかなくって。だから自分だけ安全圏に居て、そこから天の様子を伺っていただけだ。


 相手の気持ちが分からないから、自分の気持ちも分からないフリをした。考えて過ぎてしわくちゃな心とか言って、相手の気持ちは全く考えてはいなかった。


 言い訳をして良い訳だって思って、巻き込まれたからって被害者ぶって。


 勘違いしてていいんだよな、君を好きで居てもいいんだよな。伝えたいことも隠さないで、いいんだよな。


 自分の心の中で、俺はブレーキを踏み続けていた。相手がどうとか、責任を押し付けて歩くのを放棄。どこまで行けば崖から落ちないのかを、目を閉じながら探していた。


 俺は本当は、どうしたい。天をどう思っているんだ。自分の単純な気持ちに目を逸らすな。怖いよ、誰だって怖い。でも、天だって怖かったに決まっているんだ。


 この世界は、出鱈目な事ばかりだけど。信じたい、愛したいものを、やっと見つけたような気がした。


 井の中の蛙、自分の中の四角い空。お前は宇宙だ、狭いままなんかで良い訳が無い。


 安全圏から、抜け出せ。満天の星の中で、お前の一番星は何だ。成層圏を突き破れ、宇宙の名を持つお前ならきっと出来る。


 俺の心の中で、キスまでのカウントダウンは、もう始まっちゃっていた。


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