13eme. その水たまりは人を襲う。


 その日の空は曇天で、まるで俺の心境を表しているようだった。まるでコーヒーを入れたミルクのようだって思った。


 蒼穹は蒼魔導士である天の、星空は黒魔導士である俺の支配領域。それじゃあ、雨雲が包んだ今は、一体誰の領域なんだろう。


 今日も授業には実が入らなかったのは、天のせいとか言いたいんだけどさ。元々、そんなに勉強が好きじゃあないんだ。


 でもクロの通う高校に入るには、もう少し頑張らないといけない。中学二年だからと言って、気を抜いていい訳がない。


 そんなのは分かっている。先週の期末考査も、何とか赤点回避出来たくらいだったんだ。学生の本分は勉強なんだけど、愛とか恋とかの勉強は、どこで学べっていうんだ。


 下らないことを一杯考えて、つまんないことを一杯思って。大事なことや肝心なことが見えないなんて、よくあることなんだろうけどさ。


 もし、あれが夢だったっていうんなら、俺はいつまでも覚めない夢の続きをいつまでも見てたかった。


 こんな休み時間だって、天は相変わらずの天だった。


 相原達に話を振って、俺にも何食わぬ顔で話掛けてくる。それが少し、寂しい。って思っちゃうのは、蒼魔導士の掛けた魔法なんだろうか。


「おっしい」


 声を掛けてきたのは、天じゃなく相原だった。


「ロビオラボシナの新曲、兄ぃが買ったんだって」


 相原の言葉に俺はさっきまで考えていたものが、頭から一気に滑り落ちた。


「まじでか」


 ロビオラボシナとは、イタリアの有名ロックバンドだ。


 日本人で知るものは少ないけれど、適当な動画サイトで紹介されてたのを聴いて、ファンになってしまった。


 何とか音源を手に出来ないかって思っていたら、意外にも相原がそれを知っていた。


 彼女の兄がファンだと聞き、必死に貸してくれるように頼んだら、そのまま話をつけてくれた。それ以降、面識の無い相原の兄のCDを借りれるようになっていた。


「今日……は、天気悪いし。月曜持ってこようか?」


「いや、待てない。取り行ってもいい?」


「いいよ」と相原が言った瞬間、天が俺に不穏な瞳を向けた。


「ダメでしょ、おっしい。女の子の家にいきなり行くのは」


 お前は関係ないだろう、と口にしようと思って止めた。確かに天の言葉も、一理はあるような気がした。


「別にいいよぉ、部屋入れるわけじゃないし」


 相原が満面の笑みで言ったので、天はそれ以上何も口にしなかった。どこか名残惜しそうな表情だったけれど、自分も行きたいなら言えば良かったのに。





 ロビオラボシナのCDが入ったというから、今日は最高の日だと思ってた。雨も止んだし。空をふと見上げたら、鮮やかに光る虹が心を囲うように掛かっていたし。


 でも今は、七月入って一番最悪な日だって思っている。


 相原の家に向かっている最中の話だ。


 うちのマンションを通り越し、公園の下の坂を歩いていた。時々相槌を打ちながら、適当な話をしていただけ。俺は何も悪いことなんて、していない。


 なのに、急に水たまりが俺を襲った。


 水たまりに恨みを買った覚えは無いし、前世でもきっと無い筈だ。後できのみさんに聞いてみようかと思ったら、相原が顔を真っ青にしていた。


 一連の出来事を聞けば、道路を走っていたバイクが水たまりを跳ね飛ばした。それが思い切り、俺に掛かってしまったというらしい。


 そして重要なのは、そのバイクに相原は見覚えがあった。聞いて驚いたのは、犯人はジャッカスという人物だという。


 ジャッカスって確か、相原の兄の異名だ。俺はCDを借りようとした人に、ずぶ濡れにされてしまったのか。


 相原は短いポニーテールがこっちに向いてしまうくらい、とても深く頭を下げた。


 そして、追い打ちを掛けるかのように、再び雨が降り出してきた。


 俺は折れてる心の中、折れてない傘を捨てようかと思った。ズブ濡れ楽し気な振りでもしようかなって、止められたけど。


 そんなわけで俺は今、相原家の風呂場にいる。


 暖かくなってきたとはいえ、まだ梅雨明けはしていない。そのまま帰ったら、馬鹿でも風邪はひくかもしれないしな。


 好意に礼を言ったけど、逆にお詫びだと言われた。悪いのは全部、ジャッカスなんだとさ。それにしても、何でジャッカスなんだろう。どういう意味なのか。


 シャワーを出ると、タオルと服が籠に置いてあった。洗濯機が回っているのは、我が衣服と見て間違いがない。


 それが終わるまで着ていてと用意されたのが、ジャッカスの服らしい。結構大きそうだけど、大丈夫なんだろうか。俺はタオルを取り、頭を拭き始めた。


 ガラガラという音がした。


 すぐ右から聴こえたので、俺は音の方を向いた。


 バイクのレーサーみたいな服を着た男と、ずぶ濡れの制服を着た男が、開いた脱衣所のドアの前に立っていた。


 この時の所持品はタオルだけだが、武器と防具は装備しないと意味がない。


 先ほどまでは装備する必要性が無かったから、頭を拭いていた。


 平たく言うと、今の俺は産まれたままの姿。すなわち、スッポンポン。ニッポン人のスッポンポン、ニッポンポン。


 俺は頭がパニックになりかけるけど、相手はどっちも男だ。じゃあ、問題無いと思ったけど、バイク着の男が驚きの大声をあげた。


「ホイップのダテリカって、男だったのかよぉぉぉ!」


「俺は梨花じゃねぇぇぇよぉぉ!」


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