12eme. 蒼魔導士のキスは意味不明。


 次の日も、また次の日も、天は朝から迎えに来た。


 エントランスで俺を出迎えて、信号を渡って、路地裏でキスをする。まっすぐ学校へと行かずにこんな真似をしていると、なんだか逢引きみたいな気がしてならない。


 彼女の家は相原の家の近くだから、俺の家を通って学校には行ける。ついでだから気にしないで。って天は言ったけど、キスもついでなんだろうか。


 四日連続で、俺は天の唇に触れている。頭痛は止むけど、その代わりに心臓の動きが激しくなっていく。


 キスされるごとに俺の中で、彼女の存在が大きくなっていく。


 このままだと、惚れるのも時間の問題な気がしてきた。


 そんな日が続いた五日目の朝である。


 今日も天が来るのかと思ったけど、遅刻ギリギリまで待っても彼女は来なかった。


 全力で駆けたから、ホームルームには間に合った。


「どしたの? 寝坊?」


 休み時間に、天が何事もなかったような顔で話しかけてきた。なんで今日は来なかったのか、聞いてみた。


「だって今日は、頭痛い日じゃないでしょ?」


 まるで俺が何を言っているのか、分からないような表情だった。こっちも天が何を言っているのか、全く分からない。


 授業中、集中できない勉強を放棄し、考え事にのめり込んでしてしまった。


 痛くない頭で、心が痛い理由を探る。俺の心の中に咲いた小さな花が、しおれかけているような気がした。


 まばたきした瞬間に、確かに君に恋したような気がしていた。色づいた日々と、交わってく瞬間を感じたんだ。


 天にとって、キスって何だ。彼女にとって、俺って何だ。この唇に触れたのって、ただの治療の為なのかよ。


 選ぶべき道の標に沿って進んでいけることを、当たり前だって思ってはいけないのだろうか。


 ミルクにコーヒーを入れた時のように、自分の心が一瞬にして濁っていくような感覚だった。


 放課後、家の近くできのみさんに会った。クロと一緒に帰って、いま別れたばっかの所らしかった。


 俺の表情を見て、何かあったのか気にかけてくれた。何も無いって言ったんだけど、そんな事は無いでしょうって言ってくれた。


 俺は泣きそうになったけど、格好悪いから必死に堪えたんだ。一度コーヒーを入れてしまうと、二度とミルクには戻らないんだ。


 公園では小学生が缶蹴りをしてたり、テニスコートで奥様方が練習試合をしていた。


 ベンチに腰掛けると、きのみさんが冷たいココアを買ってくれた。お礼を口にすると、甘さがそのまま彼女の優しさに思えたんだ。


 なんでも話してと言うので、俺はきのみさんに今の悩みを打ち明けた。


 天のキスのせいで、自分の心が揺れている。彼女がどういうつもりで、キスするのか分からない。


 俺は自分で話しながらも、女々しい話を口にしているような気がして、また情けなくなった。今熟したばかりの果実が、急に儚く見えてしまう。


「それでソラくんは、アナザーちゃんの事。好きなの?」


「……多分」と俺はつぶやくように言った。きのみさんは少し笑顔になる。


「ソラくん、ハンバーグって作ったことある?」


 いきなり、意味の分からない質問が来た。何か意図があって言ってるんだろうから、俺は素直に無いと答えた。


「みじん切りにしたタマネギを炒めるんだけど、その後冷やすんだよね。生地に混ぜる前に」


 ハンバーグは俺も好きな食べ物の一つだけど、最初にタマネギを炒めるのすら知らなかった。


「じゃないと、美味しいハンバーグは作れないんだよね」


 きのみさんは俺の瞳を正面から見て、にっこりと笑った。


「ソラくんも美味しいハンバーグが作れるようになればいいね」


 やっぱり、意味が分からなかった。俺はハンバーグを作りたい訳じゃないし、昔の事故のせいで火が苦手だ。


 作れたらいいとは思うけど、なんでハンバーグなんだろう。当たり障りの無いようじゃ、確信に触れないようじゃ、内容が無いように思えてきた。


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