9eme. 俺の友達は光魔導士。


 大変なことに、俺は変態になってしまったのかもしれない。韻を踏んだのは、無意識だ。


 休み時間での会話中、昼休みの食事中。音楽のリコーダーの授業中でさえ、天の唇に目が行くようになってしまった。


 頭の中はそればっかで、パンクしそうで、もう重症。膨らむばっかりの妄想で、これが恋とか何かだっていうのか。


 大体、天の気持ちがよく分からん。


 普通、前世の嫁だったら、今世でも嫁にしたいって思うもんなんじゃないのか。


 性別的に嫁にはなれないけどさ、それでもそういう関係になりたいとか。キスだって、俺が好きだからしたんじゃないのか。


 本当に女って奴は、理解に苦しむ。


 帰りだって、一緒になるのかと思ったけど。見たい番組があるからとかで、先に帰りやがった。なんなんだよ、あいつは。


「おっしい。今日は行っちゃう?」


 声を掛けてきたのは、隣りの席の相原光だった。断る理由も無いので、俺はオッケーと頷いた。


 中学校から、俺の今の家までは凄く近い。


 校門を出て、コンビニの前を通り過ぎて、横断歩道を渡った所だ。相原の家は、そこから公園を突っ切った先にあるらしい。


 方向は同じだけど、一緒に帰るにしても距離が短すぎる。


 それなのに何故、相原が俺との帰宅を望んだのかというと、それには理由がある。


 家のマンションを通り越すと、すぐに歩道橋が見える。その階段を上がると、暮葉台公園というクソ大きな公園の中になる。


 広い芝生、大きな池。テニスコートもあれば、バスケットゴールもあるから、たまに従兄とボールを持って遊びに来る。


 テニスコートの近くには、ちょっとした喫茶店がある。俺と相原の目的はそこだ。


 白が基調の小綺麗な店内に入ると、いつもの窓際の席に腰かける。メニューを受け取って、テーブルに広げる。相原と向き合った俺は、戦闘開始のゴングが鳴る。


「今日はどうしよっか?」と相原が目をキラキラさせて言った。


 俺と相原は甘い物連合、通称スイーツ・ユニオンを組んでいる。


 イチゴ、バナナ、あんこ、抹茶。定番のものもあれば、ティラミス、シナモン、みかんといった変わり種まである。


 二人の目標は、ここのカフェのクレープを全種制覇する事だ。しかし五十種類ものメニューを、全て一人で食べるには、時間もお金も掛かってしまう。


 でも、どんなに強いモンスターだって、仲間が居れば怖くない。


 クレープという名の、最強で魅力的な魔物を手中に収めるには、黒魔導士一人じゃ駄目だ。相原光という、光の魔導士の力が必要なんだ。


「これは?」と俺が指差したのは、抹茶とあんこのクレープだった。光の魔導士はその名の通り、つぶらな瞳を光らせた。


「それなら、あたしはこれ!」


 相原が選んだのは、コーヒーゼリーのクレープだった。


 なんだねそれは、と一瞬思った。写真を見ると、生クリームに埋もれるように、粉々になったコーヒーゼリーが入っている。なかなか凄く半端無く、旨そうじゃないか。


 注文を済ませ、待つこと十数分。黒魔導士と、光魔導士の前に、クレープという名のカロリーモンスターが現れる。


「掛かって来い、カロリー!」というのが、相原の合言葉だった。


 女の子だからか。彼女はどっちかっていうと、そっちばっか気にしていた。自分では太りやすいとか言っているけれど、俺からすれば全然そうは見えないけどな。


 クレープといえば、片手に持って食べるっていうイメージが強い。


 しかし、ここのクレープは皿に乗って出てくる。その上、円筒状で作られるので、ナイフとフォークを使って食べる。こういう形だからこそ、半分こがし易いのだ。


 抹茶とあんこのクレープを、一かけサイズに切って口に運ぶ。


 分かってた。和と洋の組み合わせって、甘い物の世界だと最強ってのは分かっていた。


 カスタードのクリーミーな舌ざわりが、あんこの甘みを引き立ててくれる。


 どっちも甘いんだけど、どっちもそれを邪魔していない。仲良く手を組んで、黒魔導士の俺に甘い協力攻撃を仕掛けてきている。


 後味の抹茶も、控えめに言って最高だ。ほのかな苦みが、クリームの美味しさを増長させるなんて、全くもって憎い奴らだ。


 相原の方を見る。ゲームみたく幸せの数値があって、ゲージが見えるのだとしたら、光の魔導士のそれは百二十パーセントだ。


 女の子が甘いものを食べて、嬉しそうにするのって。どっかのアイドルよりも、千倍は可愛いと思うんだ。


「おっしい」


 相原はフォークを置いて、俺の方に真剣な瞳を向ける。


「美味しいな、これは」


 光の魔導士は、会議中のサラリーマンみたいな口調で言った。


「美味しいに決まっている、これは」と、俺も似たような口調で返した。


 相原がクレープを半分寄越してきたので、俺も自分の半分を差し出す。抹茶あんこクレープも、相原の口に合ってくれたようなのは、表情が物語ってた。


 俺もコーヒーゼリークレープとやらの実力を確かめる。


 やはり旨いに決まっていた。ゼリーの食感がクリームに合うのは当たり前だけど、クレープにも合うなんて思いもしなかったぜ。


 本日の戦績も、黒魔導士と光魔導士の完全勝利。


 店を出ると、相原は笑顔で手を振った。俺も笑って手を振り返した。


 甘い物は、女の子を笑顔にする魔法を持っている。美味しいものを食べて、嬉しいと思う感情。


 共有するなら、そんな気持ちの方がいいに決まっている。前世の天に呪いをかけた魔術師や、前世のきのみさんも、そういう魔法は使えなかったんだろうか。


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